【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

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第2部 4章

74 不安要素①

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「失礼致します、お義姉様」

「突然お邪魔して申し訳ありません」

「2人ともいらっしゃい」

 年末年始休暇の初日、アリシアは訪ねて来たカナリーとアイビスを迎え入れた。
 2人からは朝の内に先触れを受け取っている。突然のことに驚きながらも、アリシアは昼食後に訪ねて来るよう文を返していた。

「アイビス殿下がいらっしゃるのは初めてですね」

「はい。お義姉様のお部屋、ずっと訪ねてみたいと思っていました」

 はにかみながら答えるアイビスは可愛らしい。まだ8歳の少女である。
 並んでカテーシーをしたカナリーとアイビスだったが、顔を上げたカナリーはソファに座るレイヴンへ冷たい視線をむけた。

「お兄様、いらっしゃったのですね」

 カナリーに見据えられて、レイヴンは気まずそうに視線を逸らす。
 その様子を見たアリシアは昨日正殿で何かあったのだと悟った。

 昨日はアダムたちが訪ねて来たのでアリシアはアダムたちと夕食を摂った。レイヴンは正殿へ行っていたはずである。
 それにしては寝室で待っていたレイヴンの様子がおかしいと思っていたのだ。

 2人は喧嘩をしたのかもしれない。
 だけどこれではアイビスが驚いてしまう。
 そっとアイビスへ視線を移したアリシアは息を飲んだ。

 レイヴンとアイビスでは年が離れている為、アイビスが物心ついた時にはレイヴンは既に立太子していた。普通の兄と妹としての時間を過ごすことなく、レイヴンは常に目上の敬うべき存在だったはずだ。
 それなのにアイビスがレイヴンを睨んでいる。

「ア、アイビス殿下?」

 アリシアが声を掛けると、アイビスはにこっと笑った。
 カナリーも表情を和らげる。

「なんでもありませんわ」

 その言葉を信じることはとてもできない。
 それにレイヴンに会いたくないのなら、なぜ訪ねてきたのだろうか。カナリーならレイヴンがいることはわかっていただろう。
 アリシアが窺うような視線を向けても、カナリーは笑顔を返すだけである。
 アリシアは戸惑いながらも2人に座るよう薦めた。


 カナリーがアリシアを訪ねたのは、マルグリットの言葉があったからだ。
 昨日、憤慨したカナリーとは対照的に、マルグリットはあくまで冷静だった。溜息を吐きつつこう言ったのだ。
 
「アリシアが休暇を楽しんでいたのは本当かもしれないわね」

「お、お母様?!」

 これにはカナリーも驚いた。
 レイヴンも顔を上げてマルグリットを凝視している。

「アリシアにとって王宮は気を抜くことを許されない、常に気を張り詰めていなければならない場所だったのよ。あらゆる人に王太子妃として相応しいか見定められていると思っていたのでしょう。そんな中で、誰にも会わず、誰の目も気にせず過ごせる休暇は唯一息がつける時間だったのでしょうね」

「……アリシアは、本を読んでいたら時間を忘れてしまったと」

「そうね。無心で熱中できたのであれば、楽しい時間だったでしょうね」

「………1人にさせておいた方が良いと?」

「今年のことはなんとも言えないわ。それはあなたたちの関係次第だもの。気を遣わなければならない相手とずっと一緒にいるのは気詰まりでしょう」

 レイヴンはぐっと喉が詰まるのを感じた。
 1人にさせてしまったことを悔やんでいたけれど、去年のアリシアはレイヴンがいない方が休暇を楽しめたということだ。

 だけど今年は違う。
 違うと、思いたい。
 
「前にも言ったけれど、アリシアにとって私たちとの交流は公務だったのよ。もし去年の休暇にアリシアがここへ来ていても、きっと楽しむことはできなかったでしょうね」

 そうかもしれない、とカナリーも思った。

 アリシアの部屋を初めて訪ねたあの時まで、カナリーはアリシアが苦手だったのだ。
 常に感情のない、完璧な笑顔で受け答えをするアリシア。
 アリシアを教科書のような女性だと思っていたカナリーは、もし去年の休暇にアリシアが正殿へ来ていても打ち解けることはなかっただろう。レイヴンが王太子の地位を確実なものにする為に選んだ形だけの正妃として冷ややかな視線を向けていたはずだ。

 そう、だからカナリーはメトワに文を送ったりしたのだ。
 自分たち王宮の人間がアリシアをどう見ていたのか知っているから。

「休暇の間、アリシアがここへ来たいと言うなら来れば良いわ。私たちがアリシアを拒むことはありません。だけど無理強いはしないこと。休暇なのだから、休ませてあげないとね」

「………はい」

 レイヴンは小さな声で頷いた。
 
 それを聞いていたカナリーは、アリシアが正殿へ来づらいのならこちらから訪ねれば良いと思ったのだ。
 そしてカナリーに「お義姉様を訪ねるから明日は一緒に過ごせないわ」と言われたアイビスが、「私も行く!」と声を上げたのだった。




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