【本編完結】幸福のかたち【R18】

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
516 / 697
第2部 5章

幕間 ―何気ない日常の記憶―

しおりを挟む
「おはよう、アリシア」

「おはようございます、レイヴン様」

 朝起きて一番最初に目にするこの笑顔にもすっかり慣れた。
 ちゅっちゅっと何度か軽い口づけを交わし、それぞれ身嗜みを整えに行く。
 身支度を終えると一緒に朝食を摂る。大抵はアリシアの部屋のテラスだ。


 テラスからはアリシアの我儘のせいで植え替えられた庭園が見える。
 新しくなった庭園は見事だが、本当は以前の庭園も気に入っていたのだ。
 
 それを告げた時、レイヴンはとても喜んでくれた。
 後から聞いた話では、結婚前にレイヴンが1年中どの季節でもアリシアの好きな花が部屋から見られるようにと、庭師に指示して作らせたらしい。
「なぜ私の好きな花をご存知なのですか?」と訊けば、また「〇〇伯爵家の庭園で見ていたから」などと言うのだろう。
 そんなにわかりやすく見ていたことなんてないはずなのに。
 
 そう思えば、嫁いできたその日から不思議な程生活に違和感を感じなかった。
 出されるお茶もお菓子も好きなものばかりで、食事も好みの味付けだった。
 浴室で使われるオイルやクリームは公爵家から持参したものも勿論あったけれど、王宮で用意されていたもののどれもが感触も香りもアリシアの好みにぴったりだった。

 それらのことをアリシアはずっと不思議に思うこともなかった。
 誰かがアリシアの為に手配してくれたとは思わずに、偶々好みに合うものが揃っていたのだと、与えられたものをただ受け取っていたのだ。

 それを思えば、アリシアはレイヴンの好みを何も知らない。
 花も香りもお菓子もお茶も、アリシアの好きなものが出てくるばかりで、レイヴンの好きなものが出てくることはなかった。
 レイヴンにそれを告げると、レイヴンはきょとんとした顔をする。
 そうして花も香りもお菓子もお茶も、「アリシアが喜ぶものが良い」と言うのだ。

 アリシアも最近はレイヴンの表情に注意している。
 すべてがアリシアの好みに合うよう揃えられたこの部屋で、よく見ていればレイヴンの好きなもの――もしくは嫌いなもの――がわかるのではないかと思っていたけれど、共に過ごすレイヴンはいつもとても幸せそうで、とても表情の変化を見つけることができない。
 レオナルドに相談しても、「やっとやって来た蜜月だから、しばらくはそっとしておくと良いよ」と可笑しそうに笑われただけだ。

 だからしばらくはこのままで過ごすことにする。
 今までと同じように過ごしながら、これまで意識していなかったレイヴンの表情を良く見ていたら、レイヴンの好みがわかる時がきっと来るだろうから。



 着替えを終えたレイヴンが部屋へ入ってきてアリシアを抱き締める。
 ついさっき別れたばかりなのに、「淋しかった」と頬を寄せる。
 そんなレイヴンの背中をそっと抱き締め返して朝食の席に着く。
 こうして今日も1日が始まるのだ。




しおりを挟む
感想 441

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

すれ違いのその先に

ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。 彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。 ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。 *愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...