105 / 697
2章
75 マルグリットの采配②
しおりを挟む
「ではその件もレオナルド殿に任せましょう。ところでこれはとても訊きづらいことなのだけど…。アリシア、あなたの体にも傷痕があるのかしら?」
「それはありません!」
答えたのはレイヴンだった。
「アリシアの体に傷痕はありません。それは僕が良く知っています。だから僕は…今日まで何も知りませんでした」
レイヴンは泣きそうな顔で俯いた。
レイヴンは閨でアリシアの体を何度も見ている。その肌に傷痕は1つもない。
だからこれまでアリシアが大怪我を負ったことなど考えたこともなかった。
このことを知った時から、レイヴンは大きな後悔に襲われ続けているのだ。
「そう。それは良かったこと」
マルグリットはホッとしたように息を吐くと国王へ向き直った。
「陛下、私に考えていることがあるのですが、よろしいでしょうか」
「話してみよ」
それまで無言で話を聞いていた国王が頷いた。
「私はアリシアへの暴行についてのみ、見逃したいと思うのですがいかがでしょうか?」
「なんだと?」
国王が眉根を寄せた。
「当時はまだ婚約者であったとはいえ、王太子妃となることが決まっていたアリシアへの暴行は重罪です。その罪を問うてしまえば侯爵家の取り潰しは免れません。アリシアの体に傷痕を残しているのであれば見逃すことなどできませんが、幸いにもそれはないといいます。ジェーン嬢がこれまで耐えてきたことを無駄にしない為に、見逃すことをお許しください。陛下もキャンベル侯爵家を取り潰したいとは思われないのではありませんか?」
「…」
国王は答えなかった。
国王にはサンドラに懸想していた過去がある。
侯爵家や忘れ形見であるジェーンへ特別な思いがあるのだろう。
だけどそれを表に表すことはできない。
「公爵にも愛娘であるアリシアを傷つけられた怒りを飲み込んでもらわなければいけません。ですがジェーン嬢が侯爵家を受け継ぐ為に飲み込んでもらえないかしら?」
マルグリットに問われたアダムもまた、難しい顔で黙り込んだ。
アダムにもジェーンに侯爵家を受け継がせたいと思う思いは強くある。その為にアンジュを解放し、今まで支援してきたのだ。
だけどアリシアへの暴行となるとまた話が違う。
アリシアが案じていた通り、その時に知っていたら間違いなくその場で制裁を加えていただろう。
「王妃様、私に配慮していただく必要はありません。先程も申し上げました通り、私は既に覚悟ができています」
「だからこそよ」
マルグリットはジェーンへ微笑みかけた。
「あなたがこれまで耐えてきたことを私は想像することしかできないけれど、それは大変なことだったでしょう。それを耐えてきたのは全て侯爵家の為ね。それなのにすべてを捨てるのはアリシアが傷つけられたからね。あなたは自分だけのことならこれからも耐えたのだと思うわ。だけどアリシアが、あなたにとって大切な人が傷つけられたことは許せない。違うかしら?」
「それは…、その通りです」
「もしあなたが侯爵を見逃して欲しいと言ったなら、私は『それはできない』と答えたでしょう。だけどあなたはアリシアの為ならすべてを捨てられる。そんなあなたの為なら侯爵家を残したいと思えるわ」
「それはありません!」
答えたのはレイヴンだった。
「アリシアの体に傷痕はありません。それは僕が良く知っています。だから僕は…今日まで何も知りませんでした」
レイヴンは泣きそうな顔で俯いた。
レイヴンは閨でアリシアの体を何度も見ている。その肌に傷痕は1つもない。
だからこれまでアリシアが大怪我を負ったことなど考えたこともなかった。
このことを知った時から、レイヴンは大きな後悔に襲われ続けているのだ。
「そう。それは良かったこと」
マルグリットはホッとしたように息を吐くと国王へ向き直った。
「陛下、私に考えていることがあるのですが、よろしいでしょうか」
「話してみよ」
それまで無言で話を聞いていた国王が頷いた。
「私はアリシアへの暴行についてのみ、見逃したいと思うのですがいかがでしょうか?」
「なんだと?」
国王が眉根を寄せた。
「当時はまだ婚約者であったとはいえ、王太子妃となることが決まっていたアリシアへの暴行は重罪です。その罪を問うてしまえば侯爵家の取り潰しは免れません。アリシアの体に傷痕を残しているのであれば見逃すことなどできませんが、幸いにもそれはないといいます。ジェーン嬢がこれまで耐えてきたことを無駄にしない為に、見逃すことをお許しください。陛下もキャンベル侯爵家を取り潰したいとは思われないのではありませんか?」
「…」
国王は答えなかった。
国王にはサンドラに懸想していた過去がある。
侯爵家や忘れ形見であるジェーンへ特別な思いがあるのだろう。
だけどそれを表に表すことはできない。
「公爵にも愛娘であるアリシアを傷つけられた怒りを飲み込んでもらわなければいけません。ですがジェーン嬢が侯爵家を受け継ぐ為に飲み込んでもらえないかしら?」
マルグリットに問われたアダムもまた、難しい顔で黙り込んだ。
アダムにもジェーンに侯爵家を受け継がせたいと思う思いは強くある。その為にアンジュを解放し、今まで支援してきたのだ。
だけどアリシアへの暴行となるとまた話が違う。
アリシアが案じていた通り、その時に知っていたら間違いなくその場で制裁を加えていただろう。
「王妃様、私に配慮していただく必要はありません。先程も申し上げました通り、私は既に覚悟ができています」
「だからこそよ」
マルグリットはジェーンへ微笑みかけた。
「あなたがこれまで耐えてきたことを私は想像することしかできないけれど、それは大変なことだったでしょう。それを耐えてきたのは全て侯爵家の為ね。それなのにすべてを捨てるのはアリシアが傷つけられたからね。あなたは自分だけのことならこれからも耐えたのだと思うわ。だけどアリシアが、あなたにとって大切な人が傷つけられたことは許せない。違うかしら?」
「それは…、その通りです」
「もしあなたが侯爵を見逃して欲しいと言ったなら、私は『それはできない』と答えたでしょう。だけどあなたはアリシアの為ならすべてを捨てられる。そんなあなたの為なら侯爵家を残したいと思えるわ」
20
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる