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第2部 4章
71 婚約
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「王領から戻ってもう1週間も経つのですね」
「本当に、あっという間だったわね」
メトワから届いた荷を解きながら感慨深く呟くエレノアにアリシアは頷いた。
メトワから王都へ戻って既に1週間が経っている。
この1週間は国王へ提出する視察の報告書を作成したり、ケイトから留守中の報告を受けたりとバタバタしている間にあっという間に日が過ぎていた。
そうなると次に迫っているのは年の瀬で、年末年始休暇に向けて王都全体が浮足立って見える。
「今年は使節団の派遣があったから視察が遅くなったのよね。レイヴン様も忙しそうだわ」
主だった貴族たちは領地で一族と年末年始休暇を過ごす為、王宮の年内業務が終わるのは早い。
レイヴンの不在をレオナルドが埋めていたとはいえ、王太子でなければ決裁できない書類も多く、文官が王都からいなくなってしまう前に終わらせなければならない仕事が山積みになっているようだ。いつも決まった時間に帰ってくるレイヴンだが、最近は疲れているように見える。
「妃殿下が肩でも揉んで差し上げればすぐに元気になられますよ」
「ええ、そうね」
エレノアに揶揄うように言われてアリシアは苦笑する。
だけどレイヴンなら本当に喜んでくれそうだ。
今夜、やってみようかしら。
そんなことを思うアリシアだった。
この1週間、プライベートなことでも色んなことがあった。
まず王領から戻った翌日には、レオナルドが訪ねて来た。
扉が開いてレオナルドを見つけたアリシアの顔が輝く。
「お兄様!」
「アリシア!無事に戻ったね」
両手を広げたアリシアをレオナルドがぎゅっと抱き締める。
アリシアもレオナルドの背中に腕をまわしてきつくハグをした。
再会を喜び合う2人に面白くないのはレイヴンだ。
「よく顔を見せて」「この通り、元気ですわ」と顔を寄せて微笑み合う2人をしばらくは大人しく見ていたが、アリシアの腕がレオナルドから離れたところでグイっと引き寄せる。
「きゃあっ!」
レイヴンが近づいてきていたことに気付いていなかったアリシアは悲鳴を上げた。
だけどレイヴンはアリシアをそのまま抱き締めて放さない。
「僕の妻だ」
「僕の妹です」
どちらも正しい。
だけど無益な争いである。
「おいで」と手を差し伸べるレオナルドに、アリシアは困ったような笑みを見せた。
しばらくしてレイヴンの腕の中から解放されたアリシアは、レオナルドと向き合って座っていた。隣に座ったレイヴンがしっかり手を握っている。
そんなレイヴンに呆れた顔をしていたレオナルドだったが、用意された紅茶を一口飲むとおもむろに話し始めた。
「実は報告があってね……。ディアナ嬢と正式に婚約したんだ」
「まあ!」
アリシアがパッとレイヴンの顔を見ると、レイヴンが頷いた。
貴族の婚約は国王の許可がいる。その許可が出たということだ。
レイヴンは国王から先に聞いていたのだろう。
「おめでとうございます、お兄様」
「……淋しくないの?アリシア」
アリシアが満面の笑みで祝いを言うと、レオナルドが複雑な顔をする。
アリシアの心情を慮っていたレオナルドだが、淋しがられないのは心外のようだ。
「……もちろん、淋しいわ」
アリシアが拗ねたように言うと、レオナルドが嬉しそうに笑う。
「……いちゃつかないでくれ」
そこにレイヴンの心底嫌そうな声が響いて笑い声に包まれた。
レオナルドがこのタイミングで婚約したのは、年末年始休暇で領地へ戻る時にディアナを婚約者として同伴する為だろう。
ディアナは公爵家一族の洗礼を受けることになる。
「年末までもう時間がないからね。学園はもう休みになっているし、ディアナ嬢は一昨日から毎日公爵邸で母上の手解きを受けているよ」
ディアナがこれまで受けていたのは伯爵令嬢としての教育だ。
そこから公爵夫人としての教養を身につけなければならない。
公爵家の一族は厳しい。
子どもの頃から決まっていた婚約でもなく、レオナルドと愛し合っているわけでもない。
姉の失態の責任を取る為に断れなかった縁談だ。
領地に連れていかれて、虐められていると思うかもしれない。
嫌がらせだと思うかもしれない。
伯爵家を思えば逃げられないだろうけれど、実になるのかはディアナ次第だ。
「アリシアの考えてることはなんとなくわかるよ。僕も少しディアナ嬢と話をしたけど、ジェーンに憧れているらしいからきっと大丈夫じゃないかな」
「ジェーンに?」
「うん。カナリー殿下と壮行会のスピーチを見ていたらしい。ジェーンの悪評は有名だったからね。舞台上で噂とは別人のようなジェーンを見て驚いたそうだ。そのあとでカナリー殿下からジェーンの努力を聞いて、自分もジェーンみたいになりたいって思ったそうだよ」
「そうなの……」
広場でカナリーと一緒にいた少女を思い出す。
誰かに押し付けられたわけではなく、自ら目指したいと思えたのなら、きっとたどり着くことができる。
誰かと競うのではなく、いつかその高みへたどり着ければ良いのだから。
「お兄様とも……。今は愛し合っていなくても、お互いに誠実に向き合っていれば、いつか想い合うようになるかもしれないわ」
アリシアがそう言うと、レイヴンがアリシアの手をぎゅっと握る。
微笑み合って見つめ合う2人を、レオナルドは苦笑しながら見ていた。
「本当に、あっという間だったわね」
メトワから届いた荷を解きながら感慨深く呟くエレノアにアリシアは頷いた。
メトワから王都へ戻って既に1週間が経っている。
この1週間は国王へ提出する視察の報告書を作成したり、ケイトから留守中の報告を受けたりとバタバタしている間にあっという間に日が過ぎていた。
そうなると次に迫っているのは年の瀬で、年末年始休暇に向けて王都全体が浮足立って見える。
「今年は使節団の派遣があったから視察が遅くなったのよね。レイヴン様も忙しそうだわ」
主だった貴族たちは領地で一族と年末年始休暇を過ごす為、王宮の年内業務が終わるのは早い。
レイヴンの不在をレオナルドが埋めていたとはいえ、王太子でなければ決裁できない書類も多く、文官が王都からいなくなってしまう前に終わらせなければならない仕事が山積みになっているようだ。いつも決まった時間に帰ってくるレイヴンだが、最近は疲れているように見える。
「妃殿下が肩でも揉んで差し上げればすぐに元気になられますよ」
「ええ、そうね」
エレノアに揶揄うように言われてアリシアは苦笑する。
だけどレイヴンなら本当に喜んでくれそうだ。
今夜、やってみようかしら。
そんなことを思うアリシアだった。
この1週間、プライベートなことでも色んなことがあった。
まず王領から戻った翌日には、レオナルドが訪ねて来た。
扉が開いてレオナルドを見つけたアリシアの顔が輝く。
「お兄様!」
「アリシア!無事に戻ったね」
両手を広げたアリシアをレオナルドがぎゅっと抱き締める。
アリシアもレオナルドの背中に腕をまわしてきつくハグをした。
再会を喜び合う2人に面白くないのはレイヴンだ。
「よく顔を見せて」「この通り、元気ですわ」と顔を寄せて微笑み合う2人をしばらくは大人しく見ていたが、アリシアの腕がレオナルドから離れたところでグイっと引き寄せる。
「きゃあっ!」
レイヴンが近づいてきていたことに気付いていなかったアリシアは悲鳴を上げた。
だけどレイヴンはアリシアをそのまま抱き締めて放さない。
「僕の妻だ」
「僕の妹です」
どちらも正しい。
だけど無益な争いである。
「おいで」と手を差し伸べるレオナルドに、アリシアは困ったような笑みを見せた。
しばらくしてレイヴンの腕の中から解放されたアリシアは、レオナルドと向き合って座っていた。隣に座ったレイヴンがしっかり手を握っている。
そんなレイヴンに呆れた顔をしていたレオナルドだったが、用意された紅茶を一口飲むとおもむろに話し始めた。
「実は報告があってね……。ディアナ嬢と正式に婚約したんだ」
「まあ!」
アリシアがパッとレイヴンの顔を見ると、レイヴンが頷いた。
貴族の婚約は国王の許可がいる。その許可が出たということだ。
レイヴンは国王から先に聞いていたのだろう。
「おめでとうございます、お兄様」
「……淋しくないの?アリシア」
アリシアが満面の笑みで祝いを言うと、レオナルドが複雑な顔をする。
アリシアの心情を慮っていたレオナルドだが、淋しがられないのは心外のようだ。
「……もちろん、淋しいわ」
アリシアが拗ねたように言うと、レオナルドが嬉しそうに笑う。
「……いちゃつかないでくれ」
そこにレイヴンの心底嫌そうな声が響いて笑い声に包まれた。
レオナルドがこのタイミングで婚約したのは、年末年始休暇で領地へ戻る時にディアナを婚約者として同伴する為だろう。
ディアナは公爵家一族の洗礼を受けることになる。
「年末までもう時間がないからね。学園はもう休みになっているし、ディアナ嬢は一昨日から毎日公爵邸で母上の手解きを受けているよ」
ディアナがこれまで受けていたのは伯爵令嬢としての教育だ。
そこから公爵夫人としての教養を身につけなければならない。
公爵家の一族は厳しい。
子どもの頃から決まっていた婚約でもなく、レオナルドと愛し合っているわけでもない。
姉の失態の責任を取る為に断れなかった縁談だ。
領地に連れていかれて、虐められていると思うかもしれない。
嫌がらせだと思うかもしれない。
伯爵家を思えば逃げられないだろうけれど、実になるのかはディアナ次第だ。
「アリシアの考えてることはなんとなくわかるよ。僕も少しディアナ嬢と話をしたけど、ジェーンに憧れているらしいからきっと大丈夫じゃないかな」
「ジェーンに?」
「うん。カナリー殿下と壮行会のスピーチを見ていたらしい。ジェーンの悪評は有名だったからね。舞台上で噂とは別人のようなジェーンを見て驚いたそうだ。そのあとでカナリー殿下からジェーンの努力を聞いて、自分もジェーンみたいになりたいって思ったそうだよ」
「そうなの……」
広場でカナリーと一緒にいた少女を思い出す。
誰かに押し付けられたわけではなく、自ら目指したいと思えたのなら、きっとたどり着くことができる。
誰かと競うのではなく、いつかその高みへたどり着ければ良いのだから。
「お兄様とも……。今は愛し合っていなくても、お互いに誠実に向き合っていれば、いつか想い合うようになるかもしれないわ」
アリシアがそう言うと、レイヴンがアリシアの手をぎゅっと握る。
微笑み合って見つめ合う2人を、レオナルドは苦笑しながら見ていた。
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