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1章 ~現在 王宮にて~
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「ご心配なさらずとも、陛下の冗談ですわ。私がカシアン様の婚約者になることなど有り得ません」
急に王太子の婚約者となる侯爵令嬢は苦労するだろうが、だからといってシェリルが代わりたいとは思わなかった。
これまで頑張れたのも、ギデオンがいたからだ。ギデオンの支えになる為に頑張っていた。
ギデオンがいないのなら――王太子妃の地位も、意味のないことだ。
シェリルは困惑した表情のギデオンに優しく微笑みかけた。
ギデオンと顔を合わせるのはきっとこれが最後になるだろう。
それならばギデオンには美しいシェリルを覚えていて欲しいし、最後にその姿をしっかり目に焼き付けておきたい。
だけどギデオンは、訳が分からない、という表情をして口を開く。
「王太子は俺だ!カシアン?何の話をしている?!」
今度はシェリルと国王が困惑する番だった。
この国では、王太子妃となれるのは侯爵家以上の令嬢だと決められている。側妃になれるのも伯爵家以上の令嬢だけだ。子爵家や男爵家の娘が召し上げられる時は愛妾となる。
稀に子爵家の令嬢が伯爵家の養女となって側妃になることもあるが、それは国王や王太子に見初められて、王家側から要請された時だけだ。
妃となる令嬢の身分が厳格に決められたこの国では、無理に身分を上げて妃となっても社交界で白い目を向けられる。それがわかっているから、下位貴族の娘を養女にして差し出そうという貴族は少なかった。
だからこそシェリルも、ギデオンがミーシャを愛妾にするつもりなのだと思っていたのだ。
だけどギデオンは、シェリルを娶ることなくミーシャと結婚すると言う。
それは王太子位を捨て、臣籍へ下るということだ。少なくとも周りはそう受け取っていた。
「そなたはシェリル嬢ではなく、ディゼル男爵令嬢を選んだのだろう?だから我々は対応を話し合っていたのだ。幸いなことにマクロイド公爵がカシアンをわたしの養子にすることを受け入れてくれた。だからそなたはディゼル男爵家へ婿入りすると良い」
「なっ……!そんな……っ!!」
ギデオンが驚いて言葉を詰まらせる。
国王はそんな息子を困惑した表情で見つめた。
「何を驚くことがある?ディゼル男爵令嬢を選んだのはそなただ。そなたの望みを叶えられるよう手を尽くした」
「俺は王太子位を降りるつもりはありません……っ!ミーシャを王太子妃にするつもりで……っ!!」
「男爵令嬢は王太子妃になれん。そなたも知っているだろう?」
「それは……っ!そうですが……っ!」
ギデオンは勿論それを知っていた。王太子教育の中でも比較的早い段階で教えられたと思う。
だけどギデオンは、それが重要な決まりだと捉えていなかった。むしろ家庭教師からの悪意ある言葉だと思っていたのだ。
侯爵家以上の家の出でなければ正妃になることはできない。
つまり王妃がもし死んだとしても、伯爵令嬢だったルイザは王妃になれないということだ。
だけどそんなことを言われなくても、ルイザが王妃になれないことはギデオンも幼心に理解していた。
国王は王妃だけを溺愛し、ルイザには一欠けらの愛情も抱いていない。
例えルイザが侯爵令嬢だったとしても、国王がルイザを王妃にすることはないだろう。
それを家庭教師は制度の問題にして飲み込ませようとしているのだ。ギデオンはずっとそう思っていた。
ギデオンが国王の唯一の子であることも大きかった。
国王の跡を継げるのはギデオンしかいない。
だから例え男爵令嬢を選んだとしても、王太子妃として認めるしかないと思っていたのだ。
だけど考えてみるとマクロイド公爵は国王の弟だ。
公爵自身は継承権を放棄しているので王位につくことはできないが、その子息が国王の養子になれば王位継承権を与えることができる。その血の近さは誰もが知るところである。
「……っ!!」
ギデオンが慌てて周りを見渡した。
国王だけではなく、マクロイド公爵もアンダーソン公爵夫妻も、ディゼル男爵夫妻さえ怪訝な顔でギデオンを見ている。
誰もがギデオンの婚約破棄宣言を王位継承権の放棄だと受け取っていたのだ。
ギデオンは一気に血の気が引いていくのを感じた。
卒業式の日、百合の宮へ戻るとルイザが泣き喚いていた。
ルイザの部屋へ呼ばれていたけれど、感情のままにギデオンを詰るルイザに嫌気がさしてすぐに部屋を出た。
確かにシェリルとの婚姻を望んでいたのはルイザだったが、ミーシャは心からギデオンを愛してくれている。
初めて誰かに愛されることができたのだ。ミーシャとのことをとやかく言われたくはない。
それ以来ギデオンはルイザを避けていた。
だけどルイザはこうなることをわかっていたのだ。
わかっていたから、感情的になっていた。
「あ、あああ……っ!」
意味のない言葉が洩れる。
これまでルイザはギデオンを国王にすることだけを望みに王宮で生きてきた。
そのルイザは座っていることもできずに頽れている。
ギデオンだって国王になることだけがこの冷たい王宮で生きる支えだったのだ。
