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3章

111 正殿へ

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 夕食を終えた後、アリシアはレイヴンと正殿の応接間へ向かっていた。
 散歩から戻ると既にマルグリットからの返事が届けられていて、夕食の後に正殿の応接間へ来るようにとあったのだ。

 正殿の応接間には結婚当初何度かレイヴンに連れられて行ったことがある。
 そこにいるマルグリットは、王妃ではなく母親の顔をしていた。隣にいるレイヴンの表情もいつもより幼く見えたので驚いたものだ。
 思い返せばアリシアはそれまで王太子としてのレイヴンしか知らなかった。
 あの時一緒にいたレイヴンは、王太子ではなくマルグリットの息子だったのだ。

 最近になってまたレイヴンから応接間へ誘われる様になっていた。
 カナリーからも、レイヴンがいない夜は応接間へ来て欲しいと言われている。
 2人はアリシアを家族として迎え入れようとしているのだろう。

 ………?

 アリシアは応接間に近づくにつれて自身の足取りが重くなっていることに気がついていた。
 だけどそれが何故なのかわからない。
 わからないから余計に不安を感じている。

「アリシア?どうかしたの?大丈夫?!」

 レイヴンの焦ったような声がして、アリシアは足を止めた。
 何を言われているのかわからずに隣のレイヴンを見上げると、レイヴンは強いショックを受けた様で表情を引き攣らせている。

「レイヴン様?」

「……酷い顔色だよ。今日は止めておいた方が良い」

 暗い顔をしたレイヴンにアリシアは驚いた。
 確かに不安を感じていたけれど、それが顔色に表れているとは思わなかったのだ。
 
「…少し緊張してしまって」

 そう口にしてから、アリシアは自分が緊張していることに気がついた。
 足取りが重くなっていたのは緊張しているからなのだ。

 だけど何に緊張するというのだろうか。
 マルグリットとはこれまで何度も顔を合わせているし、公務についての相談も何度もしてきているのだ。
 そう、公務であるのなら、今更マルグリットに会うことで緊張などするはずがない。 

「……っ!!」

「アリシアっ?!」

 真っ青だったアリシアの顔が赤く染まるのを見てレイヴンは声を上げた。
 これだけ急激に顔色が変わるのが良いことだとは思えない。

 レイヴンは、マルグリットがアリシアを応接間へ呼んでくれたことを喜んでいた自分を恥じた。
 レイヴンの家族と会うことは、こんなにもアリシアの負担になっているのだ。

「今日はやめよう、アリシア。応接間になんか行かなくて良い。母上には謝罪の文を出すから、このまま部屋へ戻ろう」

「いいえ、いいえ、レイヴン様」

 アリシアを抱き込むようにして踵を返そうとするレイヴンをアリシアが止めた。
 まだ顔は赤く火照っているし、レイヴンの腕を掴むアリシアの手は小刻みに震えている。
 だけど自分の気持ちが理解できたアリシアに、このまま部屋へ戻るつもりはなかった。

「大丈夫ですわ。少し緊張しているだけです。…私、これまでマルグリット様とお会いするのは公務なのだと思っていました。だけど今日は、そうではないようです。私が公務で緊張などするはずがありませんもの」

「っ!アリシア…っ!!」

 その言葉の意味を理解したレイヴンはアリシアを抱き締めていた。
 アリシアは公務ではなく、マルグリットと会おうとしてくれている。
 すぐに義親子にはなれないかもしれない。
 だけどアリシアは新しい関係を築こうとしてくれているのだ。


 

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