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第2部 5章
32 少女の初恋②
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「アイビス殿下。元気がないようですが、いかがされましたか?」
アリシアがアイビスへ声を掛けた。
この時アリシアが思い浮かべていたのは、カナリーの結婚式が近いということだった。
カナリーは結婚式の後、リベラ侯爵家の邸へ移ってしまう。仲の良い姉妹なので、それが淋しいのだと思ったのだ。だけど申し訳なさそうに眉を下げたカナリーから返って来たのは、思いがけない答えだった。
「申し訳ありません、お義姉様。実はこの子、レオナルド殿に憧れていたようで、レオナルド殿が婚約したと聞いて落ち込んでいるのです」
「え?」
「まあ」
「お姉様っ!」
上から、アリシア、パトリシア、アイビスの声である。
気持ちを暴露されたアイビスは抗議の声を上げたけれど、アリシアにはカナリーの意図がわかる気がした。
カナリーは、アイビスがレオナルドの婚約を知ってショックを受けたようだと言ったけれど、実際にレオナルドが婚約してからは既に半年以上経っている。いくらアイビスが社交界デビューをしていないといっても、今まで知らなかったというのは不自然だ。
つまりアイビスのこの様子は、レオナルドの婚約を知ったからではなく、レオナルドの婚約者に会いたくなかったということだろう。
嫌がるアイビスをカナリーが説得して連れて来たのか、兄妹たちが集まる場所に1人だけ欠席するのが嫌だったのかはわからない。
だけどアイビスがディアナに負の感情を持っているのは間違いないようだ。カナリーはそれがディアナへ向けられることを警戒したのだろう。
もしアイビスに酷いことを言われたり嫌がらせを受けたとしても、ディアナの立場では強く抗議することはできない。それだけではなく、もしディアナがアイビスに嫌われたという噂が流れたとしたら、それだけでディアナと距離を置く者が出てくる。それはルトビア公爵家にも悪影響を及ぼすことだ。
だけど少なくともここにいる人たちは事情を知った。
もしディアナが悪く言われるようになっても、その噂を信じることはない。
アリシアはアイビスが誰かを意図的に傷つけようとする人ではないと思っている。だけどその可能性があるのなら、予め対処しておこうというのは悪くない。
婚約者のいる相手に横恋慕をした挙句その婚約者を害したなどと知られれれば、アイビスが負う傷も浅くないのだ。
これはディアナのことを思っているようであり、妹のことも思っているカナリーなりの優しさだった。
レオナルドは口を挟まないことに決めたようだ。無表情で紅茶を口に運んでいる。この場合、正しい対処法と言えるだろう。
アリシアは俯いてしまったアイビスへ視線を向ける。
「アイビス殿下のお気持ちを知らずにお誘いしてしまい、申し訳ありません。ですが、殿下がお気持ちを遂げられるのは難しかったでしょうね……」
「わかっていますわ、お義姉様。私とレオナルド殿では年齢が違いすぎますもの……」
アイビスはそう言うが、年齢だけの問題ではなかった。
レイヴンはアリシアと結婚している。王家の者が同じ家の者と2人も縁付いてしまったら権力がルトビア公爵家に集中することになる。国王はそんな道は決して選ばない。
それにレイヴンとアリシアの婚約には、レイヴンの王太子としての立場を確立したいというマルグリットの思惑があった、もしアイビスがレイヴンと変わらない年で、レオナルドとの婚約を望んでいたとしても、マルグリットはレイヴンとアリシアの婚約を優先しただろう。
アイビスがレオナルドと婚約できる可能性は少しもなかったのだ。
話を聞いていたアイビスは目を瞬いた。
貴族の結婚が政略によるものだということは既にアイビスも理解している。
レオナルドとディアナも政略で結ばれた婚約である。
それなら私でも、と思う気持ちがどこかにあった。寧ろ王族である私の方が、という気持ちを見ないふりしていたのに、王族だから駄目だったのか。
「ルトビア公爵家の方と結婚できるのは、私かお兄様、どちらか1人だけ……?」
アリシアは頷いた。
正しくはアイビスが選ばれる可能性はなかったけれど、それを追求する必要はない。
アイビスは何度か瞬きした後、ぽつりと呟いた。
「それじゃあ、諦めますわ」
「アイビス殿下?」
「私、お義姉様が大好きですもの。お義姉様がお義姉様になって下さらないのは嫌。だから私は諦めます」
アリシアはカナリーと顔を見合わせた。
アイビスは今の関係を気に入ってくれているらしい。この関係をなくしたくないと思ってくれているのなら、それで良いのではないだろうか。
「私もアイビス殿下が義妹になって下さり嬉しく思いますわ」
アリシアがそう言うと、アイビスは花が咲いたように笑った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
皆様もう忘れているかもしれませんが、アイビスはレオナルドとジェーンが正殿に招かれた晩餐会でレオナルドに見惚れていました。
