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第2部 4章
50 渦巻く欲望
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レイヴンとアリシアの入場が告げられると、ざわついていた食堂内が静かになった。
ゆっくりと扉が開かれる。
中へ入ると招待客たちは皆立ち上がり、頭を下げていた。
「皆頭を上げ、座ってくれ」
アリシアを女主人の席までエスコートした後、主人の席へついたレイヴンが一同に声を掛ける。
全員が一斉に顔を上げ、レイヴンとアリシアが座るのを待って席につく。
アリシアが着ているドレスを見て息を飲む声があちらこちらから聞こえていた。
招かれているのは、庁舎や役場で働く役人とその家族である。
中央に設えられた長テーブルにレイヴンとアリシア、そして役人とその夫人たちが役職順に男女交互で座り、役人の家族たちは、この長テーブルの両側に並行して並べられた長テーブルに座っている。
貴族の出身である役人やその夫人は、ドレスの色が持つ意味を良くわかっているのだ。
このドレスが牽制になるといい。
レイヴンとアリシアの様子を窺う夫人たちににっこり笑って見せると、夫人たちは慌てて顔を伏せた。
「皆の働きには感謝している。今日は堅苦しい礼儀は必要ない。思い思いに楽しんでくれ」
レイヴンがグラスを掲げてそう告げると、皆が一斉にグラスを掲げて葡萄酒を飲む。
晩餐の始まりだ。
アリシアは食事をしながらそっと出席者たちの様子を窺った。
ここでも社交界とあまり変わりがないらしく、人々の欲望が渦巻いているのがわかる。チラチラと互いに視線を送り合い、誰かが先に口を開くのを待っているのだ。
レイヴンと目が合うと、同時に苦笑した。
レイヴンが「堅苦しい礼儀は必要ない」と言ったのは、そもそも貴族の礼儀を知らない者が多くいるからだ。
役人とその夫人のほとんどは貴族の出だが、一部の夫人と子どもたちは平民である。
テーブルマナーもわからなければ、平民の間には目上の者に声を掛けてはいけないという掟もない。だからそういった礼儀違反を起こしてしまっても、咎められない様に初めから許しているのだ。
それなのに誰も口を開かない。
己の欲望を口にしたくてうずうずしているのに、誰がその端緒を開くのか窺い合っていだ。
社交界への返り咲きと立身出世、あとはレイヴン様の愛妾……かしらね。
それは大体予想していたことだ。
今の生活に満足している者は良いが、貴族の世界に戻りたいと望む者もいる。そういった者たちはいずれ叙爵される為にも、自身の功績を売り込もうと必死になるだろう。
出世を望むのは子息たちも同じである。
貴族の血を引きながら平民として育った彼らは、貴族が就く職業に就くことはできない。
それでもレイヴンやアリシアに気に入られたら中央に呼ばれる可能性もある。かつて国王や王妃に気に入られて中央で役職を得た前例もあるのだ。
そんな希望を持つ者がいるのはアリシアも良くわかっている。
そして優雅な生活に憧れる令嬢たちだ。
彼女たちはデビュタントを迎えることも社交界に出ることもない。
華やかな世界に触れられるのは、両親が学生時代に付き合いのあった貴族のホームパーティーに呼ばれた時くらいだろう。そこで垣間見る貴族の世界は、キラキラしていて辛いことなど何もないように見える。
遠く離れた席からレイヴンに流し目を送る彼女たちが、貴族の常識を知らないままレイヴンの愛妾になりたいと望むのも頷ける。
王都からの道程でこうなるのはもうわかっていた。
それでも驚いたのは、アリシアが思うよりその数が多いことだ。
代官や庁舎で高い役職に就くのは下級貴族だ。子爵や男爵である彼らの娘なら側妃になることができる。
だけど爵位を持たない役人の娘たちは、愛妾にしかなれないというのにレイヴンの気を引こうと必死になっている。愛妾の立場はそんなに魅力的なものだろうか?
いや、彼女たちは側妃になれないことを知らないのかもしれない。
平民の彼女たちは、どれほどレイヴンの寵愛を受けたとしても愛妾にしかなれず、生まれた子にも継承権が与えらえることはない。
だけど彼女たちの両親はそれを教えていないのだろうか?
