影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
4 / 142
1章 ~現在 王宮にて~

3

しおりを挟む
「ご心配なさらずとも、陛下の冗談ですわ。私がカシアン様の婚約者になることなど有り得ません」

 急に王太子の婚約者となる侯爵令嬢は苦労するだろうが、だからといってシェリルが代わりたいとは思わなかった。
 これまで頑張れたのも、ギデオンがいたからだ。ギデオンの支えになる為に頑張っていた。
 ギデオンがいないのなら――王太子妃の地位も、意味のないことだ。

 シェリルは困惑した表情のギデオンに優しく微笑みかけた。
 ギデオンと顔を合わせるのはきっとこれが最後になるだろう。
 それならばギデオンには美しいシェリルを覚えていて欲しいし、最後にその姿をしっかり目に焼き付けておきたい。

 だけどギデオンは、訳が分からない、という表情をして口を開く。

「王太子は俺だ!カシアン?何の話をしている?!」

 今度はシェリルと国王が困惑する番だった。

 この国では、王太子妃となれるのは侯爵家以上の令嬢だと決められている。側妃になれるのも伯爵家以上の令嬢だけだ。子爵家や男爵家の娘が召し上げられる時は愛妾となる。
 稀に子爵家の令嬢が伯爵家の養女となって側妃になることもあるが、それは国王や王太子に見初められて、王家側から要請された時だけだ。
 妃となる令嬢の身分が厳格に決められたこの国では、無理に身分を上げて妃となっても社交界で白い目を向けられる。それがわかっているから、下位貴族の娘を養女にして差し出そうという貴族は少なかった。
 だからこそシェリルも、ギデオンがミーシャを愛妾にするつもりなのだと思っていたのだ。

 だけどギデオンは、シェリルを娶ることなくミーシャと結婚すると言う。
 それは王太子位を捨て、臣籍へ下るということだ。少なくとも周りはそう受け取っていた。

「そなたはシェリル嬢ではなく、ディゼル男爵令嬢を選んだのだろう?だから我々は対応を話し合っていたのだ。幸いなことにマクロイド公爵がカシアンをわたしの養子にすることを受け入れてくれた。だからそなたはディゼル男爵家へ婿入りすると良い」

「なっ……!そんな……っ!!」

 ギデオンが驚いて言葉を詰まらせる。
 国王はそんな息子を困惑した表情で見つめた。

「何を驚くことがある?ディゼル男爵令嬢を選んだのはそなただ。そなたの望みを叶えられるよう手を尽くした」

「俺は王太子位を降りるつもりはありません……っ!ミーシャを王太子妃にするつもりで……っ!!」

「男爵令嬢は王太子妃になれん。そなたも知っているだろう?」

「それは……っ!そうですが……っ!」

 ギデオンは勿論それを知っていた。王太子教育の中でも比較的早い段階で教えられたと思う。
 だけどギデオンは、それが重要な決まりだと捉えていなかった。むしろ家庭教師からの悪意ある言葉だと思っていたのだ。

 侯爵家以上の家の出でなければ正妃になることはできない。
 つまり王妃がもし死んだとしても、伯爵令嬢だったルイザは王妃になれないということだ。
 だけどそんなことを言われなくても、ルイザが王妃になれないことはギデオンも幼心に理解していた。

 国王は王妃だけを溺愛し、ルイザには一欠けらの愛情も抱いていない。
 例えルイザが侯爵令嬢だったとしても、国王がルイザを王妃にすることはないだろう。
 それを家庭教師は制度の問題にして飲み込ませようとしているのだ。ギデオンはずっとそう思っていた。

 ギデオンが国王の唯一の子であることも大きかった。
 国王の跡を継げるのはギデオンしかいない。
 だから例え男爵令嬢を選んだとしても、王太子妃として認めるしかないと思っていたのだ。

 だけど考えてみるとマクロイド公爵は国王の弟だ。
 公爵自身は継承権を放棄しているので王位につくことはできないが、その子息が国王の養子になれば王位継承権を与えることができる。その血の近さは誰もが知るところである。

「……っ!!」

 ギデオンが慌てて周りを見渡した。
 国王だけではなく、マクロイド公爵もアンダーソン公爵夫妻も、ディゼル男爵夫妻さえ怪訝な顔でギデオンを見ている。
 誰もがギデオンの婚約破棄宣言を王位継承権の放棄だと受け取っていたのだ。
 ギデオンは一気に血の気が引いていくのを感じた。



 卒業式の日、百合の宮へ戻るとルイザが泣き喚いていた。
 ルイザの部屋へ呼ばれていたけれど、感情のままにギデオンを詰るルイザに嫌気がさしてすぐに部屋を出た。

 確かにシェリルとの婚姻を望んでいたのはルイザだったが、ミーシャは心からギデオンを愛してくれている。
 初めて誰かに愛されることができたのだ。ミーシャとのことをとやかく言われたくはない。
 
 それ以来ギデオンはルイザを避けていた。
 だけどルイザはこうなることをわかっていたのだ。
 わかっていたから、感情的になっていた。

「あ、あああ……っ!」

 意味のない言葉が洩れる。
 これまでルイザはギデオンを国王にすることだけを望みに王宮で生きてきた。
 そのルイザは座っていることもできずに頽れている。

 ギデオンだって国王になることだけがこの冷たい王宮で生きる支えだったのだ。
 その望みを、自分で打ち砕いた。

「あああ、ああああ……っ!!」

 ギデオンは声を上げると頭を抱えて蹲った。
 
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...