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3章
110 執務室
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「それは難しい問題だね…」
アリシアから話を聞き終えたレイヴンは低い声を出した。
ジェーンが希望していることも、アリシアが知る指導係が妃教育を受け持っていた伯爵夫人だけだということもわかる。
だけどその伯爵夫人をジェーンの家庭教師にするというのは中々難しい。
妃教育を受け持つような夫人は得てしてプライドが高い。
一侯爵令嬢の家庭教師など受け入れてくれるだろうか。
それに妃教育専門だった夫人がただの侯爵令嬢の家庭教師を務めるということは、教師としての格を下げることになる。
それは王家の威信にも関わる問題だ。
だけどアルスタへ出立するまでに間に合わせなければならないのも事実だ。研修の進捗状況はレイヴンへ届けられている為、ジェーンの状態もレイヴンは報告を受けている。
ジェーンに関する報告書には、このままでは団員として求められる水準まで達しないだろうということが書かれていた。
ただ研修を担当している者も、ジェーンが怪我をしていたことを知っているので厳しく指導することが躊躇われるらしい。
その気遣いが今は仇になっている。
ジェーンは元々厳しい指導にもしがみついてついていくだけの気構えを持っている。
だからこそ出来ていない自分に焦りを感じているのだ。
「…母上に相談してみようか。妃教育に関することは母上が取り仕切っているからね」
「では王妃様にお話してみます」
「僕も一緒に行くよ。先に講師から届いている報告書を見てもらった方が良いかもしれない」
レイヴンの言葉にアリシアは頷いた。
報告書に目を通して貰った後となれば、訪ねるのは明日になるだろうか。
「報告書は執務室だから取りに行かなきゃいけないけど…。一緒に来てくれる?」
今日は休日なのにあまり一緒に過ごせていない。お茶会の間、ジェーンたちに譲っていたのだから、これ以上離れていたくない。
レイヴンの窺うような視線に、アリシアは微笑んで頷いた。
「それじゃあ執務室へ行った後は庭園を散歩して帰ろうか」
「ええ、それもよろしいですわね」
執務棟の庭園は王太子宮の庭園とはまた趣が違っている。
アリシアの答えにレイヴンは嬉しそうに笑った。
執務室へ着くとレイヴンは素早く文を書き、報告書と一緒にマルグリットへ届けるよう指示を出した。
文には報告書へ目を通して欲しいこと、この件で相談をしたいので時間を取って欲しいことが書かれている。
一礼した侍従がすぐに執務室を出て行った。
レイヴンと一緒に執務室へ来ていたアリシアは、部屋の中を興味深く眺めていた。
レオナルドの執務室へは何度も行ったことがあるが、レイヴンの執務室へ入るのは初めてだ。
部屋を見渡したアリシアは、机に置かれた万年筆に目を留めた。レイヴンが文を書くのに使っていた万年筆である。
「これは…」
それはアリシアがレイヴンの15歳の誕生日に贈ったものだった。
キャップの金具部分に小さなサファイアが埋め込まれている。
この頃は贈り物に自分の色を入れるなんて考えたこともなく、レイヴンが使うものなのだから、レイヴンの色なら問題ないだろうと容易に考えていた。
「まだ持っておられたのですね」
「当然だよ!アリシアが僕の為に選んでくれたものなんだから」
アリシアからの贈り物はすべて大切にしているけれど、長い間それを伝えることができなかった。
以前のレイヴンは、アリシアからの贈り物を使っているところを見られないように必死になっていた。なぜあんなにも頑なだったのだろうと自分でもおかしく思う。
今は懐中時計もカフスボタンもブートニエールも毎日身につけている。
愛おしむように万年筆を見るレイヴンに、アリシアはくすぐったい気持ちになってレイヴンの腕に手を添えた。
自然に目が合い、微笑み合う。
カナリーは、レイヴンがアリシアから贈られた刺繍入りのハンカチーフを大切にしていたと言っていた。
