【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
98 / 697
2章

68 王宮への帰還①

しおりを挟む
 王宮に到着した馬車は、王太子宮まで入っていく。
 ジェーンは自分の作法が侯爵令嬢としての基準値まで達していないことを知っている為、あまり王宮に来ることはなかった。
 それでも年に何度か行われる王家主催のパーティーやお茶会には顔を出すようにしていたけれど、王太子宮まで来るのは初めてだ。
 
 馬車から降りるとレイヴンは先ほどと同じようにアリシアを横抱きにする。
 ロバートもジェーンを抱き上げている。

「侍医は?!」

「こちらで準備しています!!」

 レイヴンの呼びかけに侍従が答える。
 レイヴンたちがそちらへ向かうのを侍女たちが固唾をのんで見守っていた。

「ひ、妃殿下?!」

 レイヴンに抱きかかえられたアリシアに、待機していた侍医たちが駆け寄ってくる。

「アリシアじゃない!ジェーン嬢だ!!」

 レイヴンの声に侍医たちは戸惑いの素振りを見せるが、ロバートは気にせずジェーンを部屋に運び込んだ。
 訝しがりながら侍医たちも何も言わずに部屋へ入っていく。
 少ししてロバートが部屋から出てきた。
 
 レイヴンたちは医務室にされた部屋と向かい合っている部屋へ入るとソファに座った。
 知らせを出しているのですぐに国王夫妻とルトビア公爵夫妻も来るだろう。
 レイヴンは腕の中のアリシアに何度も「大丈夫だよ」と囁いていた。

 深刻な様子のレイヴンたちを見て、侍女たちは浮かんでくる嫌な想像を必死で否定していた。

 王宮に仕える侍女たちは、それなりの身分の令嬢たちである。
 口に出すことは決して無いが、レイヴンが学生時代にあった噂を知っていた。

 レイヴンが本当に想っているのはキャンベル侯爵令嬢ジェーンだ、という噂である。
 そしてジェーンは王太子妃アリシアの従姉なのだ。

 それが今、ジェーンが宮廷侍医の診察を受けていて、アリシアは泣き腫らした顔でレイヴンに宥められている。
 侍女たちは最近言われていた噂を思い出す。

『王太子殿下が急に妃殿下を溺愛し始めたのは、浮気がばれて機嫌を取っているんだろう』

 ジェーン嬢が先に王太子殿下の子を懐妊してしまったのではないかーー。
 侍女たちは慌てて頭を振り、そのとんでもない想像を追い払った。

 侍女たちがそんな想像をしているとは知りもしないアリシアは、ただただ怯えていた。

 アリシアの気掛かりはジェーンの怪我の具合とマリアンのことだ。
 デミオンのしたことを知っていながら隠匿したのはアリシアである。
 その結果、またジェーンに怪我を負わせてしまった。
 そのことでアリシアが罰を受けるのは良い。
 既に王太子妃となったアリシアにアダムが罰を与えるのは難しいだろうが、それは国王陛下が考えてくれるだろう。

 だけどマリアンのことは違う。
 マリアンを巻き込むと決めたのはアリシアだ。
 マリアンはただ従ってくれた。 
 マリアンが罰を受けたり放逐されるのは、何としても防がなければならない。



 アリシアを抱き締めながら、レイヴンは後悔の念に囚われていた。

 アリシアがそんな大怪我をしていたなんて知らなかった。
 いや、ジェーンが学園を休んでいた頃、様子がおかしいのには気づいていたのだ。

 学園で一緒に食事を摂る時や、パーティーで踊る時。
 エスコートをして歩いている時にも、僅かに表情が変わることがあった。
 いつもと違う仕草にも気がついていた。
 今思えば痛む肩を庇っていたのだろう。

 なぜあの時、どうしたのかと尋ねなかった?

 尋ねたとしてもアリシアは、「なんでもありません」と答えただろう。
 それでも、何度でも尋ねれば良かったのだ。
 答えてくれるまで何度でも尋ねれば良かったのに、レイヴンは一度も尋ねることなく、ただ見ていた。
 見ているだけだった。

「大丈夫だよ」

 レイヴンは腕の中で震えるアリシアにまた囁いた。

 アリシアが今一番案じているのはマリアンのことだろう。
 公爵邸を訪ねた時、いつもアリシアの後ろに控えていたマリアン。
 マリアンがレイヴンを見る目はただただ冷たかった。
 アリシアを粗雑に扱うレイヴンを嫌悪していたのだろう。

 だけどいくらマリアンがアリシアを主人と思い定めていたとしても、雇い主はアダムである。
 雇用主の娘が他人に危害を加えられたのなら、アリシアがなんと言ってもアダムに報告するのが義務なのだ。

 マリアンは義務を怠った。
 それは罰を受けても仕方がないことだ。
 それがわかっているから、アリシアは恐れている。

「大丈夫だよ、アリシア」

 レイヴンはアリシアの額へ口づける。

 大怪我をしていたのに気遣うこともできなかった。
 大変な決断をして重圧に耐えていたのに寄り添いもしなかった。

 アリシアに寄り添っていたただ一人。

 それがアリシアの望みなら。
 絶対に罰を受けさせたりしない。





しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...