【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
318 / 697
番外編・処罰の後

1 処罰の後

しおりを挟む
 国王から処罰を言い渡された後。
 母のアンジュが鞭打ち刑の為に引きずられて行くのをエミリーは呆然と見送っていた。
 父のデミオンはその場で頽れ、「アンジュ、アンジュ…」と繰り返している。
 そんな父もすぐに謁見室から引きずり出されてしまった。

「退室せよ」

 国王の言葉の後、エミリーもジョッシュやカルヴィエ伯爵夫妻と共に謁見室を出る。
 そこには既にデミオンの姿はなかった。

 無言のまま馬車止めまで4人で歩く。
 カルヴィエ伯爵夫妻やジョッシュは暗い顔をしていたが、エミリーにはそれが何故かわからなかった。
 
 ジョッシュと結婚すれば貴族でなくなることは理解できた。
 だけどアリシアの話を聞く限りでは家に残っていても良いことはなさそうだ。
 それにデミオンやアンジュに愛されていないのなら、愛してくれている相手と一緒にいられる方が良い。

 エミリーが笑い掛けるとジョッシュは暗い顔のまま笑い返してくれたが、カルヴィエ伯爵夫妻にはきつく睨まれた。
 エミリーはいつも人に嫌われる。
 それがなぜだかわからなかったが、きちんと教育を受けていればわかったのだろうか。


「侯爵はどうされたのだろう」

 ジョッシュが呟く。
 馬車止めにはここまで乗って来た侯爵家の馬車が停まっているが、デミオンの姿はない。

「侯爵がまだなら侯爵家の馬車は使えないね。一緒に…」

「ジョッシュ!!」

「帰ろう」という言葉はカルヴィエ伯爵の厳しい声に遮られた。
 カルヴィエ伯爵が険しい顔でジョッシュを睨んでいる。

「おまえはこの事態をどう思っているんだ!伯爵家を破滅させるつもりか!!」

「あなたは出ていくから良いかもしれないけど、伯爵家を継ぐローガンのことも考えなさい!少しは申し訳ないと思わないの?!」

 今回処罰を受けたのはデミオンとアンジュだけで、形の上ではジョッシュもエミリーも罰を受けたわけではない。だけどそれはジェーンの体面を守る為であり、2人が国王夫妻や王太子夫妻の怒りを買ったのは間違いなかった。
 伯爵家としてエミリーを受け入れるような素振りを見せれば伯爵家全体が怒りを買うことになる。

「同じ馬車で帰りたいならおまえがそちらの馬車に乗りなさい」

 両親の言葉にジョッシュは項垂れた。

 ジョッシュも兄のことを言われると弱い。
 確かにジョッシュは長兄や次兄に比べて軽く扱われていたけれど、その分2人が跡取りとそのスペアとしての厳しい教育と重圧を受けていたのを知っている。
 ジョッシュはそんな教育を受けなくても侯爵になれる自分は幸運なのだと思っていた。
 物事がそんなに都合よく進むはずがないと理解していなかったのだ。

 爵位というのはただ継げばいいというものではない。
 与えられた領地を運営し、領民の暮らしを守るのが領主の務めである。
 ジョッシュはアリシアやジェーンの話を聞いていて、やっとその事に気がついた。

 思えば兄たちにも一緒に勉強をしようと誘われたし、侯爵家の領地へきちんと目を向けるよう言われていたのだ。
 兄たちは教えようとしてくれていた。
 それを煩いと、余計なことだと聞かなかったのはジョッシュ自身だ。

 愛していれば間違えた時に叱ったり正しいことを教えたりするはずだというアリシアの言葉が事実ならば、ジョッシュが何をしていても何も言わなかった両親より兄たちの方が愛してくれていたことになる。
 そんな2人にこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない。
 
「……ごめん」

「え?」

 ジョッシュはぽつりと呟くと、エミリーに背を向けて伯爵家の馬車へ乗り込んだ。
 馬車がゆっくりと動き出す。
 1人取り残されたエミリーはわけがわからないまま走り去っていく馬車を見送っていた。


「お帰りになりますか?」

 硬い声がする。
 振り返ると、侯爵家の馭者が冷たい目でエミリーを見ていた。
 この馭者はエミリーが侯爵家に移った時からいた馭者で、いつも温和で人の良さそうな顔をしていた。
 これまでこんな冷たい目を向けられたことはない。

 慇懃無礼、という難しい言葉をエミリーは知らなかったが、正にそういった態度だった。

 これまでのエミリーであれば使用人にこんな態度を取られたら喚き散らしていただろう。
 だけどこの時エミリーはなんだか嫌な予感がして込み上げる言葉を飲み込んだ。

「……帰るわ」

 一度侯爵邸へ帰ってからもう一度デミオンを迎えに来させればいい。
 エミリーは馭者を睨みつけると馬車へ乗り込んだ。
 だけどエミリーはすぐに1人で帰ったことを後悔することになる。

 


しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...