630 / 697
第2部 6章
58 クッキー
しおりを挟む
医師との話を終えた後は部屋でゆっくり過ごすことにした。
アリシアはいつもこの時間を読書や刺繍をして過ごしているらしい。
だけどどちらも根を詰めれば疲れてしまう。だからどちらも程ほどに、作品の完成や読み切ることを目標とはせず、横になりたくなったらそのままソファで横になっていたそうだ。
礼儀に厳しい公爵家では眉を顰められてしまいそうだが、今は普通の体調ではない。
だから誰も何も言わずに受け入れているのだろう。
「王宮でも同じ様にして良いよ?」
レイヴンがそう言うと、アリシアは恥ずかしそうに目を伏せた。
アリシアにとってそんな隙のある姿を見られるのは恥ずかしいことなのだろう。今もレイヴンの目を気にしてソファで横になるなんて考えられないに違いない。
だけどレイヴンとしては、それくらいリラックスした姿を見せて欲しい。
恥ずかしいといえば、レイヴンたちが座るソファのテーブルにはそれそれ紅茶が用意されていた。
その紅茶と共に、ガラスの容器に入ったクッキーがさり気なく置かれている。お茶請けとして出されたものではなく、アリシアが読書や刺繍をしながら摘まめるよう置かれているのだ。
ここの所アリシアの食欲が増していると聞いていた。
妊娠しているのだから当然のことだ。今もアリシアはクッキーへちらちらと視線を向けている。
お腹が空いているのだろうに、朝食をたっぷり食べて昼食の時間も近づいているのでレイヴンの手前、手を伸ばせずにいるのだ。
可愛いなぁ……。
心の中で呟いた後、レイヴンはクッキーへ視線を向けた。
「アリシア、あのクッキー食べても良い?」
「えっ?!ええ、勿論ですわ。すぐに用意を……」
「このままで良いよ」
慌ててマリアンへ皿に出すよう命じようとするアリシアを制してレイヴンはガラスの蓋を開ける。
クッキーを1つ摘まむとそのまま口へ入れた。
「美味しい!」
クッキーは見た目よりサクサクで、口の中に入れるとほろほろととけていく。
程よい甘さにレイヴンは思わず声を上げていた。アリシアが顔を綻ばせる。
「そうなのです。とても美味しいでしょう?実はそのクッキー、ロイ兄様が届けて下さいましたの」
「ロバートが?」
ロバートはキャンベル侯爵家の領地について、ジェーンと引継ぎを済ませた後は商会の仕事に戻ったと聞いていた。以前のようにアナトリアを避けて国外で過ごすということは無くなったが、1年以上商会の仕事を離れていたので、その空白を取り戻すように業務に勤しんでいるという。
そうなると結果として国外に出ていることが増える。今も外国にいるはずだ。
「はい。これはシェルツから送ってくださいました」
アリシアの懐妊が伝わったのか?と僅かな疑いが浮かぶが、懐妊がわかってから期間が短すぎる。レオナルドやアダムが知ってからでもまだ数日しか経っていないのだ。
恐らくこれはアリシアが食べられなくなったと聞いて、少しでも食べやすいものを、と送ってきたのだろう。緑色のクッキーはほうれん草を、紅色のクッキーは人参を使ったものだろうか。
「それじゃあアリシアの為のクッキーだ。僕よりアリシアが食べなきゃね」
レイヴンはそう言うと、クッキーを摘まんでアリシアの口元へ差し出した。
アリシアは一瞬驚いた顔をして、恥ずかしそうにマリアンへ視線を向ける。マリアンがそっぽを向いて素知らぬふりをしているのを見て小さく口を開いた。
レイヴンとは違って一口で食べることはできず、半分ほどでサクッと噛み切る。
恥ずかしそうに伏せられた目も、小さく咀嚼する口も、すべてが可愛い。
衝動的に抱き締めそうになる自分を何とか抑えて、レイヴンは残りのクッキーをアリシアの口へ運ぶ。
1つ食べ終えたら次はレイヴンが食べさせてもらう番だ。
「美味しいね」
2人は目を合わせて微笑み合った。
