【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
330 / 697
番外編・処罰の後

13 処罰の後(7-②)

しおりを挟む
 目覚めてからどれくらい経ったのか、扉が開いてマーサが入って来た。
 マーサがエミリーを主人と思っているとは思わないが、決められた時間に主人を起こすのも侍女の仕事の1つなのだ。

 昨日の夜もマーサは1人でエミリーの部屋へ来た。
 1人で湯浴みの支度をするよう指示したマーサは、疲れ果てた様子のエミリーに溜息を吐くと諦めたように世話をしてくれた。
 そんな態度でも今この邸でエミリーの相手をしてくれる使用人はマーサだけである。



「お目覚めでしたか」 

 マーサがベッドへ近づくと、エミリーは既に起きていた。
 起こす手間が省けたことよりも、大人しくしているエミリーに不審が募る。

 エミリーは甘やかされた我儘令嬢だ。
 起きているならすぐに世話をしろと呼びつけるはずだし、気に入らなければ癇癪を起す。
 エミリーに侍る侍女はエミリーの機嫌に敏感で上手く機嫌を取っていた。エミリーに気に入られ、侯爵夫妻に取り入る為にはそれくらいの機転が必要なのだ。
 だけどマーサはエミリーに気に入られる必要がない。エミリーの機嫌を取るつもりは欠片もなかった。

 それでも昨日は色々なことがあった、
 流石に自分の置かれた状況が変わったことに気がついたはずだ。
 それにマーサはエミリーが食堂で見せた表情が気になっていた。

「おはよう、マーサ」

「おはようございます」

 起き上がったエミリーへマーサがそつなく頭を下げる。
 気に入らなくてもロバートにエミリーの面倒を見るよう申し付けられたのだ。
 ロバートはジェーンの従兄だけれど、侯爵家の血筋ではない。それでもその優秀さは知れ渡っている。サンドラに可愛がられていたし、ジェーンとも仲が良い。
 この荒廃した侯爵家を救ってくれるロバートに逆らうつもりはなかった。

「それでは洗顔の準備をなさってください」

 マーサは淡々と告げる。
 ロバートに申し付けられたのは、エミリーが自分のことをできるようになるよう教えること。
 昨日の夜はつい情に絆されて湯浴みの世話をしてしまったけれど、本来ならそれも自分でさせるべきことだ。
 マーサはこれ以上の情を掛けるつもりはなかった。
 
 エミリーは素直にベッドを降りる。
 そして何気ない様子でマーサに問い掛けた。

「昨日のことだけど…。お義姉様は作法の先生に教えられたことを披露して、お母様に褒められていたのよね?」

 瞬間、マーサの顔が強張った。
 エミリーが食堂での話をしていることは間違いない。
 何を企んでいるのか、嫌な予感がする。

 だけどエミリーにはそんなつもりはなかった。
 マーサの様子に気付かず、話し続ける。
 その時のジェーンがどんな気持ちだったのか、知りたくなったのだ。
 
「私はそんなことをしたことがないの。できないことはしなくて良いって思ってたから。だからお義姉様はその時どんな気持ちだったのかなって思って」

 その言葉を聞いたマーサは驚いた。
 浴室へ向かおうとするエミリーの後姿をじっと見つめる。
 僅かに見える横顔からは悪意が感じられない。本当に知らないことを訊いてみただけのようだ。

 エミリーが言ったことをマーサは考える。
 確かにエミリーが何かを成し遂げ、褒められているところなど見たことがない。

 デミオンもアンジュも、エミリーがすることは何でも「可愛い」と言っていた。
 家庭教師が何かを教えても、エミリーが「嫌だ」と言うとそれはしなくて良くなった。家庭教師が注意をするとエミリーは泣き喚き、家庭教師が辞めさせられる。
 これまでのエミリーはできないことややりたくないことはやらなくて良かったのだ。
 できなかったことができるようになる達成感を知らず、成長を褒められたことがない。

 マーサは昨日のことを思い出す。

 エミリーは自分で顔を洗うのも服を着るのも初めてだった。
 マーサはエミリーが水を溜めるのを見ていて、入れ過ぎだと思っていた。重い物を持ったことのないエミリーが運べるはずがない。
 だけどマーサは何も言わずにただ見ていた。
 失敗しても構わないと思っていたからだ。

 そして思った通り、エミリーは桶をひっくり返して水を被った。
 惨めな思いをしたエミリーが、癇癪を起すのもわかっていた。
 わかっていたけれど、そのままにしておいた。エミリーがそのままでいても、マーサは何も困らない。
 ジェーンへの仕打ちを見ていたマーサはいい気味だとすら思っていた。
 
 だけど本当にそうだろうか。

 マーサがロバートに申し付けられたのは、エミリーが自分のことができるようになるよう指導することだ。
 昨日のあれは指導とは言えない。
 マーサは申し付けられた職務を放棄していた。

「申し訳ありませんでした」

 急に頭を下げたマーサに、エミリーはきょとんとした顔をした。
 何を謝られているのかわからないのだろう。
 マーサもそれを説明するつもりはなかった。

「昨日は自分で顔を洗われたのですね」

 エミリーが食堂へ来た時、胸元や袖が濡れていた。
 マーサに放っておかれたエミリーは、部屋を出る為に1人で言われたことを実践したのだ。

「桶に水を溜めて運ぶことができたのですね。頑張られましたね」

 マーサが微笑んで告げると、エミリーの頬が赤く染まる。
 そんなことでも初めて褒められたのだ。

「今日は私が見ていますから、やってみせて下さい」

「え、ええ…っ!」

 エミリーが嬉しそうに浴室へ入っていく。
 昨日とは明らかに違っていた。

 

しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

処理中です...