その望みを、自分で打ち砕いた。
「あああ、ああああ……っ!!」
ギデオンは声を上げると頭を抱えて蹲った。
急に王太子の婚約者となる侯爵令嬢は苦労するだろうが、だからといってシェリルが代わりたいとは思わなかった。
これまで頑張れたのも、ギデオンがいたからだ。ギデオンの支えになる為に頑張っていた。
ギデオンがいないのなら――王太子妃の地位も、意味のないことだ。
シェリルは困惑した表情のギデオンに優しく微笑みかけた。
ギデオンと顔を合わせるのはきっとこれが最後になるだろう。
それならばギデオンには美しいシェリルを覚えていて欲しいし、最後にその姿をしっかり目に焼き付けておきたい。
だけどギデオンは、訳が分からない、という表情をして口を開く。
「王太子は俺だ!カシアン?何の話をしている?!」
今度はシェリルと国王が困惑する番だった。
この国では、王太子妃となれるのは侯爵家以上の令嬢だと決められている。側妃になれるのも伯爵家以上の令嬢だけだ。子爵家や男爵家の娘が召し上げられる時は愛妾となる。
稀に子爵家の令嬢が伯爵家の養女となって側妃になることもあるが、それは国王や王太子に見初められて、王家側から要請された時だけだ。
妃となる令嬢の身分が厳格に決められたこの国では、無理に身分を上げて妃となっても社交界で白い目を向けられる。それがわかっているから、下位貴族の娘を養女にして差し出そうという貴族は少なかった。
だからこそシェリルも、ギデオンがミーシャを愛妾にするつもりなのだと思っていたのだ。
だけどギデオンは、シェリルを娶ることなくミーシャと結婚すると言う。
それは王太子位を捨て、臣籍へ下るということだ。少なくとも周りはそう受け取っていた。
「そなたはシェリル嬢ではなく、ディゼル男爵令嬢を選んだのだろう?だから我々は対応を話し合っていたのだ。幸いなことにマクロイド公爵がカシアンをわたしの養子にすることを受け入れてくれた。だからそなたはディゼル男爵家へ婿入りすると良い」
「なっ……!そんな……っ!!」
ギデオンが驚いて言葉を詰まらせる。
国王はそんな息子を困惑した表情で見つめた。
「何を驚くことがある?ディゼル男爵令嬢を選んだのはそなただ。そなたの望みを叶えられるよう手を尽くした」
「俺は王太子位を降りるつもりはありません……っ!ミーシャを王太子妃にするつもりで……っ!!」
「男爵令嬢は王太子妃になれん。そなたも知っているだろう?」
「それは……っ!そうですが……っ!」
ギデオンは勿論それを知っていた。王太子教育の中でも比較的早い段階で教えられたと思う。
だけどギデオンは、それが重要な決まりだと捉えていなかった。むしろ家庭教師からの悪意ある言葉だと思っていたのだ。
侯爵家以上の家の出でなければ正妃になることはできない。
つまり王妃がもし死んだとしても、伯爵令嬢だったルイザは王妃になれないということだ。
だけどそんなことを言われなくても、ルイザが王妃になれないことはギデオンも幼心に理解していた。
国王は王妃だけを溺愛し、ルイザには一欠けらの愛情も抱いていない。
例えルイザが侯爵令嬢だったとしても、国王がルイザを王妃にすることはないだろう。
それを家庭教師は制度の問題にして飲み込ませようとしているのだ。ギデオンはずっとそう思っていた。
ギデオンが国王の唯一の子であることも大きかった。
国王の跡を継げるのはギデオンしかいない。
だから例え男爵令嬢を選んだとしても、王太子妃として認めるしかないと思っていたのだ。
だけど考えてみるとマクロイド公爵は国王の弟だ。
公爵自身は継承権を放棄しているので王位につくことはできないが、その子息が国王の養子になれば王位継承権を与えることができる。その血の近さは誰もが知るところである。
「……っ!!」
ギデオンが慌てて周りを見渡した。
国王だけではなく、マクロイド公爵もアンダーソン公爵夫妻も、ディゼル男爵夫妻さえ怪訝な顔でギデオンを見ている。
誰もがギデオンの婚約破棄宣言を王位継承権の放棄だと受け取っていたのだ。
ギデオンは一気に血の気が引いていくのを感じた。
卒業式の日、百合の宮へ戻るとルイザが泣き喚いていた。
ルイザの部屋へ呼ばれていたけれど、感情のままにギデオンを詰るルイザに嫌気がさしてすぐに部屋を出た。
確かにシェリルとの婚姻を望んでいたのはルイザだったが、ミーシャは心からギデオンを愛してくれている。
初めて誰かに愛されることができたのだ。ミーシャとのことをとやかく言われたくはない。
それ以来ギデオンはルイザを避けていた。
だけどルイザはこうなることをわかっていたのだ。
わかっていたから、感情的になっていた。
「あ、あああ……っ!」
意味のない言葉が洩れる。
これまでルイザはギデオンを国王にすることだけを望みに王宮で生きてきた。
そのルイザは座っていることもできずに頽れている。
ギデオンだって国王になることだけがこの冷たい王宮で生きる支えだったのだ。
その望みを、自分で打ち砕いた。
「あああ、ああああ……っ!!」
ギデオンは声を上げると頭を抱えて蹲った。
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