アリシアはいつもこの時間を読書や刺繍をして過ごしているらしい。
だけどどちらも根を詰めれば疲れてしまう。だからどちらも程ほどに、作品の完成や読み切ることを目標とはせず、横になりたくなったらそのままソファで横になっていたそうだ。
礼儀に厳しい公爵家では眉を顰められてしまいそうだが、今は普通の体調ではない。
だから誰も何も言わずに受け入れているのだろう。
「王宮でも同じ様にして良いよ?」
レイヴンがそう言うと、アリシアは恥ずかしそうに目を伏せた。
アリシアにとってそんな隙のある姿を見られるのは恥ずかしいことなのだろう。今もレイヴンの目を気にしてソファで横になるなんて考えられないに違いない。
だけどレイヴンとしては、それくらいリラックスした姿を見せて欲しい。
恥ずかしいといえば、レイヴンたちが座るソファのテーブルにはそれそれ紅茶が用意されていた。
その紅茶と共に、ガラスの容器に入ったクッキーがさり気なく置かれている。お茶請けとして出されたものではなく、アリシアが読書や刺繍をしながら摘まめるよう置かれているのだ。
ここの所アリシアの食欲が増していると聞いていた。
妊娠しているのだから当然のことだ。今もアリシアはクッキーへちらちらと視線を向けている。
お腹が空いているのだろうに、朝食をたっぷり食べて昼食の時間も近づいているのでレイヴンの手前、手を伸ばせずにいるのだ。
可愛いなぁ……。
心の中で呟いた後、レイヴンはクッキーへ視線を向けた。
「アリシア、あのクッキー食べても良い?」
「えっ?!ええ、勿論ですわ。すぐに用意を……」
「このままで良いよ」
慌ててマリアンへ皿に出すよう命じようとするアリシアを制してレイヴンはガラスの蓋を開ける。
クッキーを1つ摘まむとそのまま口へ入れた。
「美味しい!」
クッキーは見た目よりサクサクで、口の中に入れるとほろほろととけていく。
程よい甘さにレイヴンは思わず声を上げていた。アリシアが顔を綻ばせる。
「そうなのです。とても美味しいでしょう?実はそのクッキー、ロイ兄様が届けて下さいましたの」
「ロバートが?」
ロバートはキャンベル侯爵家の領地について、ジェーンと引継ぎを済ませた後は商会の仕事に戻ったと聞いていた。以前のようにアナトリアを避けて国外で過ごすということは無くなったが、1年以上商会の仕事を離れていたので、その空白を取り戻すように業務に勤しんでいるという。
そうなると結果として国外に出ていることが増える。今も外国にいるはずだ。
「はい。これはシェルツから送ってくださいました」
アリシアの懐妊が伝わったのか?と僅かな疑いが浮かぶが、懐妊がわかってから期間が短すぎる。レオナルドやアダムが知ってからでもまだ数日しか経っていないのだ。
恐らくこれはアリシアが食べられなくなったと聞いて、少しでも食べやすいものを、と送ってきたのだろう。緑色のクッキーはほうれん草を、紅色のクッキーは人参を使ったものだろうか。
「それじゃあアリシアの為のクッキーだ。僕よりアリシアが食べなきゃね」
レイヴンはそう言うと、クッキーを摘まんでアリシアの口元へ差し出した。
アリシアは一瞬驚いた顔をして、恥ずかしそうにマリアンへ視線を向ける。マリアンがそっぽを向いて素知らぬふりをしているのを見て小さく口を開いた。
レイヴンとは違って一口で食べることはできず、半分ほどでサクッと噛み切る。
恥ずかしそうに伏せられた目も、小さく咀嚼する口も、すべてが可愛い。
衝動的に抱き締めそうになる自分を何とか抑えて、レイヴンは残りのクッキーをアリシアの口へ運ぶ。
1つ食べ終えたら次はレイヴンが食べさせてもらう番だ。
「美味しいね」
2人は目を合わせて微笑み合った。
0
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる