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1章 ~現在 王宮にて~
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誰も発言しないまま、気まずい沈黙が続いていた。
そこへ国王の後ろの扉が開いて侍従が部屋へ入ってくる。
その姿を見てシェリルが思ったのは、「ああ、もう30分が過ぎたのか」だった。
侍従が背後から国王へメモを渡し、目を通した国王が頷いてメモを返す。
貴族たちにとってすっかり見慣れたこの光景は、余程重要な会議でもない限り30分ごとに繰り返されるのだ。
「すまない、話を戻そう」
別の人物が入って空気が緩んだのを感じたのだろう。国王が話し始める。
同時に場の雰囲気が緩むのを感じられた。
「ギデオンと男爵令嬢の婚姻についてだが、カシアンが王宮へ移ってからもギデオンがここにいては要らぬ憶測を生むだろう。無用な争いを避ける為にもできるだけ早い方が良い」
「……はい」
国王の言葉にギデオンが弱々しく答える。
ギデオンにもわかっているのだ。
不本意とはいえ王位継承権を放棄してしまった以上、国王となり得る血筋のギデオンがいれば争いの種になる。
ギデオンが王位に拘りを持っているのは宮廷に近い貴族なら誰でも知っているのだ。失意のギデオンに付け込み、担ぎ上げようとする者も出てくるだろう。王位への拘りが強ければ強い程程早く王籍を離れた方が良い。
ギデオンが王位を継ぐことに拘っていたのは、国王と自分を繋ぐものがそれしかなかったからだ。
唯一の跡取りとして、自慢となる息子になりたい。
その思いで励んできたギデオンは、公務でも優秀は結果を残している。
国を騒がせ、混乱に陥れることは望んでいない。
だけどミーシャはその答えに納得がいかなかったようだ。
「ちょっと待ってよ!どうして頷いちゃうの?!このままじゃ男爵になっちゃうんだよ?!」
ミーシャは両手でギデオンの肩を掴み、大声で喚きたてる。
そこにはこれまでギデオンが見てきた可憐な少女の姿はなかった。
「ミ、ミーシャ……?」
ギデオンが戸惑いながら声を掛ける。
ギデオンが国王の言葉を受け入れていることも、その態度も気に入らなかったようだ。
盛大に舌打ちするとギデオンから体を離し、忌々しそうに吐き捨てる。
「こんなことならギデオン様なんて相手にするんじゃなかった!高位貴族の令息は他にも沢山いたのに!!」
「ミーシャ?!なんてことを言うの?!」
「そうだ!殿下に謝りなさい!」
ディゼル男爵夫妻が慌てて声を上げる。
それも当然だろう。ミーシャの言葉はギデオンの身分が目当てだったと言っているのも同然である。
それがどれほど無礼なことか、そして国王の怒りを買うことかディゼル男爵夫妻は理解していた。
事が起こってしまった以上、国王はギデオンとミーシャの関係を認める決断をした。
だけどギデオンは断腸の思いで迎えた側妃が生んだ唯一の王子である。ギデオンに王位を継がせたかったに違いない。
だけどミーシャは止まらなかった。
「どうして私が謝らなくちゃいけないのよ!!ギデオン様は私を王太子妃にしてくれるって言ったのよ?!嘘をついたのはギデオン様じゃない!!王太子妃になれるっていうから、ギデオン様を選んだのに!!」
「……それは、どういうことだ?」
ギデオンが呆然として問い掛ける。
ミーシャは忌々しいものを見るような顔でギデオンを睨みつけた。
「どういうことって、そういうことよ!私はギデオン様が王太子だから近づいたの!他にも私のことを好きって言ってくれる男の子は沢山いたのよ!だけどギデオン様が王太子妃にしてくれるって言うからギデオン様を選んだのよ!それなのに、とんだ嘘つきじゃない!!」
ミーシャは容赦なく身分が目当てだったと叩きつける。
蒼白な顔をしたギデオンはその場で崩れ落ちた。
ミーシャと出会ったのは学園に入学して割とすぐのことだった。
ギデオンが王太子だと知っていても飾らず気さくに話し掛けるミーシャに、心が温かくなるのを感じた。
ギデオンはミーシャの為に何もしていない。
ちょっとした小物を贈ったり食事に連れて行ったことはあるが、それ程高いものではないし、食事は他にも友人がいた。
それでもミーシャはギデオンを好きだと言ってくれた。
熱っぽく見つめられ、「好きだ」と言われる度に、自分にも愛してくれる人がいるのだと体中が歓喜で満たされる思いがした。
望んでも望んでも得られない父の愛。
母のルイザはギデオンを愛しているだろうが、それよりも国王の気を惹く媒体としてギデオンを見ている。
ギデオンが優秀な成績を収める度に「これであの方も来てくれるはず」と喜び、薔薇の宮へ向かったと聞いては「どうして私のところへ来てくれないのよ!!」と打ちひしがれる。きっとギデオンが優秀でなければ、母もギデオンを見てくれなかっただろう。
だけどミーシャは違う。
無条件でギデオンを愛してくれる。
――そう、思っていた。
「そんな……。嘘、だろう……」
現実を突きつけられたギデオンは崩れ落ちた。
王位継承権を失ったと知った時より強い衝撃だった。
「嘘じゃないわよ!そうじゃなきゃギデオン様なんか選ぶはずないでしょう?!他の男の子たちは豪華なドレスや宝石を贈ってくれたのよ!あんな小物や食事で我慢したのは王太子妃になれると思ったから……っ」
尚も毒を吐き続けるミーシャだったが、パシンっ!という音がしてふいに声が止まった。
