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番外編・処罰の後
2 処罰の後
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エミリーは邸に帰り着いてもすぐには異変に気付かなかった。
出迎える家令を無視して自室へ続く階段を上っていく。
いつもなら自室へ入るまでに何人かの侍女とすれ違うものだが、一人も見かけないことをおかしいとも思わなかった。これまで侍女や使用人たちが何をしているのか気にしたこともなかったからだ。
エミリーは部屋へ入るとドレスのままドサッとベッドへ倒れこむ。
怒ったり泣いたりして酷く疲れていた。
それからどれくらいたったのか。
人の騒めく声にエミリーは目を覚ました。あのまま眠ってしまったのだ。
お父様が帰って来たのかしら。
そう思ってから、馭者に王宮へデミオンを迎えに戻る様伝えるのを忘れたことに気がついた。
だけど馭者はデミオンが王宮にいることを知っている。言われなくても迎えに行かなければならないとわかっているはずだ。
そうよ、だからお父様が帰ってきたのだわ。
エミリーをジョッシュの愛人にしようとしていたことや、本当は愛されていなかったことを考えると、あまり顔を合わせたくはない。
だけどこれからジョッシュと結婚するにしても、どうすればいいのかわからなかった。
これまでデミオンやアンジュに頼り切って生きていたのだ。
躊躇いながらも部屋を出たエミリーは、ここでようやく様子がおかしいことに気がついた。
デミオンを出迎えるにしては大勢の声がする。悲鳴のような声も聞こえる。
そこへ一際通る声が響いた。
よく知っている、エミリーが嫌いな声だ。
「先程も告げた通り、名前を呼ばれた者は今日付けで解雇だ。紹介状は書かない。今日の内は邸に留まることを許すが明日の昼までに荷物をまとめて出て行ってくれ」
「そんな!」
「それじゃあわたしたちはそうすれば…」
解雇を告げられた侍女たちの悲痛な声が響く。
エミリーは声がしている玄関ホールへ急いだ。
玄関ホールは異様な光景だった。
邸中の人間がここにいるのではないかと思う程、人で埋め尽くされている。
その人たちに向けて話をしているのは思った通りロバートだ。
ロバートは昔から邸に来てもジェーンとばかり仲良くしてエミリーには全然優しくしてくれなかった。
そんなロバートをエミリーもずっと見下していた。
「伯爵家の息子のくせに」
デミオンやアンジュがそう言っていたから、それが正しい態度なのだと思っていた。
だけど考えてみれば2人より身分が高いはずのレオナルドやアリシアがロバートにそんな態度を取っているところを見たことがない。
それならばやっぱり間違えていたのはエミリーなのだろうか。
「エミリ―か」
名前を呼ばれてびくりと体が震えた。
エミリーに向けられるのはいつでも冷たい視線だけだ。
そういえば、先程馭者から向けられたのも同じような視線だった。
「既に謁見室を出ていたから知らないだろうが、陛下は侯爵家当主としての権限をジェーンに与えられた。ジェーンは暫く戻らないのでその間は僕が代理を務める。君がジェーンと顔を合わせることはもうないだろう」
「え…?」
「ジェーンは使節団の研修を受けるためにこのまま離宮に滞在する。帰ってくるのは君が結婚して邸を出た後だ。結婚式まではこの邸にいることを認められているのでここにいるのは構わない。だけど見ての通り侯爵家を立て直す為に人員整理を行っている。これまでと同じ生活ができるとは思わないでくれ」
エミリーが伯爵邸に留まることを許されるのは、あくまで「キャンベル侯爵家とカルヴィエ伯爵家の婚姻」を行う為である。
温情に見えて温情ではない。
ロバートは少し考えるような素振りをした後、またエミリーへ視線を向けた。
「知っているとは思うが、僕は君のことを良く思っていない。だけど妃殿下の話を聞くと、君もデミオン殿の犠牲者のように思う。今更淑女教育を受けても役に立つことはないが、平民として必要な知識もある。マーサ、エミリーが家を出た後困らない様に、自分のことをできるように教えてやってくれ」
「かしこまりました」
マーサと呼ばれた年配の侍女がすっと頭を下げる。
顔は知っているものの、あまり話したことのない侍女だった。
エミリーがよく知っている部屋付きの侍女は解雇を言い渡されたらしく、エミリーへ縋るような目を向けている。
思えば泣きそうな顔をしているのはすべてエミリーと親しい者たちだ。そうでない者たちは落ち着いた様子でエミリーに冷たい視線を向けている。
背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「お父様は…」
縋るように呟くと、ロバートの口元が歪んだ。
ロバートのそんな顔を見るのは初めてだ。
「デミオン殿は刑を受ける為に連行されたアンジュ殿を返してくれと、近衛の詰め所に押し掛けたそうだ。陛下の下した罰に逆らうのは陛下への叛逆と見做される。取り押さえられて牢に入れられたよ。陛下は何も仰らなかったから、明日にでも帰ってくるだろう。まったく、侯爵家の為になるどころか害にしかならない」
その言葉に解雇を言い渡されていた者たちの顔が絶望に染まった。
解雇を言い渡されているのは、皆デミオンやアンジュに気に入られている者たちだ。デミオンが帰ってこれば状況が変わるのではないかと一縷の望みを抱いていた。
だけどその望みは薄そうだ。
