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第2部 6章
7 母娘②
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あの日以降頻繁に王太子宮を訪れるようになったオレリアとは対照的に、レオナルドは顔を見せない日が増えた。
以前と比べて、というだけで全く顔を出さないわけではない。だけどこれまでのレオナルドとアリシアの関係を知っていれば訝しく思うはずだ。
アリシアを溺愛しているレオナルドが追い詰められたアリシアを放っておくはずがなく、毎日顔を見せて傍についていてもおかしくないのだから。
だけどそれには理由があった。
レオナルドはアリシアの願いで度々王都を離れていたのだ。
切っ掛けはオレリアが持ってきてくれた匂い袋だった。
優しい香りのするそれは、小さな巾着状になっている。ただ以前は鮮やかな赤色だったと思われるそれは、色褪せてくすんだ色になっていた。オレリアの手元に来てから長い年月が経っているのだろう。
「それはお義母様が私に下さったものよ」
オレリアが優しい笑顔を見せる。
アリシアが学園に入学してすぐに亡くなった前公爵夫人は、自分にも他人にも厳しい女性だったが、オレリアにとっては良い義母だった。
アダムとオレリアが結婚し、レオナルドが生まれるまでの間に義父である前公爵が亡くなった。
アダムが跡を継いで公爵になると、本当はすぐにでも跡継ぎが欲しかったはずだ。
それなのに少しもオレリアを責めるようなことはせず、アシュリーがロバートを生んだ後、焦燥を募らせるオレリアにこの匂い袋をくれたのだ。
「その香りはね、精神を落ち着ける効果があるの。焦り過ぎず少しゆっくりしなさいって」
久しぶりに取り出した匂い袋は香りが落ちてしまっていた。それだけの年月が経っているのだから仕方がない。
オレリアはそれを中の香木だけ入れ替えて持ってきていた。
「……レオナルドが生まれてあなたが生まれて。しばらく経ってから知ったのだけど、この匂い袋は公爵領のルーナという町で売られているの」
「知っている?」と訊かれてアリシアは首を振った。
初めて聞く町の名前だ。
オレリアは「そうでしょうね」と笑う。
ルーナは公爵領の中の小さな田舎町だ。観光名所なわけでもなく、特筆するような名産物があるわけでもない。
そんな町の名物を知っていた前公爵夫人が流石なのだといえた。
「これはね、ルーナで子宝を授かるお守りとして売られているの」
「……子宝を?」
「そう。……きっとこのお守りを求めてくる人は精神的に追い詰められているのでしょうね。だから精神を落ち着かせる効果のある香木が役立つのだと思うのだけど……」
なぜ子宝祈願に効果があるのか、オレリアにも確かなことはわからない。
だけどオレリアはこのお守りを義母から受け取ってから程なくしてレオナルドを授かった。
追い詰められたアリシアが少しでもリラックスできるように、そして縁起物としてこの匂い袋を持ってきたのだ。
義母である前公爵夫人はオレリアにこれが子宝祈願の御守りだとは一言も言わなかった。オレリアが知ってしまえば負担になると思っていたのだろう。
だからオレリアには、「精神的に落ち着ける香りの匂い袋よ。焦り過ぎず少しゆっくりしなさい」と言って渡してくれたのだ。
「……話してしまったら、あなたの負担になったかしら?」
アリシアは首を振った。
祖母が母を思う気持ちと、母がアリシアを思う気持ちが籠った匂い袋だ。
祖母が子宝祈願の匂い袋を与えたのも「早く子を生め」という意味ではなく、悩むオレリアの為に人ならざる者の加護があればと考えたのだろう。そしてオレリアも同じ様にアリシアを思ってくれている。
アリシアは大事な匂い袋の香りを深く吸い込んだ。
同時に思い出していた。
ルトビア公爵家の領地にもメトワやティナムで聞いたような伝承や土着信仰がある土地はあるのだ。
前公爵夫人がアリシアも知っているような有名処へ行かなかったのは、オレリアに気付かせない為だろう。
