523 / 697
第2部 5章
37 それぞれの初恋
しおりを挟む
同じ頃、アリシアの部屋でレイヴンとアリシアもお茶会の話をしていた。
こちらでもパトリシアが話題になっている。
これまでほとんど関わりのなかったパトリシアと親しくなれたのは大きい。それにお茶会の間中、中央庭園を訪れていた貴族たちがこちらを気にしていることにも気がついていた。
彼らは目撃者として、目にしたことを社交界で広めてくれるだろう。珍しい顔ぶれなので人の興味を引くはずだ。元々の狙いはディアナとアリシアたちの繋がりを知らしめることなので、目的は十分果たされたと言えるだろう。
アリシアはこの結果に満足していた。
そんなアリシアに、レイヴンがおずおずと話し掛ける。
「あの…さ、アリシアもそうだった……?」
何のことかわからないアリシアは首を傾げた。
レイヴンは哀しそうな顔をしている。
どうしたのか問い掛けようとした時、レイヴンが言葉を続けた。
「マルセルのことを諦める為に、しっかり目に焼き付けた……?」
「っ!!」
アリシアは息を飲んだ。
レイヴンはアイビスに告げたアリシアの言葉で、マルセルのことを思い出していたのだ。
「……………………」
どう答えればいいのか、しばらく逡巡していたアリシアだったが、マルセルを想っていたことは既に知られている。ここで躊躇っていても仕方がない、とアリシアは想い切ることにした。
「私は……。マルセル殿と、結ばれたいと思ったことはございませんので」
あの頃、アリシアは確かにマルセルを想っていたけれど、マルセルへ気持ちを告げるつもりはなかった。
愛情によって成り立つ関係に恐怖を感じていたアリシアには、王太子妃として相応しく振舞っていれば正妃として扱うというレイヴンの言葉が何より安心できたのだ。
だからマルセルに婚約者がいると聞いても受け入れられたし、マルセルと婚約者の睦まじい姿を見ても心が騒ぐことはなかった。
こうして考えてみると、マルセルへ向けた想いは恋ではなく憧れのようなものだったのかもしれない。
もし今、レイヴンが他の女性と睦まじくしているところを見ればきっと平静ではいられないだろう。
アリシアが腕を伸ばすとレイヴンが抱き締めてくれる。
レイヴンが側妃を迎えて他の女性をこうして抱き締めたらと思うと、それだけで胸が灼けた。
「……変なことを訊いてごめんね」
レイヴンはアリシアが気持ちを疑われて悲しんでいると思ったようだ。
アリシアの額や頬に何度も口づける。アリシアはそれに応えるように、背中へまわした腕に力を込めた。
レイヴンはアリシアの気持ちを疑っているわけではない。
レイヴンの初恋はアリシアだけど、アリシアの初恋はレイヴンではなかった、それだけだ。
今のアリシアはレイヴンを愛してくれている。
だけどもう終わったことだとわかっていても、かつてアリシアがマルセルへ向けていた視線を思い出すと、どうしようもなく胸が痛むのだ。
それにレイヴンたちが結婚した後少し時間を置いて結婚したマルセルは、既に跡継ぎとなる子を儲けている。
マルセルが伯爵位を継いだ後は、その子が跡継ぎとして届け出られるだろう。
もしアリシアがマルセルと結婚していれば、今頃はアリシアも母になっていたかもしれない。少なくともマルセルなら、2年の時を無駄にすることはなかった。
それに伯爵家なら跡継ぎが生まれなくても養子を取ることができる。
もしかしたらアリシアは、マルセルと結婚した方が幸せだったかもしれない。
そこまで考えて、レイヴンは首を振った。
もしそうだとしても、アリシアを譲ることなんてできない。
例え時を遡ることができたとしても、レイヴンはアリシアを手放さないだろう。
こんなことを考えても無意味なのだ。
「レイヴン様?」
アリシアが心配そうにレイヴンを見上げている。
レイヴンは安心させるようにアリシアの額へ口づけた。