ゆっくりと扉が開かれる。
中へ入ると招待客たちは皆立ち上がり、頭を下げていた。
「皆頭を上げ、座ってくれ」
アリシアを女主人の席までエスコートした後、主人の席へついたレイヴンが一同に声を掛ける。
全員が一斉に顔を上げ、レイヴンとアリシアが座るのを待って席につく。
アリシアが着ているドレスを見て息を飲む声があちらこちらから聞こえていた。
招かれているのは、庁舎や役場で働く役人とその家族である。
中央に設えられた長テーブルにレイヴンとアリシア、そして役人とその夫人たちが役職順に男女交互で座り、役人の家族たちは、この長テーブルの両側に並行して並べられた長テーブルに座っている。
貴族の出身である役人やその夫人は、ドレスの色が持つ意味を良くわかっているのだ。
このドレスが牽制になるといい。
レイヴンとアリシアの様子を窺う夫人たちににっこり笑って見せると、夫人たちは慌てて顔を伏せた。
「皆の働きには感謝している。今日は堅苦しい礼儀は必要ない。思い思いに楽しんでくれ」
レイヴンがグラスを掲げてそう告げると、皆が一斉にグラスを掲げて葡萄酒を飲む。
晩餐の始まりだ。
アリシアは食事をしながらそっと出席者たちの様子を窺った。
ここでも社交界とあまり変わりがないらしく、人々の欲望が渦巻いているのがわかる。チラチラと互いに視線を送り合い、誰かが先に口を開くのを待っているのだ。
レイヴンと目が合うと、同時に苦笑した。
レイヴンが「堅苦しい礼儀は必要ない」と言ったのは、そもそも貴族の礼儀を知らない者が多くいるからだ。
役人とその夫人のほとんどは貴族の出だが、一部の夫人と子どもたちは平民である。
テーブルマナーもわからなければ、平民の間には目上の者に声を掛けてはいけないという掟もない。だからそういった礼儀違反を起こしてしまっても、咎められない様に初めから許しているのだ。
それなのに誰も口を開かない。
己の欲望を口にしたくてうずうずしているのに、誰がその端緒を開くのか窺い合っていだ。
社交界への返り咲きと立身出世、あとはレイヴン様の愛妾……かしらね。
それは大体予想していたことだ。
今の生活に満足している者は良いが、貴族の世界に戻りたいと望む者もいる。そういった者たちはいずれ叙爵される為にも、自身の功績を売り込もうと必死になるだろう。
出世を望むのは子息たちも同じである。
貴族の血を引きながら平民として育った彼らは、貴族が就く職業に就くことはできない。
それでもレイヴンやアリシアに気に入られたら中央に呼ばれる可能性もある。かつて国王や王妃に気に入られて中央で役職を得た前例もあるのだ。
そんな希望を持つ者がいるのはアリシアも良くわかっている。
そして優雅な生活に憧れる令嬢たちだ。
彼女たちはデビュタントを迎えることも社交界に出ることもない。
華やかな世界に触れられるのは、両親が学生時代に付き合いのあった貴族のホームパーティーに呼ばれた時くらいだろう。そこで垣間見る貴族の世界は、キラキラしていて辛いことなど何もないように見える。
遠く離れた席からレイヴンに流し目を送る彼女たちが、貴族の常識を知らないままレイヴンの愛妾になりたいと望むのも頷ける。
王都からの道程でこうなるのはもうわかっていた。
それでも驚いたのは、アリシアが思うよりその数が多いことだ。
代官や庁舎で高い役職に就くのは下級貴族だ。子爵や男爵である彼らの娘なら側妃になることができる。
だけど爵位を持たない役人の娘たちは、愛妾にしかなれないというのにレイヴンの気を引こうと必死になっている。愛妾の立場はそんなに魅力的なものだろうか?
いや、彼女たちは側妃になれないことを知らないのかもしれない。
平民の彼女たちは、どれほどレイヴンの寵愛を受けたとしても愛妾にしかなれず、生まれた子にも継承権が与えらえることはない。
だけど彼女たちの両親はそれを教えていないのだろうか?
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