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第2部 6章
16 伯爵令嬢の企み
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休憩時間になった。
最近はアリシアの休憩時間に合わせてレオナルドやオレリアが来ていることがあるので、その時はレイヴンは遠慮するようにしている。だけどそれ以外の時は変わらず一緒に過ごしていた。
今日は恒例のお茶会を開いているから、庭園まで迎えに行くのも良いな。
そう思いながらレイヴンは執務室を出た。途端に足が止まる。
「王太子殿下!」
無遠慮にレイヴンを呼ぶ声がして、小走りに近づく足音が聞こえる。
名前を呼ばなかっただけ褒めてやるべきか。
レイヴンはうんざりしながらそちらを振り返った。走り寄ってくるのはシュトラン伯爵令嬢だ。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
レイヴンはシュトラン伯爵令嬢に話し掛ける許可を与えていない。それなのに呼び止めるなんて、不敬としか言いようがない。
だけどレイヴンが無遠慮に近づく令嬢たちに何も言わなくなってから、こんな令嬢が増えた。特に今は学園が夏季休暇に入っているので毎日のように誰かがいる。
「……シュトラン伯爵令嬢、こんなところで会うなんて奇遇だね」
「はい。こちらの庭園が見事だと聞きましたので散策しようと来てみましたが、ここで殿下とお会いできるなんて、運命を感じてしまいます」
「……そうかな」
ここで会ったのは偶然のはずがない。レイヴンが出てくるのを待ち伏せしていたのだ。
本当にレイヴンを騙せていると思っているのかは疑問だが、こうして運命的な出会いを演出しようとする令嬢が後を絶たない。国王の言いつけによって令嬢たちを無下に扱えなくなったのを良いことに隙を見ては擦り寄ってくる。
こうして思えばキャロルはまだ分を弁えていた。
レオナルドを出汁にして近づいてくるのが不快だったが、決して自分からレイヴンに声を掛けることはなかった。親し気に名前を呼んだり、無理矢理腕を掴んで体を押し付けてきたこともない。
レイヴンは一歩下がって腕を掴もうとするシュトラン伯爵令嬢を避けた。
そこで廊下の向こうに続く芝生の方へ視線を向けたのは本当に偶然だった。
シュトラン伯爵令嬢を避ける為に体勢を変えたのが良かったのだろう。あちら側から近づいてくるアリシアの姿が見えた。
アリシアは1人ではなく、馴染みのない令嬢と話しながら歩いている。
いや、あれは――。
「アリシア!」
考えるより先に、レイヴンはアリシアの名を呼び駆け出していた。
名前を呼ばれたアリシアは、驚いて声のする方へ視線を向けた。
思った通り声の主はレイヴンで、こちらへ走ってきている。
レイヴンの向こうにシュトラン伯爵令嬢の姿が見えた。
「レイヴン様」
アリシアが微笑んで応えると、走って来たレイヴンに抱き締められる。
「会いたかった!迎えに来てくれたの?」
「いえ、私は……」
アリシアはお茶会に出ていた子爵令嬢を案内してきただけだ。
この子爵令嬢の領地は遠く、王都に出てくることはほとんどない。
先日の夜会で挨拶を受け、折角だからと今日のお茶会に招いた。王宮に来るのもデビュタントと合わせてこれが3度目だという令嬢に、思い出として王宮を見て帰りたいと言われて見送りがてら案内していた。
「レイヴン様。ミーシン子爵令嬢ですわ。お茶会に来て下さいましたの。あまり王宮に来る機会がないと仰るので案内していました」
王宮にあまり来る機会がないというのは本当だろう。
子爵や男爵という下級貴族は、デビュタントや年に数回ある王都にいる貴族全員が招待される舞踏会しか王宮に招かれることがない。ミーシン子爵令嬢が王太子妃のお茶会に招かれたのが本来珍しいことなのだ。
その滅多にない機会を悪用したことになる。
「お、王太子殿下にご挨拶申し上げます」
ぎこちなくカテーシーをするミーシン子爵令嬢はガタガタ震えている。
レイヴンが背中を向けた向こうではシュトラン伯爵令嬢が呆然としてこちらを見ていた。
レイヴンもアリシアも気がついていた。
ミーシン子爵家とシュトラン伯爵家は親戚なのだ。ミーシン子爵令嬢がお茶会に招かれたと知って、シュトラン伯爵令嬢が企てたのだろう。
きっと計画では、シュトラン伯爵令嬢がレイヴンに抱き着いているところをアリシアに見せるはずだったのだ。レイヴンに避けられたのも、レイヴンがアリシアに気付いて駆け去ったのも計算外だったに違いない。
「あちらにいらっしゃるのはシュトラン伯爵令嬢ですね。お話し中だったのではありませんの?」
「いや、偶然会ったから挨拶を受けただけだよ」
レイヴンにはアリシアに対して後ろめたいことなどない。
だけどそうした誤解を生ませるのが目的なら、レイヴンからアリシアへ声を掛けるのが一番だ。
レイヴンはアリシアの腰へ腕をまわし、ミーシン子爵令嬢へ微笑みかける。
「ごめんね。アリシアが案内していたみたいだけど、アリシアと2人きりで過ごしたいんだ。遠慮してくれる?」
「も、勿論でございます!妃殿下、ここまでありがとうございました」
ミーシン子爵令嬢が慌ててカテーシーをする。
レイヴンに遠慮しろと言われて逆らえるはずがない。
深く腰を落として頭を下げたままのミーシン子爵令嬢の前をレイヴンとアリシアが通り過ぎていく。
