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第2部 6章
50 困惑
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忙しなく寝室の扉が叩かれた時、アリシアはまだ泣いていた。
あれからもう1週間になるだろうか。泣いても泣いても涙が出てくる。
それに事態はちっとも好転していなかった。
寝室に閉じ籠り、あまり食事を摂らないようにしているのに、腹が凹んだ感じはしない。代わりに手や足が細くなったような気がする。
それにとってもお腹が空いていた。
このままではレイヴンに捨てられてしまうかもしれないのに、私はなんて卑しいんだろう。
そう思うと更に涙が零れる。
最初はおろおろしながらもそっとしておいてくれたマリアンも、今では付きっ切りでアリシアを宥めようとする。
だけど泣いている理由を訊かれても、「太ったから」なんて答えられるはずがなく、何とか食事をさせようとするマリアンを拒むしかない。
マリアンがアリシアを案じていることも、困っていることもわかっている。
それならばせめて泣くのを止めようと思っても、何故か感情を制御することができなかった。
ここではどんなに我儘を言っても受け入れられる。そんな安心感があるのだろう。
そのマリアンが珍しく傍を離れたかと思えば扉を叩く音がする。
誰かが訪ねてきたようだ。
「……誰?」
「僕だよ、アリシア」
「…………お兄様?」
レオナルドはまだ入って良いと言っていないのに、扉を開けて入って来た。
アリシアが涙声だったので我慢できなかったようだ。
「お兄様……」
ベッドに伏せていたアリシアはのろのろと体を起した。
頬は涙で濡れていて、目は腫れてしまっている。酷い顔をしているに違いない。
そんなアリシアを見てレオナルドはショックを受けたようだ。
大股でベッドサイドまで歩いて来るとアリシアをシーツごと抱き締める。
「アリシア?何があった?!」
「お兄様……」
気がつけばアリシアはレオナルドの腕の中で声を上げて泣いていた。
子どもの頃も悲しいことがあって引き籠っていたらレオナルドが来て慰めてくれたなあ、なんて思い出しながら。
レオナルドも手慣れたもので、背中をぽんぽんと叩きながら好きなようにさせてくれていた。
ひとしきり泣くと落ち着きが戻ってくる。
アリシアがそろそろとレオナルドの顔を窺うと、レオナルドは穏やかな顔でアリシアを見つめていた。
「アリシア。何があったのか話してくれる?」
「っ!!」
穏やかな顔をしていても、レオナルドはマリアンと違って理由を訊きだすまで決して諦めてくれない。
これまでの経験からアリシアもそれはわかっていた。
だけど話したくない。
「………………」
アリシアは無言で抵抗をする。
だけどレオナルドはアリシアを抱き締めたまま離さない。
「アリシア?」と顔を覗き込まれて諦めた。
「………ってしまったの」
「え?」
「太ってしまったのっ!!」
そう叫ぶとまた涙が零れた。
同時に言葉も溢れてくる。
「太ってしまったの……っ!レイヴン様は側妃を迎えられるのに、こんなにみっともないと捨てられてしまうわ!レイヴン様が側妃を愛してしまったら、ど、どうしたら良いの……っ?!」
グスグスと泣くアリシアを抱き締めながら、レオナルドは首を傾げた。
レイヴンが側妃を迎えるとは何の話だろうか。そんな話は最近全く聞かなくなった。
アリシアと離れて傷心のレイヴンはすっかりやつれてしまって側妃など考えられる状態ではないのだ。
精神的にも常にピリピリと気を張り詰めているので、今レイヴンの前で側妃の話などしたら怒りを買うのはわかりきっている。それなのに敢て触れようとするような者はいなかった。
それにこのままアリシアが回復し、側妃を迎えるようなことがあったとしても、レイヴンが側妃に心を移すとは思えない。レイヴンを知る者でそんな心配をしているのはアリシアだけだろう。
だがそれよりも。
色々言いたいことはあるが、まずアリシアが太ったというのはどういうことだろうか。
こうして抱き締めていても柔らかさより骨ばった感触が伝わってくる。
先月会った時よりマシになったような気はするが、それでも太っているとはとても思えなかった。
「……太っているようには見えないけど……」
レオナルドがそう言うと、アリシアはレオナルドを押しのけて立ち上がった。
レオナルドにもわかるように、ゆったりした夜着をピンと張って腹部を示す。
そこは不自然にぽっこり膨れていて……。