ギデオンがのろのろと顔を上げると、いつの間にか席を立ったシェリルが息を弾ませてミーシャを睨みつけていた。
そこへ国王の後ろの扉が開いて侍従が部屋へ入ってくる。
その姿を見てシェリルが思ったのは、「ああ、もう30分が過ぎたのか」だった。
侍従が背後から国王へメモを渡し、目を通した国王が頷いてメモを返す。
貴族たちにとってすっかり見慣れたこの光景は、余程重要な会議でもない限り30分ごとに繰り返されるのだ。
「すまない、話を戻そう」
別の人物が入って空気が緩んだのを感じたのだろう。国王が話し始める。
同時に場の雰囲気が緩むのを感じられた。
「ギデオンと男爵令嬢の婚姻についてだが、カシアンが王宮へ移ってからもギデオンがここにいては要らぬ憶測を生むだろう。無用な争いを避ける為にもできるだけ早い方が良い」
「……はい」
国王の言葉にギデオンが弱々しく答える。
ギデオンにもわかっているのだ。
不本意とはいえ王位継承権を放棄してしまった以上、国王となり得る血筋のギデオンがいれば争いの種になる。
ギデオンが王位に拘りを持っているのは宮廷に近い貴族なら誰でも知っているのだ。失意のギデオンに付け込み、担ぎ上げようとする者も出てくるだろう。王位への拘りが強ければ強い程程早く王籍を離れた方が良い。
ギデオンが王位を継ぐことに拘っていたのは、国王と自分を繋ぐものがそれしかなかったからだ。
唯一の跡取りとして、自慢となる息子になりたい。
その思いで励んできたギデオンは、公務でも優秀は結果を残している。
国を騒がせ、混乱に陥れることは望んでいない。
だけどミーシャはその答えに納得がいかなかったようだ。
「ちょっと待ってよ!どうして頷いちゃうの?!このままじゃ男爵になっちゃうんだよ?!」
ミーシャは両手でギデオンの肩を掴み、大声で喚きたてる。
そこにはこれまでギデオンが見てきた可憐な少女の姿はなかった。
「ミ、ミーシャ……?」
ギデオンが戸惑いながら声を掛ける。
ギデオンが国王の言葉を受け入れていることも、その態度も気に入らなかったようだ。
盛大に舌打ちするとギデオンから体を離し、忌々しそうに吐き捨てる。
「こんなことならギデオン様なんて相手にするんじゃなかった!高位貴族の令息は他にも沢山いたのに!!」
「ミーシャ?!なんてことを言うの?!」
「そうだ!殿下に謝りなさい!」
ディゼル男爵夫妻が慌てて声を上げる。
それも当然だろう。ミーシャの言葉はギデオンの身分が目当てだったと言っているのも同然である。
それがどれほど無礼なことか、そして国王の怒りを買うことかディゼル男爵夫妻は理解していた。
事が起こってしまった以上、国王はギデオンとミーシャの関係を認める決断をした。
だけどギデオンは断腸の思いで迎えた側妃が生んだ唯一の王子である。ギデオンに王位を継がせたかったに違いない。
だけどミーシャは止まらなかった。
「どうして私が謝らなくちゃいけないのよ!!ギデオン様は私を王太子妃にしてくれるって言ったのよ?!嘘をついたのはギデオン様じゃない!!王太子妃になれるっていうから、ギデオン様を選んだのに!!」
「……それは、どういうことだ?」
ギデオンが呆然として問い掛ける。
ミーシャは忌々しいものを見るような顔でギデオンを睨みつけた。
「どういうことって、そういうことよ!私はギデオン様が王太子だから近づいたの!他にも私のことを好きって言ってくれる男の子は沢山いたのよ!だけどギデオン様が王太子妃にしてくれるって言うからギデオン様を選んだのよ!それなのに、とんだ嘘つきじゃない!!」
ミーシャは容赦なく身分が目当てだったと叩きつける。
蒼白な顔をしたギデオンはその場で崩れ落ちた。
ミーシャと出会ったのは学園に入学して割とすぐのことだった。
ギデオンが王太子だと知っていても飾らず気さくに話し掛けるミーシャに、心が温かくなるのを感じた。
ギデオンはミーシャの為に何もしていない。
ちょっとした小物を贈ったり食事に連れて行ったことはあるが、それ程高いものではないし、食事は他にも友人がいた。
それでもミーシャはギデオンを好きだと言ってくれた。
熱っぽく見つめられ、「好きだ」と言われる度に、自分にも愛してくれる人がいるのだと体中が歓喜で満たされる思いがした。
望んでも望んでも得られない父の愛。
母のルイザはギデオンを愛しているだろうが、それよりも国王の気を惹く媒体としてギデオンを見ている。
ギデオンが優秀な成績を収める度に「これであの方も来てくれるはず」と喜び、薔薇の宮へ向かったと聞いては「どうして私のところへ来てくれないのよ!!」と打ちひしがれる。きっとギデオンが優秀でなければ、母もギデオンを見てくれなかっただろう。
だけどミーシャは違う。
無条件でギデオンを愛してくれる。
――そう、思っていた。
「そんな……。嘘、だろう……」
現実を突きつけられたギデオンは崩れ落ちた。
王位継承権を失ったと知った時より強い衝撃だった。
「嘘じゃないわよ!そうじゃなきゃギデオン様なんか選ぶはずないでしょう?!他の男の子たちは豪華なドレスや宝石を贈ってくれたのよ!あんな小物や食事で我慢したのは王太子妃になれると思ったから……っ」
尚も毒を吐き続けるミーシャだったが、パシンっ!という音がしてふいに声が止まった。
ギデオンがのろのろと顔を上げると、いつの間にか席を立ったシェリルが息を弾ませてミーシャを睨みつけていた。
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