やがて現実を受け入れたのだろう。
ひとり、ひとりと玄関ホールを出て行った。
出迎える家令を無視して自室へ続く階段を上っていく。
いつもなら自室へ入るまでに何人かの侍女とすれ違うものだが、一人も見かけないことをおかしいとも思わなかった。これまで侍女や使用人たちが何をしているのか気にしたこともなかったからだ。
エミリーは部屋へ入るとドレスのままドサッとベッドへ倒れこむ。
怒ったり泣いたりして酷く疲れていた。
それからどれくらいたったのか。
人の騒めく声にエミリーは目を覚ました。あのまま眠ってしまったのだ。
お父様が帰って来たのかしら。
そう思ってから、馭者に王宮へデミオンを迎えに戻る様伝えるのを忘れたことに気がついた。
だけど馭者はデミオンが王宮にいることを知っている。言われなくても迎えに行かなければならないとわかっているはずだ。
そうよ、だからお父様が帰ってきたのだわ。
エミリーをジョッシュの愛人にしようとしていたことや、本当は愛されていなかったことを考えると、あまり顔を合わせたくはない。
だけどこれからジョッシュと結婚するにしても、どうすればいいのかわからなかった。
これまでデミオンやアンジュに頼り切って生きていたのだ。
躊躇いながらも部屋を出たエミリーは、ここでようやく様子がおかしいことに気がついた。
デミオンを出迎えるにしては大勢の声がする。悲鳴のような声も聞こえる。
そこへ一際通る声が響いた。
よく知っている、エミリーが嫌いな声だ。
「先程も告げた通り、名前を呼ばれた者は今日付けで解雇だ。紹介状は書かない。今日の内は邸に留まることを許すが明日の昼までに荷物をまとめて出て行ってくれ」
「そんな!」
「それじゃあわたしたちはそうすれば…」
解雇を告げられた侍女たちの悲痛な声が響く。
エミリーは声がしている玄関ホールへ急いだ。
玄関ホールは異様な光景だった。
邸中の人間がここにいるのではないかと思う程、人で埋め尽くされている。
その人たちに向けて話をしているのは思った通りロバートだ。
ロバートは昔から邸に来てもジェーンとばかり仲良くしてエミリーには全然優しくしてくれなかった。
そんなロバートをエミリーもずっと見下していた。
「伯爵家の息子のくせに」
デミオンやアンジュがそう言っていたから、それが正しい態度なのだと思っていた。
だけど考えてみれば2人より身分が高いはずのレオナルドやアリシアがロバートにそんな態度を取っているところを見たことがない。
それならばやっぱり間違えていたのはエミリーなのだろうか。
「エミリ―か」
名前を呼ばれてびくりと体が震えた。
エミリーに向けられるのはいつでも冷たい視線だけだ。
そういえば、先程馭者から向けられたのも同じような視線だった。
「既に謁見室を出ていたから知らないだろうが、陛下は侯爵家当主としての権限をジェーンに与えられた。ジェーンは暫く戻らないのでその間は僕が代理を務める。君がジェーンと顔を合わせることはもうないだろう」
「え…?」
「ジェーンは使節団の研修を受けるためにこのまま離宮に滞在する。帰ってくるのは君が結婚して邸を出た後だ。結婚式まではこの邸にいることを認められているのでここにいるのは構わない。だけど見ての通り侯爵家を立て直す為に人員整理を行っている。これまでと同じ生活ができるとは思わないでくれ」
エミリーが伯爵邸に留まることを許されるのは、あくまで「キャンベル侯爵家とカルヴィエ伯爵家の婚姻」を行う為である。
温情に見えて温情ではない。
ロバートは少し考えるような素振りをした後、またエミリーへ視線を向けた。
「知っているとは思うが、僕は君のことを良く思っていない。だけど妃殿下の話を聞くと、君もデミオン殿の犠牲者のように思う。今更淑女教育を受けても役に立つことはないが、平民として必要な知識もある。マーサ、エミリーが家を出た後困らない様に、自分のことをできるように教えてやってくれ」
「かしこまりました」
マーサと呼ばれた年配の侍女がすっと頭を下げる。
顔は知っているものの、あまり話したことのない侍女だった。
エミリーがよく知っている部屋付きの侍女は解雇を言い渡されたらしく、エミリーへ縋るような目を向けている。
思えば泣きそうな顔をしているのはすべてエミリーと親しい者たちだ。そうでない者たちは落ち着いた様子でエミリーに冷たい視線を向けている。
背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「お父様は…」
縋るように呟くと、ロバートの口元が歪んだ。
ロバートのそんな顔を見るのは初めてだ。
「デミオン殿は刑を受ける為に連行されたアンジュ殿を返してくれと、近衛の詰め所に押し掛けたそうだ。陛下の下した罰に逆らうのは陛下への叛逆と見做される。取り押さえられて牢に入れられたよ。陛下は何も仰らなかったから、明日にでも帰ってくるだろう。まったく、侯爵家の為になるどころか害にしかならない」
その言葉に解雇を言い渡されていた者たちの顔が絶望に染まった。
解雇を言い渡されているのは、皆デミオンやアンジュに気に入られている者たちだ。デミオンが帰ってこれば状況が変わるのではないかと一縷の望みを抱いていた。
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やがて現実を受け入れたのだろう。
ひとり、ひとりと玄関ホールを出て行った。
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