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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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葬儀からひと月ほど経ち、ようやく熱が下がったエリザベートは、それからもぼんやりと過ごしていた。
ソファに座ったまま半日を過ごし、ふらっと立ち上がっては子ども部屋へ行く。
子ども部屋はルイがいた時のままで、何も変わっていない。
ただ、ルイだけがいない。
「ごめんね、ルイ。ごめんなさい……っ」
エリザベートはルイが好んでいた服やぬいぐるみを胸に抱くと涙を零す。
こうしていると後悔ばかりが浮かんでくる。
エリザベートが母親でなければ、ルイはもっと丈夫な体で生まれてきたはずだ。
それなのに熱を出したルイに何故付き添ってやらなかったのか。
エリザベートを求めてあんなに泣いていたのに、いつも置き去りにしていた。
家庭教師だってそうだ。
こんなことになるのなら教育なんて必要なかった。
ものの名前がわからなくても、数が数えられなくても良い。挨拶ができなくったって良いじゃないか。
もっと目一杯甘えさせてやれば良かった。
それなのにエリザベートはルイから優しい伯母まで奪ってしまった。
大好きなゾフィーに距離を置かれてどんなに哀しかっただろう。
「『いってらっしゃい』なんて、言えなくて良いの。お見送りなんてしなくて良い……っ!もっと抱き締めて、ずっと傍にいれば良かった……っ」
朝の挨拶なんてしなくて良い。
そのまま駆けてきて抱き着くことの何が悪いのだろうか。
ぎゅっと抱き締めて、頬に口づけて、3人一緒に食事をすれば良かった。
「ごめんね、ルイ。ごめんね……っ」
「リーザは悪くないよ。悪いことなんて何もしていない」
ふいに抱き締められる感触がして、エリザベートは顔を上げた。
哀しそうな顔のカールがエリザベートを見ている。
気がつけば外はすっかり暗くなり、執務を終えたカールが戻って来たようだ。
「ルイを愛してる。だからしっかり育てようとしていただけだ」
カールはエリザベートの背中へまわした腕に力を込める。
こんなことになるのなら、教育なんて必要なかった。
時間の限り傍にいて、甘やかしてやれば良かった。
エリザベートの後悔もわかる。
だけどこんなことになるなんて、誰も思っていなかった。
このまますくすく成長をして、4歳の誕生日にお披露目をする。
その時誰にも馬鹿にされないように、蔑まれないように。
その後に続く王太子教育が少しでも楽になるように。
ルイの成長を信じていたから、教育を施したのだ。
「………っ!あ、あああーーーっ!」
声を上げて泣くエリザベートをカールはいつまでも抱き締め続けた。
ルイを亡くした哀しみや喪失感が消えることはないだろう。
だけどきっと時間が心を癒してくれる。
今はその時を待つしかないのだ。
哀しみが癒える日が来ると信じて――。
ソファに座ったまま半日を過ごし、ふらっと立ち上がっては子ども部屋へ行く。
子ども部屋はルイがいた時のままで、何も変わっていない。
ただ、ルイだけがいない。
「ごめんね、ルイ。ごめんなさい……っ」
エリザベートはルイが好んでいた服やぬいぐるみを胸に抱くと涙を零す。
こうしていると後悔ばかりが浮かんでくる。
エリザベートが母親でなければ、ルイはもっと丈夫な体で生まれてきたはずだ。
それなのに熱を出したルイに何故付き添ってやらなかったのか。
エリザベートを求めてあんなに泣いていたのに、いつも置き去りにしていた。
家庭教師だってそうだ。
こんなことになるのなら教育なんて必要なかった。
ものの名前がわからなくても、数が数えられなくても良い。挨拶ができなくったって良いじゃないか。
もっと目一杯甘えさせてやれば良かった。
それなのにエリザベートはルイから優しい伯母まで奪ってしまった。
大好きなゾフィーに距離を置かれてどんなに哀しかっただろう。
「『いってらっしゃい』なんて、言えなくて良いの。お見送りなんてしなくて良い……っ!もっと抱き締めて、ずっと傍にいれば良かった……っ」
朝の挨拶なんてしなくて良い。
そのまま駆けてきて抱き着くことの何が悪いのだろうか。
ぎゅっと抱き締めて、頬に口づけて、3人一緒に食事をすれば良かった。
「ごめんね、ルイ。ごめんね……っ」
「リーザは悪くないよ。悪いことなんて何もしていない」
ふいに抱き締められる感触がして、エリザベートは顔を上げた。
哀しそうな顔のカールがエリザベートを見ている。
気がつけば外はすっかり暗くなり、執務を終えたカールが戻って来たようだ。
「ルイを愛してる。だからしっかり育てようとしていただけだ」
カールはエリザベートの背中へまわした腕に力を込める。
こんなことになるのなら、教育なんて必要なかった。
時間の限り傍にいて、甘やかしてやれば良かった。
エリザベートの後悔もわかる。
だけどこんなことになるなんて、誰も思っていなかった。
このまますくすく成長をして、4歳の誕生日にお披露目をする。
その時誰にも馬鹿にされないように、蔑まれないように。
その後に続く王太子教育が少しでも楽になるように。
ルイの成長を信じていたから、教育を施したのだ。
「………っ!あ、あああーーーっ!」
声を上げて泣くエリザベートをカールはいつまでも抱き締め続けた。
ルイを亡くした哀しみや喪失感が消えることはないだろう。
だけどきっと時間が心を癒してくれる。
今はその時を待つしかないのだ。
哀しみが癒える日が来ると信じて――。
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