翌日、王太子宮を訪れたレオナルドに、アリシアはサリエンの森へ行って欲しいと頼んだ。
アリシアの望みを察したレオナルドはすぐに仕事の予定を調整し、週末にはサリエンへ向けて発っていた。
以前と比べて、というだけで全く顔を出さないわけではない。だけどこれまでのレオナルドとアリシアの関係を知っていれば訝しく思うはずだ。
アリシアを溺愛しているレオナルドが追い詰められたアリシアを放っておくはずがなく、毎日顔を見せて傍についていてもおかしくないのだから。
だけどそれには理由があった。
レオナルドはアリシアの願いで度々王都を離れていたのだ。
切っ掛けはオレリアが持ってきてくれた匂い袋だった。
優しい香りのするそれは、小さな巾着状になっている。ただ以前は鮮やかな赤色だったと思われるそれは、色褪せてくすんだ色になっていた。オレリアの手元に来てから長い年月が経っているのだろう。
「それはお義母様が私に下さったものよ」
オレリアが優しい笑顔を見せる。
アリシアが学園に入学してすぐに亡くなった前公爵夫人は、自分にも他人にも厳しい女性だったが、オレリアにとっては良い義母だった。
アダムとオレリアが結婚し、レオナルドが生まれるまでの間に義父である前公爵が亡くなった。
アダムが跡を継いで公爵になると、本当はすぐにでも跡継ぎが欲しかったはずだ。
それなのに少しもオレリアを責めるようなことはせず、アシュリーがロバートを生んだ後、焦燥を募らせるオレリアにこの匂い袋をくれたのだ。
「その香りはね、精神を落ち着ける効果があるの。焦り過ぎず少しゆっくりしなさいって」
久しぶりに取り出した匂い袋は香りが落ちてしまっていた。それだけの年月が経っているのだから仕方がない。
オレリアはそれを中の香木だけ入れ替えて持ってきていた。
「……レオナルドが生まれてあなたが生まれて。しばらく経ってから知ったのだけど、この匂い袋は公爵領のルーナという町で売られているの」
「知っている?」と訊かれてアリシアは首を振った。
初めて聞く町の名前だ。
オレリアは「そうでしょうね」と笑う。
ルーナは公爵領の中の小さな田舎町だ。観光名所なわけでもなく、特筆するような名産物があるわけでもない。
そんな町の名物を知っていた前公爵夫人が流石なのだといえた。
「これはね、ルーナで子宝を授かるお守りとして売られているの」
「……子宝を?」
「そう。……きっとこのお守りを求めてくる人は精神的に追い詰められているのでしょうね。だから精神を落ち着かせる効果のある香木が役立つのだと思うのだけど……」
なぜ子宝祈願に効果があるのか、オレリアにも確かなことはわからない。
だけどオレリアはこのお守りを義母から受け取ってから程なくしてレオナルドを授かった。
追い詰められたアリシアが少しでもリラックスできるように、そして縁起物としてこの匂い袋を持ってきたのだ。
義母である前公爵夫人はオレリアにこれが子宝祈願の御守りだとは一言も言わなかった。オレリアが知ってしまえば負担になると思っていたのだろう。
だからオレリアには、「精神的に落ち着ける香りの匂い袋よ。焦り過ぎず少しゆっくりしなさい」と言って渡してくれたのだ。
「……話してしまったら、あなたの負担になったかしら?」
アリシアは首を振った。
祖母が母を思う気持ちと、母がアリシアを思う気持ちが籠った匂い袋だ。
祖母が子宝祈願の匂い袋を与えたのも「早く子を生め」という意味ではなく、悩むオレリアの為に人ならざる者の加護があればと考えたのだろう。そしてオレリアも同じ様にアリシアを思ってくれている。
アリシアは大事な匂い袋の香りを深く吸い込んだ。
同時に思い出していた。
ルトビア公爵家の領地にもメトワやティナムで聞いたような伝承や土着信仰がある土地はあるのだ。
前公爵夫人がアリシアも知っているような有名処へ行かなかったのは、オレリアに気付かせない為だろう。
翌日、王太子宮を訪れたレオナルドに、アリシアはサリエンの森へ行って欲しいと頼んだ。
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