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2章
110 思惑と結末と①
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「私はデミオン殿があなたを愛しているとは思わないわ。サンドラ殿は教養が高く慎み深い淑女だった。結婚して数年も経てば、順調に領地経営をしているサンドラ殿と遊び惚けているデミオン殿では社交界での評価も人脈も、雲泥の差がついたでしょうね。サンドラ殿が当主としての責務を果たさないデミオン殿を疎ましく思ったとしてもおかしくないわ。だけどあなたはいつまで経ってもデミオン殿を完璧だと言い、誉めそやしていた。良い気分にさせてくれていた。だからあなたを傍に置いていたの」
アリシアの言葉がアンジュの中で木霊している。
聞いてはいけないことだと、理解してはいけないことだと本能が悟っている。
「あなたが教養を深め、侯爵夫人としての知識を手に入れたら、あなたが作り上げた『完璧なデミオン様』という虚像が壊れてしまう。偽物だったとバレてしまう。だからそうならない様に、アンジュ殿がどれだけ辛い思いをしていても、侯爵夫人として相応しい教養を身に着けるべきだと教えなかった。――あなたはこれでも、本当にデミオン殿はあなたを愛していると思う?」
アンジュが完璧だと思っていたデミオンは、公爵子息としてまだまだ不十分だった。それなのに学ぶことを止め、毎日遊び惚けていた。
アンジュはデミオンと結婚するのだと思っていた。結婚し、共に働くことを受け入れていた。だけどデミオンはキャンベル侯爵家の入り婿になることを選んだ。
ルトビア前公爵夫人は、デミオンにキャンベル侯爵家の入り婿となるならアンジュとはきっぱり手を切るようにと告げていた。デミオンは前公爵夫人の前でそれを受け入れたのに、アンジュにそれを伝えることなく関係を続けていた。
侯爵夫人となったアンジュは教養も礼儀作法も侯爵夫人として必要なレベルに達していなかった。それを忠告してくれる人もいた。だけどデミオンは――『アンジュはそのままでいい』と言って教えてくれなかった。
「デミオン様は、私を愛していない…?」
「違う!アンジュ!!」
デミオンが叫ぶ。
だけど一度生まれた疑念は消えない。
「エミリーにまともな教育を受けさせないのもその為だと思うのよ」
本当に最近思い至ったばかりなのだけれど。
「エミリーの教育レベルははっきり言って最低よ。貴族の常識を何もわかっていない。男爵令嬢でさえもっとまともな教育を受けているわ。それなのに我儘で傲慢で、周りを見下した態度ばかり取っているからどこへ行っても嫌われているでしょう」
エミリーがカッと顔を赤くしてアリシアを睨む。
「そんな風にすぐ顔に感情を出す。――何度も言うけれど、私は王太子妃なのよ?あなたも不敬罪で鞭打ち刑になりたいのかしら?」
そう言うと今度は顔を青くする。
「貴族というのはね、心の中でどれ程怒っていてもそれを表情には出さないの。何を言われても、何ともないように笑顔で受け流すの。簡単に感情を見せてしまったら、そこに付け込まれてしまう。簡単に操られるわよ」
簡単に感情を見せてそこに付け込まれた。
ある意味ではデミオンもそうなのだろう。
弱っているところをアンジュの甘い言葉に流されてしまった。
そしてそれはアンジュも同じなのだ。
アンジュは何も知らないままで良い、というデミオンの思惑に乗せられた。
アリシアはデミオンへ視線を戻す。
「ねえデミオン殿。なぜこんな簡単なことを教えていないの?感情を隠すことなんて、貴族の常識として初歩中の初歩よ。私はこれまで、あなたがエミリーを可愛がっているから、我儘を聞いて何の学習をさせていないのだと思っていたわ。だけど、私はわかってしまったの。本当に愛しているならそんなお願いは聞かないはずだわ。レイヴン様が私の我儘を駄目だと言ったのと同じようにね」
レイヴンはアリシアの我儘を聞かないことで体面を守ってくれた。それはいけないことだと教えてくれた。
デミオンもエミリーを愛しているならそうしたはずだ。
貴族として必要なことを学ばなければ社交界では生きていけない。
大人の庇護下にいる間はまだなんとかなるかもしれない。
だけど学園を卒業してしまえば大人として扱われるのだ。
アリシアの言葉がアンジュの中で木霊している。
聞いてはいけないことだと、理解してはいけないことだと本能が悟っている。
「あなたが教養を深め、侯爵夫人としての知識を手に入れたら、あなたが作り上げた『完璧なデミオン様』という虚像が壊れてしまう。偽物だったとバレてしまう。だからそうならない様に、アンジュ殿がどれだけ辛い思いをしていても、侯爵夫人として相応しい教養を身に着けるべきだと教えなかった。――あなたはこれでも、本当にデミオン殿はあなたを愛していると思う?」
アンジュが完璧だと思っていたデミオンは、公爵子息としてまだまだ不十分だった。それなのに学ぶことを止め、毎日遊び惚けていた。
アンジュはデミオンと結婚するのだと思っていた。結婚し、共に働くことを受け入れていた。だけどデミオンはキャンベル侯爵家の入り婿になることを選んだ。
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侯爵夫人となったアンジュは教養も礼儀作法も侯爵夫人として必要なレベルに達していなかった。それを忠告してくれる人もいた。だけどデミオンは――『アンジュはそのままでいい』と言って教えてくれなかった。
「デミオン様は、私を愛していない…?」
「違う!アンジュ!!」
デミオンが叫ぶ。
だけど一度生まれた疑念は消えない。
「エミリーにまともな教育を受けさせないのもその為だと思うのよ」
本当に最近思い至ったばかりなのだけれど。
「エミリーの教育レベルははっきり言って最低よ。貴族の常識を何もわかっていない。男爵令嬢でさえもっとまともな教育を受けているわ。それなのに我儘で傲慢で、周りを見下した態度ばかり取っているからどこへ行っても嫌われているでしょう」
エミリーがカッと顔を赤くしてアリシアを睨む。
「そんな風にすぐ顔に感情を出す。――何度も言うけれど、私は王太子妃なのよ?あなたも不敬罪で鞭打ち刑になりたいのかしら?」
そう言うと今度は顔を青くする。
「貴族というのはね、心の中でどれ程怒っていてもそれを表情には出さないの。何を言われても、何ともないように笑顔で受け流すの。簡単に感情を見せてしまったら、そこに付け込まれてしまう。簡単に操られるわよ」
簡単に感情を見せてそこに付け込まれた。
ある意味ではデミオンもそうなのだろう。
弱っているところをアンジュの甘い言葉に流されてしまった。
そしてそれはアンジュも同じなのだ。
アンジュは何も知らないままで良い、というデミオンの思惑に乗せられた。
アリシアはデミオンへ視線を戻す。
「ねえデミオン殿。なぜこんな簡単なことを教えていないの?感情を隠すことなんて、貴族の常識として初歩中の初歩よ。私はこれまで、あなたがエミリーを可愛がっているから、我儘を聞いて何の学習をさせていないのだと思っていたわ。だけど、私はわかってしまったの。本当に愛しているならそんなお願いは聞かないはずだわ。レイヴン様が私の我儘を駄目だと言ったのと同じようにね」
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デミオンもエミリーを愛しているならそうしたはずだ。
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だけど学園を卒業してしまえば大人として扱われるのだ。
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