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2章

84 慟哭④

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「怪我をしていたのにも気がつかなかった。いや、本当は何か様子がおかしいことには気がついていたんだ。あの時どうしたのかと尋ねていれば、長い間1人で苦しませずにすんだのに」

「あれは…私が隠していたのですもの。あの時の私は、誰かに知られてしまえばすべてが駄目になると信じていました。レイヴン様が見逃してくれたことで、私は心の安定を得ていたのですわ」

「そんなのは駄目だよ、アリシア。駄目なんだよ…」

 アリシアを抱き締めるレイヴンの腕に力がこもった。

 アリシアと婚約していた10年間を初めからやり直したい。
 レイヴンには後悔ばかりだ。

 浮気こそしなかったが、自分がしたことはジョッシュがしたことと変わりない。
 レイヴンだってアリシアに優しい言葉を掛けたこともない。必要以上の言葉を交わすことさえなかった。
 そして大事な時に傍にいることもなく、怪我をしていることにも気づかなかった。

 本当はレイヴンだって贈り物を持ってアリシアを訪ねたかった。
 公爵家の東屋で一緒にお茶を飲んだり、庭園を案内したりして欲しかった。
 他の恋人たちと同じように一緒に街へ出て、買い物をしたりカフェに行ったりしたかった。

「『マルセルを愛さないで』と言いたかった」

「…え?」

「アリシアがマルセルを想っていることは知っていたよ。ずっとアリシアだけを見ていたからわかったんだ」

 レイヴンの顔が哀し気に歪む。
 ひゅっと息をのんだアリシアは、思わず身を引こうとしていた。

「嫌だ、離れないで!…行かないで」

 レイヴンがアリシアに縋りつく。
 レイヴンの目から涙が溢れていた。

 アリシアは何も言うことができず、アリシアの肩に顔を埋めて肩を震わせるレイヴンの髪に指を絡ませた。
 そっと頭を撫でる。

 僅かに嗚咽が聞こえていた。

「本当は『マルセルを愛さないで』、『僕だけを見て』と言いたかった。マルセルを想っている君を傍で見ていて、僕は嫉妬で狂いそうだった」

 アリシアをいつから愛していたのか、レイヴンにもわからない。
 初めて会った時は何の感情も持っていなかった。
 婚約者に決まった後も出来の悪い令嬢だと侮蔑していた。

 だけど出来が悪いと思っていたアリシアは、レイヴンが思う以上の努力をしていた。
 レイヴンはその努力に目を向けず、出来ないことばかりを探していた。
 本当に不出来なのは自分だった。
 そのことに気がついた時、レイヴンの中で何かが変わった。

 その後はレイヴンに一切目を向けないアリシアを振り向かせたくて必死だった。
 どこまでが恋で、どこからが執着なのかわからない。
 だけどレイヴンはずっとアリシアを想い続けていた。

「君が好きなんだ、アリシア。ジェーン嬢を想っていたことなんて1度もない。学園に入学するずっと前からアリシアが好きだ。酷いことばかりしていたけど、アリシアに想われたい。想って欲しい…!」

 アリシアは何も答えることができず、レイヴンを抱き締めながら慟哭を聞いていた。




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