341 / 697
番外編・処罰の後
24 処罰の後(14)
しおりを挟む
「お父様とお母様が使用人棟に?」
「ええ。使用人棟は今、空き部屋が多いですから。アンジュ様の為には人があまり近寄らない部屋の方が良いと思われたのでしょう」
「そう…」
マーサの言葉にエミリーが目を伏せる。
本邸から使用人棟へ移るのに、デミオンから一言もなかった。
エミリーは結局あれからアンジュのところへ行っていない。デミオンと顔を合わせたのもあの怒鳴られた日が最後だ。
2人と真面に会話をしたのはあの処罰の日が最後になる。
エミリーはあと2ヶ月程しか侯爵邸にいられない。
このまま別れることになるのだろうか。
エミリーが何を考えているのか、マーサには良くわかった。
どんなに冷たく接せられてもジェーンはずっとデミオンの愛情を諦められずにいた。親からの愛を求めるのは子どもとして当然の気持ちである。
ジェーンがデミオンへの気持ちを断ち切れたのは、アリシアに怪我を負わせたことを知ったからだ。
「大丈夫ですよ。侯爵邸は使用人棟も綺麗なものですから」
だからマーサは敢て見当違いなことを言う。
デミオンは既にエミリーを少しも気に掛けていない。そんな父親に捨てられたなんて思う必要はない。
そんなマーサの言葉にエミリーはきょとんとした顔をした。それから少し笑う。
「そう…。そうよね。お2人はきっと大丈夫だわ。私は、私がやるべきことをやらなくっちゃ」
エミリーがやるべきこと。
まずは詫び状と招待状の作成である。
意気込みを見せるエミリーにマーサは微笑んで頷いた。
それからは早かった。
経験豊富な使用人たちは仕事が早い。とても隙間時間の作業とは思えない早さで割り当て分を仕上げていく。
元々あった内から1/4はカルヴィエ伯爵家で受け持ってくれたこともあり、あっという間に出来上がってしまった。
「確かにすべて揃っています。お疲れ様でした」
手元のリストと箱に並べられた封筒を見比べていたクレールが頷いてエミリーへ視線を移す。
こちらを向いたクレールは柔らかい表情をしている。以前、大勢の侍女たちに傅かれていた時でもクレールのそんな表情を見たことはない。
「これだけの数を揃えるのですから大変だったでしょう」
「…大変だったのは手伝ってくれた人たちよ。私が書いた分なんてほとんどないわ」
並べられた封筒の内、エミリーが書いたのは1割ほどだった。自分が無能なのだと突きつけられたようで辛い。
使用人たちが手伝ってくれなければ絶対に間に合わなかった。
「使用人たちを手伝う気にさせたのはあなたでしょう。それも大変だったと思いますよ。正直なところ、わたしは無理だと思っていました」
エミリーは使用人たちに頭を下げてまわった時のことを思い出す。
嫌な顔をした使用人たちに冷たくあしらわれるのは辛かった。
何度も泣きたくなったし止めたくなった。
だけどエミリーはキャンベル侯爵家の娘だ。
侯爵家の娘として唯一できることだと思えば止めることができなかった。
「途中で放り投げることもできたのに、あなたは最後までやり遂げました。この経験はきっと新しい生活で役に立つでしょう」
エミリーはぱっと顔を上げた。
やっと気がついた。これは褒められているのだ。
ほんのりと胸が暖かくなっていく。
「まだ結婚式の準備は続きますから、引き続きよろしくお願い致します」
軽く頭を下げたクレールを見ながら、エミリーは頬が緩むのを感じていた。
「ええ。使用人棟は今、空き部屋が多いですから。アンジュ様の為には人があまり近寄らない部屋の方が良いと思われたのでしょう」
「そう…」
マーサの言葉にエミリーが目を伏せる。
本邸から使用人棟へ移るのに、デミオンから一言もなかった。
エミリーは結局あれからアンジュのところへ行っていない。デミオンと顔を合わせたのもあの怒鳴られた日が最後だ。
2人と真面に会話をしたのはあの処罰の日が最後になる。
エミリーはあと2ヶ月程しか侯爵邸にいられない。
このまま別れることになるのだろうか。
エミリーが何を考えているのか、マーサには良くわかった。
どんなに冷たく接せられてもジェーンはずっとデミオンの愛情を諦められずにいた。親からの愛を求めるのは子どもとして当然の気持ちである。
ジェーンがデミオンへの気持ちを断ち切れたのは、アリシアに怪我を負わせたことを知ったからだ。
「大丈夫ですよ。侯爵邸は使用人棟も綺麗なものですから」
だからマーサは敢て見当違いなことを言う。
デミオンは既にエミリーを少しも気に掛けていない。そんな父親に捨てられたなんて思う必要はない。
そんなマーサの言葉にエミリーはきょとんとした顔をした。それから少し笑う。
「そう…。そうよね。お2人はきっと大丈夫だわ。私は、私がやるべきことをやらなくっちゃ」
エミリーがやるべきこと。
まずは詫び状と招待状の作成である。
意気込みを見せるエミリーにマーサは微笑んで頷いた。
それからは早かった。
経験豊富な使用人たちは仕事が早い。とても隙間時間の作業とは思えない早さで割り当て分を仕上げていく。
元々あった内から1/4はカルヴィエ伯爵家で受け持ってくれたこともあり、あっという間に出来上がってしまった。
「確かにすべて揃っています。お疲れ様でした」
手元のリストと箱に並べられた封筒を見比べていたクレールが頷いてエミリーへ視線を移す。
こちらを向いたクレールは柔らかい表情をしている。以前、大勢の侍女たちに傅かれていた時でもクレールのそんな表情を見たことはない。
「これだけの数を揃えるのですから大変だったでしょう」
「…大変だったのは手伝ってくれた人たちよ。私が書いた分なんてほとんどないわ」
並べられた封筒の内、エミリーが書いたのは1割ほどだった。自分が無能なのだと突きつけられたようで辛い。
使用人たちが手伝ってくれなければ絶対に間に合わなかった。
「使用人たちを手伝う気にさせたのはあなたでしょう。それも大変だったと思いますよ。正直なところ、わたしは無理だと思っていました」
エミリーは使用人たちに頭を下げてまわった時のことを思い出す。
嫌な顔をした使用人たちに冷たくあしらわれるのは辛かった。
何度も泣きたくなったし止めたくなった。
だけどエミリーはキャンベル侯爵家の娘だ。
侯爵家の娘として唯一できることだと思えば止めることができなかった。
「途中で放り投げることもできたのに、あなたは最後までやり遂げました。この経験はきっと新しい生活で役に立つでしょう」
エミリーはぱっと顔を上げた。
やっと気がついた。これは褒められているのだ。
ほんのりと胸が暖かくなっていく。
「まだ結婚式の準備は続きますから、引き続きよろしくお願い致します」
軽く頭を下げたクレールを見ながら、エミリーは頬が緩むのを感じていた。
10
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる