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第2部 5章
82 ティナムの伝承④
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「何の話をしているの?」
ふいに聞こえた声にアリシアは飛び上がりそうになった。
振り返るとレイヴンが立っている。
レイヴンは蕩けるような顔で「驚かせてごめんね」というと、アリシアの腰に腕をまわして引き寄せ額に口づけた。
レイヴンのそんな姿を見慣れていない招待客たちから悲鳴のような声や息を飲む声が聞こえてくる。それでもレイヴンは気にすることなくアリシアを見つめていた。
そんなレイヴンの様子にアリシアはホッとした。
話の内容を聞き咎めて声を掛けられたわけではないようだ。ただアリシアが長い時間男性と話しているのが不満だったらしい。
アリシアは動揺が顔に出ないよう意識して微笑んだ。
「こちらはマッケイ殿のご子息でディラン殿です。専科学校でティナムの民話や伝承の研究をされているそうですわ」
「民話や伝承の研究を?」
「はい。妃殿下が興味をお持ちだと知り、嬉しくなって話し過ぎてしまいました」
その言葉にレイヴンは驚いてアリシアを見る。
これまで民話や伝承の話などしたことがないのだからそれも当然だろう。
「アリシアは民話や伝承が好きなの?」
「……今日図書室でティナムに関する本を読んでいたのです。そうしたら同じ並びに民話や伝承について書かれた本があって…。ついつい読みふけってしまいました」
「各地に伝わる民話などはそこで起こった出来事を元にしていますからね。民話に興味を持つというのは、ティナムの歴史に興味を持つのと同じことです。この地に住む者として有難く思います」
胸に手を当て、頭を下げるディランにアリシアは申し訳ない気持ちになった。
アリシアが民話や伝承を調べていたのはティナムの地に愛情を感じているからではない。
後ろめたく思うアリシアには気がつかず、ディランが嬉しそうに続ける。
「妃殿下はどの話を読まれたのでしょうか。宜しければ感想を教えてください」
そこでアリシアは、先程レイヴンに話したのと同じ話をした。
豊漁を願う儀式や海に出る人を守る祠、願を掛けると事故に遭った人が無事に戻るという大岩のこと。外国の宗教を元にしたような説話は何度読んでもあまり理解できなかったことも。
アリシアの話にディランは大きく頷いた。
さすがにディランはどの話も知っているらしい。アリシアが理解できなかった話も、ディランには理解できているようだ。
「妃殿下の仰る通り、あれは外国の宗教観が元になっています。アナトリアの思想にはない考え方ですので難しく思われるのも当然ですよ」
その話は、願を掛けると事故に遭った人が無事に戻るという大岩の話と少し似ていた。
ある海岸に楕円形の大小ふたつの大石が重なったものがあり、その大石に願うと事故に遭った人と再会できるという。
だけど事故に遭った人が無事に生還すると言われる大岩と違って、大石の方は例え事故で亡くなっていてもいずれ再会できるというのだ。
「外国の宗教には『輪廻転生』というものがあるそうです。今生で死んだ者も輪廻転生の輪に加わり、いずれまたこの世に生まれ変わる、という考え方です。この伝承を伝えたのは、外国の難破船だったのかもしれませんね」
難破船では死者も多く出ただろう。
ティナムの港に辛うじてたどり着いた者たちが、海で亡くなった仲間たちとの再会を願って祈ったのかもしれない。
「考え方の1つに、今生で関係のある者は来世でも近くに生まれ変わる、というものがあるそうです。なので海で親を亡くした子、子を亡くした親が、来世でもまた親子になれるよう願を掛けています。勿論親子だけではなく、夫婦や恋人で相手を亡くした者も、来世でまた再会できるよう祈っていますね」
「そこに行きたい!その大石はどこにあるんだろう?」
ディランの話に大声で反応したのはレイヴンだった。
周りの視線がレイヴンに集まる。
応接間中の人々がきらきらしたレイヴンの顔を見ることになった。
「その大石に願えば、来世でもアリシアに会えるってことだよね?一緒にお願いしよう!!」
「はい。レイヴン様」
すっかり興奮しているレイヴンにアリシアは笑顔で応える。
だけど心の中では違うことを考えていた。
大石に願えば輪廻転生の輪に加わった親や子と再会できるという。通常人が祈るのは今生の親や子との再会だろう。だけどその考え方が正しければ、今のアリシアも何度目かの生まれ変わりで、前世があったはずだ。
大石で願えば、前世の子が還ってきてくれるかしら――?