こちらでもパトリシアが話題になっている。
これまでほとんど関わりのなかったパトリシアと親しくなれたのは大きい。それにお茶会の間中、中央庭園を訪れていた貴族たちがこちらを気にしていることにも気がついていた。
彼らは目撃者として、目にしたことを社交界で広めてくれるだろう。珍しい顔ぶれなので人の興味を引くはずだ。元々の狙いはディアナとアリシアたちの繋がりを知らしめることなので、目的は十分果たされたと言えるだろう。
アリシアはこの結果に満足していた。
そんなアリシアに、レイヴンがおずおずと話し掛ける。
「あの…さ、アリシアもそうだった……?」
何のことかわからないアリシアは首を傾げた。
レイヴンは哀しそうな顔をしている。
どうしたのか問い掛けようとした時、レイヴンが言葉を続けた。
「マルセルのことを諦める為に、しっかり目に焼き付けた……?」
「っ!!」
アリシアは息を飲んだ。
レイヴンはアイビスに告げたアリシアの言葉で、マルセルのことを思い出していたのだ。
「……………………」
どう答えればいいのか、しばらく逡巡していたアリシアだったが、マルセルを想っていたことは既に知られている。ここで躊躇っていても仕方がない、とアリシアは想い切ることにした。
「私は……。マルセル殿と、結ばれたいと思ったことはございませんので」
あの頃、アリシアは確かにマルセルを想っていたけれど、マルセルへ気持ちを告げるつもりはなかった。
愛情によって成り立つ関係に恐怖を感じていたアリシアには、王太子妃として相応しく振舞っていれば正妃として扱うというレイヴンの言葉が何より安心できたのだ。
だからマルセルに婚約者がいると聞いても受け入れられたし、マルセルと婚約者の睦まじい姿を見ても心が騒ぐことはなかった。
こうして考えてみると、マルセルへ向けた想いは恋ではなく憧れのようなものだったのかもしれない。
もし今、レイヴンが他の女性と睦まじくしているところを見ればきっと平静ではいられないだろう。
アリシアが腕を伸ばすとレイヴンが抱き締めてくれる。
レイヴンが側妃を迎えて他の女性をこうして抱き締めたらと思うと、それだけで胸が灼けた。
「……変なことを訊いてごめんね」
レイヴンはアリシアが気持ちを疑われて悲しんでいると思ったようだ。
アリシアの額や頬に何度も口づける。アリシアはそれに応えるように、背中へまわした腕に力を込めた。
レイヴンはアリシアの気持ちを疑っているわけではない。
レイヴンの初恋はアリシアだけど、アリシアの初恋はレイヴンではなかった、それだけだ。
今のアリシアはレイヴンを愛してくれている。
だけどもう終わったことだとわかっていても、かつてアリシアがマルセルへ向けていた視線を思い出すと、どうしようもなく胸が痛むのだ。
それにレイヴンたちが結婚した後少し時間を置いて結婚したマルセルは、既に跡継ぎとなる子を儲けている。
マルセルが伯爵位を継いだ後は、その子が跡継ぎとして届け出られるだろう。
もしアリシアがマルセルと結婚していれば、今頃はアリシアも母になっていたかもしれない。少なくともマルセルなら、2年の時を無駄にすることはなかった。
それに伯爵家なら跡継ぎが生まれなくても養子を取ることができる。
もしかしたらアリシアは、マルセルと結婚した方が幸せだったかもしれない。
そこまで考えて、レイヴンは首を振った。
もしそうだとしても、アリシアを譲ることなんてできない。
例え時を遡ることができたとしても、レイヴンはアリシアを手放さないだろう。
こんなことを考えても無意味なのだ。
「レイヴン様?」
アリシアが心配そうにレイヴンを見上げている。
レイヴンは安心させるようにアリシアの額へ口づけた。
0
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる