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3章
31 過保護③
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熱い紅茶を飲むと体が中からじんわりと温まってくる。どうやらアリシアが自覚しているより冷えていたようだ。
隣で見守っていたレイヴンがアリシアの手を取る。
「良かった。温まってきた」
安心したように呟くレイヴンが見つめているのは薔薇の棘で切ってしまった指先だ。
傷は既に癒えていて残っていない。
侍医長が必要もないのに毎日やってきては治療と経過観察をしてくれていた。
「良かった…」
それは体が温まったことなのか、傷が癒えたことなのか。
レイヴンはアリシアの手をそっと持ち上げて怪我をしていた指先に口づけた。
部屋の中には数種類の薔薇が飾られている。
庭園から薔薇を排除しようとするレイヴンを止める為に、アリシアは薔薇の花が好きなのだと言った。好きだからつい手を伸ばしてしまったのだと不注意を謝った。
するとレイヴンは苦悩しながらも思いとどまり、棘を綺麗にそぎ落とした薔薇が毎日部屋へ届けられるようになったのだ。
庭園の薔薇には二度と手を出さない。
アリシアは心に誓った。
「…カルヴィエ伯爵が、嫡男に家督を譲って隠居するらしい」
「まあ、そうですの」
アリシアの指先に何度も口づけていたレイヴンが、視線を指先に向けたまま言った。
レイヴンは言い辛かったようだが、それは予想していたことだ。
ジェーンやアリシアの元には、カルヴィエ伯爵からジョッシュの不行状を詫び、許しを乞う文が届いている。
カルヴィエ伯爵家は今回のことでアリシアの怒りを買った。それはレイヴンの怒りを買ったことでもある。
ジョッシュは幼い頃からジェーンを蔑ろにしていた。
カルヴィエ伯爵夫妻はそれを知っていて咎めなかった。そのことについては特に罰を与えられていない。
だけど王太子や王太子妃に睨まれた貴族がどうなるのかは、アリシアがしっかり示した。
表向きはジェーンが使節団へ参加する為の婚約解消であっても実情は違うと誰もが知っている。
王太子夫妻の不興を買った家と積極的に関わろうとする貴族はいない。
彼らは今後社交界で爪弾きにされるだろう。
自ら引退し、領地に引き籠ることで罪を償うのでどうか次代の当主には温情をいただきたい――。
アリシアに届いた文にはそういったことが書かれていた。
それに伯爵夫妻はジョッシュとエミリーの結婚式に出席するつもりなのだろう。
2人を祝福しているわけではない。アリシアがアンジュとエミリーへ語った「愛情」について、彼らにも思うところがあったのだ。
ジョッシュがジェーンに冷たく当たるようになったのは最近のことではない。
エミリーが侯爵家に来た時から徐々に態度が変わってきていた。
ジョッシュが婚約者に誕生日の贈り物をしていないことも、夜会やパーティーでエスコートしないことも、領地経営について何も学んでいないことも、伯爵夫妻は気がついていたはずだ。
だけど彼らはジョッシュを窘めることも咎めることもしなかった。
婚約者として、そして侯爵位を継ぐ者としての道を踏み外していくジョッシュを彼らはなぜ止めなかったのか。
これが嫡男や次男であれば夫妻の対応は違っていたはずだ。
――愛しているのなら、なぜ婚約者を大切にするよう諭さなかったのか?
――愛しているのなら、なぜ領地経営について学ぶべきだと教えなかったのか?
――愛しているのなら、なぜ婚約者の義妹との密会を諫めなかったのか?