レオナルドはアリシアとよく似た、優しい雰囲気の美青年。
一目惚れしてしまったようです。
小さな恋のメロディ…違う?(笑)
アリシアがアイビスへ声を掛けた。
この時アリシアが思い浮かべていたのは、カナリーの結婚式が近いということだった。
カナリーは結婚式の後、リベラ侯爵家の邸へ移ってしまう。仲の良い姉妹なので、それが淋しいのだと思ったのだ。だけど申し訳なさそうに眉を下げたカナリーから返って来たのは、思いがけない答えだった。
「申し訳ありません、お義姉様。実はこの子、レオナルド殿に憧れていたようで、レオナルド殿が婚約したと聞いて落ち込んでいるのです」
「え?」
「まあ」
「お姉様っ!」
上から、アリシア、パトリシア、アイビスの声である。
気持ちを暴露されたアイビスは抗議の声を上げたけれど、アリシアにはカナリーの意図がわかる気がした。
カナリーは、アイビスがレオナルドの婚約を知ってショックを受けたようだと言ったけれど、実際にレオナルドが婚約してからは既に半年以上経っている。いくらアイビスが社交界デビューをしていないといっても、今まで知らなかったというのは不自然だ。
つまりアイビスのこの様子は、レオナルドの婚約を知ったからではなく、レオナルドの婚約者に会いたくなかったということだろう。
嫌がるアイビスをカナリーが説得して連れて来たのか、兄妹たちが集まる場所に1人だけ欠席するのが嫌だったのかはわからない。
だけどアイビスがディアナに負の感情を持っているのは間違いないようだ。カナリーはそれがディアナへ向けられることを警戒したのだろう。
もしアイビスに酷いことを言われたり嫌がらせを受けたとしても、ディアナの立場では強く抗議することはできない。それだけではなく、もしディアナがアイビスに嫌われたという噂が流れたとしたら、それだけでディアナと距離を置く者が出てくる。それはルトビア公爵家にも悪影響を及ぼすことだ。
だけど少なくともここにいる人たちは事情を知った。
もしディアナが悪く言われるようになっても、その噂を信じることはない。
アリシアはアイビスが誰かを意図的に傷つけようとする人ではないと思っている。だけどその可能性があるのなら、予め対処しておこうというのは悪くない。
婚約者のいる相手に横恋慕をした挙句その婚約者を害したなどと知られれれば、アイビスが負う傷も浅くないのだ。
これはディアナのことを思っているようであり、妹のことも思っているカナリーなりの優しさだった。
レオナルドは口を挟まないことに決めたようだ。無表情で紅茶を口に運んでいる。この場合、正しい対処法と言えるだろう。
アリシアは俯いてしまったアイビスへ視線を向ける。
「アイビス殿下のお気持ちを知らずにお誘いしてしまい、申し訳ありません。ですが、殿下がお気持ちを遂げられるのは難しかったでしょうね……」
「わかっていますわ、お義姉様。私とレオナルド殿では年齢が違いすぎますもの……」
アイビスはそう言うが、年齢だけの問題ではなかった。
レイヴンはアリシアと結婚している。王家の者が同じ家の者と2人も縁付いてしまったら権力がルトビア公爵家に集中することになる。国王はそんな道は決して選ばない。
それにレイヴンとアリシアの婚約には、レイヴンの王太子としての立場を確立したいというマルグリットの思惑があった、もしアイビスがレイヴンと変わらない年で、レオナルドとの婚約を望んでいたとしても、マルグリットはレイヴンとアリシアの婚約を優先しただろう。
アイビスがレオナルドと婚約できる可能性は少しもなかったのだ。
話を聞いていたアイビスは目を瞬いた。
貴族の結婚が政略によるものだということは既にアイビスも理解している。
レオナルドとディアナも政略で結ばれた婚約である。
それなら私でも、と思う気持ちがどこかにあった。寧ろ王族である私の方が、という気持ちを見ないふりしていたのに、王族だから駄目だったのか。
「ルトビア公爵家の方と結婚できるのは、私かお兄様、どちらか1人だけ……?」
アリシアは頷いた。
正しくはアイビスが選ばれる可能性はなかったけれど、それを追求する必要はない。
アイビスは何度か瞬きした後、ぽつりと呟いた。
「それじゃあ、諦めますわ」
「アイビス殿下?」
「私、お義姉様が大好きですもの。お義姉様がお義姉様になって下さらないのは嫌。だから私は諦めます」
アリシアはカナリーと顔を見合わせた。
アイビスは今の関係を気に入ってくれているらしい。この関係をなくしたくないと思ってくれているのなら、それで良いのではないだろうか。
「私もアイビス殿下が義妹になって下さり嬉しく思いますわ」
アリシアがそう言うと、アイビスは花が咲いたように笑った。
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皆様もう忘れているかもしれませんが、アイビスはレオナルドとジェーンが正殿に招かれた晩餐会でレオナルドに見惚れていました。
レオナルドはアリシアとよく似た、優しい雰囲気の美青年。
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