レイヴンはシュトラン伯爵令嬢を一度も振り返らなかった。
最近はアリシアの休憩時間に合わせてレオナルドやオレリアが来ていることがあるので、その時はレイヴンは遠慮するようにしている。だけどそれ以外の時は変わらず一緒に過ごしていた。
今日は恒例のお茶会を開いているから、庭園まで迎えに行くのも良いな。
そう思いながらレイヴンは執務室を出た。途端に足が止まる。
「王太子殿下!」
無遠慮にレイヴンを呼ぶ声がして、小走りに近づく足音が聞こえる。
名前を呼ばなかっただけ褒めてやるべきか。
レイヴンはうんざりしながらそちらを振り返った。走り寄ってくるのはシュトラン伯爵令嬢だ。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
レイヴンはシュトラン伯爵令嬢に話し掛ける許可を与えていない。それなのに呼び止めるなんて、不敬としか言いようがない。
だけどレイヴンが無遠慮に近づく令嬢たちに何も言わなくなってから、こんな令嬢が増えた。特に今は学園が夏季休暇に入っているので毎日のように誰かがいる。
「……シュトラン伯爵令嬢、こんなところで会うなんて奇遇だね」
「はい。こちらの庭園が見事だと聞きましたので散策しようと来てみましたが、ここで殿下とお会いできるなんて、運命を感じてしまいます」
「……そうかな」
ここで会ったのは偶然のはずがない。レイヴンが出てくるのを待ち伏せしていたのだ。
本当にレイヴンを騙せていると思っているのかは疑問だが、こうして運命的な出会いを演出しようとする令嬢が後を絶たない。国王の言いつけによって令嬢たちを無下に扱えなくなったのを良いことに隙を見ては擦り寄ってくる。
こうして思えばキャロルはまだ分を弁えていた。
レオナルドを出汁にして近づいてくるのが不快だったが、決して自分からレイヴンに声を掛けることはなかった。親し気に名前を呼んだり、無理矢理腕を掴んで体を押し付けてきたこともない。
レイヴンは一歩下がって腕を掴もうとするシュトラン伯爵令嬢を避けた。
そこで廊下の向こうに続く芝生の方へ視線を向けたのは本当に偶然だった。
シュトラン伯爵令嬢を避ける為に体勢を変えたのが良かったのだろう。あちら側から近づいてくるアリシアの姿が見えた。
アリシアは1人ではなく、馴染みのない令嬢と話しながら歩いている。
いや、あれは――。
「アリシア!」
考えるより先に、レイヴンはアリシアの名を呼び駆け出していた。
名前を呼ばれたアリシアは、驚いて声のする方へ視線を向けた。
思った通り声の主はレイヴンで、こちらへ走ってきている。
レイヴンの向こうにシュトラン伯爵令嬢の姿が見えた。
「レイヴン様」
アリシアが微笑んで応えると、走って来たレイヴンに抱き締められる。
「会いたかった!迎えに来てくれたの?」
「いえ、私は……」
アリシアはお茶会に出ていた子爵令嬢を案内してきただけだ。
この子爵令嬢の領地は遠く、王都に出てくることはほとんどない。
先日の夜会で挨拶を受け、折角だからと今日のお茶会に招いた。王宮に来るのもデビュタントと合わせてこれが3度目だという令嬢に、思い出として王宮を見て帰りたいと言われて見送りがてら案内していた。
「レイヴン様。ミーシン子爵令嬢ですわ。お茶会に来て下さいましたの。あまり王宮に来る機会がないと仰るので案内していました」
王宮にあまり来る機会がないというのは本当だろう。
子爵や男爵という下級貴族は、デビュタントや年に数回ある王都にいる貴族全員が招待される舞踏会しか王宮に招かれることがない。ミーシン子爵令嬢が王太子妃のお茶会に招かれたのが本来珍しいことなのだ。
その滅多にない機会を悪用したことになる。
「お、王太子殿下にご挨拶申し上げます」
ぎこちなくカテーシーをするミーシン子爵令嬢はガタガタ震えている。
レイヴンが背中を向けた向こうではシュトラン伯爵令嬢が呆然としてこちらを見ていた。
レイヴンもアリシアも気がついていた。
ミーシン子爵家とシュトラン伯爵家は親戚なのだ。ミーシン子爵令嬢がお茶会に招かれたと知って、シュトラン伯爵令嬢が企てたのだろう。
きっと計画では、シュトラン伯爵令嬢がレイヴンに抱き着いているところをアリシアに見せるはずだったのだ。レイヴンに避けられたのも、レイヴンがアリシアに気付いて駆け去ったのも計算外だったに違いない。
「あちらにいらっしゃるのはシュトラン伯爵令嬢ですね。お話し中だったのではありませんの?」
「いや、偶然会ったから挨拶を受けただけだよ」
レイヴンにはアリシアに対して後ろめたいことなどない。
だけどそうした誤解を生ませるのが目的なら、レイヴンからアリシアへ声を掛けるのが一番だ。
レイヴンはアリシアの腰へ腕をまわし、ミーシン子爵令嬢へ微笑みかける。
「ごめんね。アリシアが案内していたみたいだけど、アリシアと2人きりで過ごしたいんだ。遠慮してくれる?」
「も、勿論でございます!妃殿下、ここまでありがとうございました」
ミーシン子爵令嬢が慌ててカテーシーをする。
レイヴンに遠慮しろと言われて逆らえるはずがない。
深く腰を落として頭を下げたままのミーシン子爵令嬢の前をレイヴンとアリシアが通り過ぎていく。
レイヴンはシュトラン伯爵令嬢を一度も振り返らなかった。
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