新しく刺している刺繍はもう少しで完成する。
アリシアから話を聞き終えたレイヴンは低い声を出した。
ジェーンが希望していることも、アリシアが知る指導係が妃教育を受け持っていた伯爵夫人だけだということもわかる。
だけどその伯爵夫人をジェーンの家庭教師にするというのは中々難しい。
妃教育を受け持つような夫人は得てしてプライドが高い。
一侯爵令嬢の家庭教師など受け入れてくれるだろうか。
それに妃教育専門だった夫人がただの侯爵令嬢の家庭教師を務めるということは、教師としての格を下げることになる。
それは王家の威信にも関わる問題だ。
だけどアルスタへ出立するまでに間に合わせなければならないのも事実だ。研修の進捗状況はレイヴンへ届けられている為、ジェーンの状態もレイヴンは報告を受けている。
ジェーンに関する報告書には、このままでは団員として求められる水準まで達しないだろうということが書かれていた。
ただ研修を担当している者も、ジェーンが怪我をしていたことを知っているので厳しく指導することが躊躇われるらしい。
その気遣いが今は仇になっている。
ジェーンは元々厳しい指導にもしがみついてついていくだけの気構えを持っている。
だからこそ出来ていない自分に焦りを感じているのだ。
「…母上に相談してみようか。妃教育に関することは母上が取り仕切っているからね」
「では王妃様にお話してみます」
「僕も一緒に行くよ。先に講師から届いている報告書を見てもらった方が良いかもしれない」
レイヴンの言葉にアリシアは頷いた。
報告書に目を通して貰った後となれば、訪ねるのは明日になるだろうか。
「報告書は執務室だから取りに行かなきゃいけないけど…。一緒に来てくれる?」
今日は休日なのにあまり一緒に過ごせていない。お茶会の間、ジェーンたちに譲っていたのだから、これ以上離れていたくない。
レイヴンの窺うような視線に、アリシアは微笑んで頷いた。
「それじゃあ執務室へ行った後は庭園を散歩して帰ろうか」
「ええ、それもよろしいですわね」
執務棟の庭園は王太子宮の庭園とはまた趣が違っている。
アリシアの答えにレイヴンは嬉しそうに笑った。
執務室へ着くとレイヴンは素早く文を書き、報告書と一緒にマルグリットへ届けるよう指示を出した。
文には報告書へ目を通して欲しいこと、この件で相談をしたいので時間を取って欲しいことが書かれている。
一礼した侍従がすぐに執務室を出て行った。
レイヴンと一緒に執務室へ来ていたアリシアは、部屋の中を興味深く眺めていた。
レオナルドの執務室へは何度も行ったことがあるが、レイヴンの執務室へ入るのは初めてだ。
部屋を見渡したアリシアは、机に置かれた万年筆に目を留めた。レイヴンが文を書くのに使っていた万年筆である。
「これは…」
それはアリシアがレイヴンの15歳の誕生日に贈ったものだった。
キャップの金具部分に小さなサファイアが埋め込まれている。
この頃は贈り物に自分の色を入れるなんて考えたこともなく、レイヴンが使うものなのだから、レイヴンの色なら問題ないだろうと容易に考えていた。
「まだ持っておられたのですね」
「当然だよ!アリシアが僕の為に選んでくれたものなんだから」
アリシアからの贈り物はすべて大切にしているけれど、長い間それを伝えることができなかった。
以前のレイヴンは、アリシアからの贈り物を使っているところを見られないように必死になっていた。なぜあんなにも頑なだったのだろうと自分でもおかしく思う。
今は懐中時計もカフスボタンもブートニエールも毎日身につけている。
愛おしむように万年筆を見るレイヴンに、アリシアはくすぐったい気持ちになってレイヴンの腕に手を添えた。
自然に目が合い、微笑み合う。
カナリーは、レイヴンがアリシアから贈られた刺繍入りのハンカチーフを大切にしていたと言っていた。
新しく刺している刺繍はもう少しで完成する。
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