「マリアンっ!医師だっ!医師を呼べっ!!」
レオナルドのその一言を皮切りに、マナーハウスは騒然となった。
あれからもう1週間になるだろうか。泣いても泣いても涙が出てくる。
それに事態はちっとも好転していなかった。
寝室に閉じ籠り、あまり食事を摂らないようにしているのに、腹が凹んだ感じはしない。代わりに手や足が細くなったような気がする。
それにとってもお腹が空いていた。
このままではレイヴンに捨てられてしまうかもしれないのに、私はなんて卑しいんだろう。
そう思うと更に涙が零れる。
最初はおろおろしながらもそっとしておいてくれたマリアンも、今では付きっ切りでアリシアを宥めようとする。
だけど泣いている理由を訊かれても、「太ったから」なんて答えられるはずがなく、何とか食事をさせようとするマリアンを拒むしかない。
マリアンがアリシアを案じていることも、困っていることもわかっている。
それならばせめて泣くのを止めようと思っても、何故か感情を制御することができなかった。
ここではどんなに我儘を言っても受け入れられる。そんな安心感があるのだろう。
そのマリアンが珍しく傍を離れたかと思えば扉を叩く音がする。
誰かが訪ねてきたようだ。
「……誰?」
「僕だよ、アリシア」
「…………お兄様?」
レオナルドはまだ入って良いと言っていないのに、扉を開けて入って来た。
アリシアが涙声だったので我慢できなかったようだ。
「お兄様……」
ベッドに伏せていたアリシアはのろのろと体を起した。
頬は涙で濡れていて、目は腫れてしまっている。酷い顔をしているに違いない。
そんなアリシアを見てレオナルドはショックを受けたようだ。
大股でベッドサイドまで歩いて来るとアリシアをシーツごと抱き締める。
「アリシア?何があった?!」
「お兄様……」
気がつけばアリシアはレオナルドの腕の中で声を上げて泣いていた。
子どもの頃も悲しいことがあって引き籠っていたらレオナルドが来て慰めてくれたなあ、なんて思い出しながら。
レオナルドも手慣れたもので、背中をぽんぽんと叩きながら好きなようにさせてくれていた。
ひとしきり泣くと落ち着きが戻ってくる。
アリシアがそろそろとレオナルドの顔を窺うと、レオナルドは穏やかな顔でアリシアを見つめていた。
「アリシア。何があったのか話してくれる?」
「っ!!」
穏やかな顔をしていても、レオナルドはマリアンと違って理由を訊きだすまで決して諦めてくれない。
これまでの経験からアリシアもそれはわかっていた。
だけど話したくない。
「………………」
アリシアは無言で抵抗をする。
だけどレオナルドはアリシアを抱き締めたまま離さない。
「アリシア?」と顔を覗き込まれて諦めた。
「………ってしまったの」
「え?」
「太ってしまったのっ!!」
そう叫ぶとまた涙が零れた。
同時に言葉も溢れてくる。
「太ってしまったの……っ!レイヴン様は側妃を迎えられるのに、こんなにみっともないと捨てられてしまうわ!レイヴン様が側妃を愛してしまったら、ど、どうしたら良いの……っ?!」
グスグスと泣くアリシアを抱き締めながら、レオナルドは首を傾げた。
レイヴンが側妃を迎えるとは何の話だろうか。そんな話は最近全く聞かなくなった。
アリシアと離れて傷心のレイヴンはすっかりやつれてしまって側妃など考えられる状態ではないのだ。
精神的にも常にピリピリと気を張り詰めているので、今レイヴンの前で側妃の話などしたら怒りを買うのはわかりきっている。それなのに敢て触れようとするような者はいなかった。
それにこのままアリシアが回復し、側妃を迎えるようなことがあったとしても、レイヴンが側妃に心を移すとは思えない。レイヴンを知る者でそんな心配をしているのはアリシアだけだろう。
だがそれよりも。
色々言いたいことはあるが、まずアリシアが太ったというのはどういうことだろうか。
こうして抱き締めていても柔らかさより骨ばった感触が伝わってくる。
先月会った時よりマシになったような気はするが、それでも太っているとはとても思えなかった。
「……太っているようには見えないけど……」
レオナルドがそう言うと、アリシアはレオナルドを押しのけて立ち上がった。
レオナルドにもわかるように、ゆったりした夜着をピンと張って腹部を示す。
そこは不自然にぽっこり膨れていて……。
「マリアンっ!医師だっ!医師を呼べっ!!」
レオナルドのその一言を皮切りに、マナーハウスは騒然となった。
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