浮かんできた問いにすっかり囚われてしまったアリシアに、大石の場所を訊きだそうとするレイヴンの声が聞こえていた。
ふいに聞こえた声にアリシアは飛び上がりそうになった。
振り返るとレイヴンが立っている。
レイヴンは蕩けるような顔で「驚かせてごめんね」というと、アリシアの腰に腕をまわして引き寄せ額に口づけた。
レイヴンのそんな姿を見慣れていない招待客たちから悲鳴のような声や息を飲む声が聞こえてくる。それでもレイヴンは気にすることなくアリシアを見つめていた。
そんなレイヴンの様子にアリシアはホッとした。
話の内容を聞き咎めて声を掛けられたわけではないようだ。ただアリシアが長い時間男性と話しているのが不満だったらしい。
アリシアは動揺が顔に出ないよう意識して微笑んだ。
「こちらはマッケイ殿のご子息でディラン殿です。専科学校でティナムの民話や伝承の研究をされているそうですわ」
「民話や伝承の研究を?」
「はい。妃殿下が興味をお持ちだと知り、嬉しくなって話し過ぎてしまいました」
その言葉にレイヴンは驚いてアリシアを見る。
これまで民話や伝承の話などしたことがないのだからそれも当然だろう。
「アリシアは民話や伝承が好きなの?」
「……今日図書室でティナムに関する本を読んでいたのです。そうしたら同じ並びに民話や伝承について書かれた本があって…。ついつい読みふけってしまいました」
「各地に伝わる民話などはそこで起こった出来事を元にしていますからね。民話に興味を持つというのは、ティナムの歴史に興味を持つのと同じことです。この地に住む者として有難く思います」
胸に手を当て、頭を下げるディランにアリシアは申し訳ない気持ちになった。
アリシアが民話や伝承を調べていたのはティナムの地に愛情を感じているからではない。
後ろめたく思うアリシアには気がつかず、ディランが嬉しそうに続ける。
「妃殿下はどの話を読まれたのでしょうか。宜しければ感想を教えてください」
そこでアリシアは、先程レイヴンに話したのと同じ話をした。
豊漁を願う儀式や海に出る人を守る祠、願を掛けると事故に遭った人が無事に戻るという大岩のこと。外国の宗教を元にしたような説話は何度読んでもあまり理解できなかったことも。
アリシアの話にディランは大きく頷いた。
さすがにディランはどの話も知っているらしい。アリシアが理解できなかった話も、ディランには理解できているようだ。
「妃殿下の仰る通り、あれは外国の宗教観が元になっています。アナトリアの思想にはない考え方ですので難しく思われるのも当然ですよ」
その話は、願を掛けると事故に遭った人が無事に戻るという大岩の話と少し似ていた。
ある海岸に楕円形の大小ふたつの大石が重なったものがあり、その大石に願うと事故に遭った人と再会できるという。
だけど事故に遭った人が無事に生還すると言われる大岩と違って、大石の方は例え事故で亡くなっていてもいずれ再会できるというのだ。
「外国の宗教には『輪廻転生』というものがあるそうです。今生で死んだ者も輪廻転生の輪に加わり、いずれまたこの世に生まれ変わる、という考え方です。この伝承を伝えたのは、外国の難破船だったのかもしれませんね」
難破船では死者も多く出ただろう。
ティナムの港に辛うじてたどり着いた者たちが、海で亡くなった仲間たちとの再会を願って祈ったのかもしれない。
「考え方の1つに、今生で関係のある者は来世でも近くに生まれ変わる、というものがあるそうです。なので海で親を亡くした子、子を亡くした親が、来世でもまた親子になれるよう願を掛けています。勿論親子だけではなく、夫婦や恋人で相手を亡くした者も、来世でまた再会できるよう祈っていますね」
「そこに行きたい!その大石はどこにあるんだろう?」
ディランの話に大声で反応したのはレイヴンだった。
周りの視線がレイヴンに集まる。
応接間中の人々がきらきらしたレイヴンの顔を見ることになった。
「その大石に願えば、来世でもアリシアに会えるってことだよね?一緒にお願いしよう!!」
「はい。レイヴン様」
すっかり興奮しているレイヴンにアリシアは笑顔で応える。
だけど心の中では違うことを考えていた。
大石に願えば輪廻転生の輪に加わった親や子と再会できるという。通常人が祈るのは今生の親や子との再会だろう。だけどその考え方が正しければ、今のアリシアも何度目かの生まれ変わりで、前世があったはずだ。
大石で願えば、前世の子が還ってきてくれるかしら――?
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