その結果、ジョッシュは得られるはずだった侯爵位を失い、婚約者の義妹と不義を働いたという不名誉を得て、王太子夫妻の怒りを買ってしまった。
楽しいものにはならないであろう結婚式に参列するのは、これまでの贖罪なのかもしれないし、罪悪感を薄くするための手段かもしれない。
どちらにしても家のことを思うのならば、伯爵と伯爵夫人としては参列できない。
そして当主でなくなるのなら…、ひっそりと私財から生活の援助をすることもできる。
すべては想像に過ぎないこれらのことを、アリシアは追及しないことに決めていた。
隣で見守っていたレイヴンがアリシアの手を取る。
「良かった。温まってきた」
安心したように呟くレイヴンが見つめているのは薔薇の棘で切ってしまった指先だ。
傷は既に癒えていて残っていない。
侍医長が必要もないのに毎日やってきては治療と経過観察をしてくれていた。
「良かった…」
それは体が温まったことなのか、傷が癒えたことなのか。
レイヴンはアリシアの手をそっと持ち上げて怪我をしていた指先に口づけた。
部屋の中には数種類の薔薇が飾られている。
庭園から薔薇を排除しようとするレイヴンを止める為に、アリシアは薔薇の花が好きなのだと言った。好きだからつい手を伸ばしてしまったのだと不注意を謝った。
するとレイヴンは苦悩しながらも思いとどまり、棘を綺麗にそぎ落とした薔薇が毎日部屋へ届けられるようになったのだ。
庭園の薔薇には二度と手を出さない。
アリシアは心に誓った。
「…カルヴィエ伯爵が、嫡男に家督を譲って隠居するらしい」
「まあ、そうですの」
アリシアの指先に何度も口づけていたレイヴンが、視線を指先に向けたまま言った。
レイヴンは言い辛かったようだが、それは予想していたことだ。
ジェーンやアリシアの元には、カルヴィエ伯爵からジョッシュの不行状を詫び、許しを乞う文が届いている。
カルヴィエ伯爵家は今回のことでアリシアの怒りを買った。それはレイヴンの怒りを買ったことでもある。
ジョッシュは幼い頃からジェーンを蔑ろにしていた。
カルヴィエ伯爵夫妻はそれを知っていて咎めなかった。そのことについては特に罰を与えられていない。
だけど王太子や王太子妃に睨まれた貴族がどうなるのかは、アリシアがしっかり示した。
表向きはジェーンが使節団へ参加する為の婚約解消であっても実情は違うと誰もが知っている。
王太子夫妻の不興を買った家と積極的に関わろうとする貴族はいない。
彼らは今後社交界で爪弾きにされるだろう。
自ら引退し、領地に引き籠ることで罪を償うのでどうか次代の当主には温情をいただきたい――。
アリシアに届いた文にはそういったことが書かれていた。
それに伯爵夫妻はジョッシュとエミリーの結婚式に出席するつもりなのだろう。
2人を祝福しているわけではない。アリシアがアンジュとエミリーへ語った「愛情」について、彼らにも思うところがあったのだ。
ジョッシュがジェーンに冷たく当たるようになったのは最近のことではない。
エミリーが侯爵家に来た時から徐々に態度が変わってきていた。
ジョッシュが婚約者に誕生日の贈り物をしていないことも、夜会やパーティーでエスコートしないことも、領地経営について何も学んでいないことも、伯爵夫妻は気がついていたはずだ。
だけど彼らはジョッシュを窘めることも咎めることもしなかった。
婚約者として、そして侯爵位を継ぐ者としての道を踏み外していくジョッシュを彼らはなぜ止めなかったのか。
これが嫡男や次男であれば夫妻の対応は違っていたはずだ。
――愛しているのなら、なぜ婚約者を大切にするよう諭さなかったのか?
――愛しているのなら、なぜ領地経営について学ぶべきだと教えなかったのか?
――愛しているのなら、なぜ婚約者の義妹との密会を諫めなかったのか?
その結果、ジョッシュは得られるはずだった侯爵位を失い、婚約者の義妹と不義を働いたという不名誉を得て、王太子夫妻の怒りを買ってしまった。
楽しいものにはならないであろう結婚式に参列するのは、これまでの贖罪なのかもしれないし、罪悪感を薄くするための手段かもしれない。
どちらにしても家のことを思うのならば、伯爵と伯爵夫人としては参列できない。
そして当主でなくなるのなら…、ひっそりと私財から生活の援助をすることもできる。
すべては想像に過ぎないこれらのことを、アリシアは追及しないことに決めていた。
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