63 / 142
2章 ~過去 カールとエリザベート~
40
しおりを挟む
カールがどれだけ頭を下げてもマクロイド公爵は首を縦に振らなかった。
異母兄が力を失ったとしても嫡男が王位を継いでいくべきとの考えは変わらないようだ。
直接話などせず独断で退位の宣言をしてしまえば公爵も飲み込まざるを得なかったのだろうが、流石にそこまで身勝手なことはできなかった。
だから本当にこれは最後の悪あがきだったのだ。
この日以来公爵はカールと2人きりになるのを避け、カールも度々王宮を抜け出すことはできなかったので、公爵を説得できないまま日々は過ぎた。
そうして重臣たちが1人の令嬢を探し出した。
ヴィラント伯爵家は歴史ある伯爵家である。
だが10年以上前に伯爵領で大規模な自然災害が起きた。
暴風雨で多くの家屋が破壊され、田畑はめちゃくちゃになり収穫間近だった農作物は駄目になった。家畜も多くが死んだという。極めつけに右隣の領地との間に掛かる橋が落ちて、左隣の領地と繋がる山道が土砂崩れで塞がった。
王宮には救援を求める書状が届き、第5騎士団が救助活動に出向いた記録が残っている。
財政面でも補助金の申請があり、申請できる5年間毎年満額支払われていた。
それでも復興は困難を極めたようだ。
右と左、どちらの領主からも互いに必要な通行路だからと費用を折半して新しい橋の建設や山道の補修整備の提案があったようだが、伯爵家では領民への炊き出し、新しい家屋の建設、種苗の買付、牧草地の回復など領内の復興を優先していた。そもそも改修工事をさせようにも人夫として働ける人手が足りなかった。
両隣との通行路が遮断されたのも大きかった。
右と左、どちらの領地も塞がれたのは1つの通行路だったが、ヴィラント伯爵家では2つの通行路を回復させなければならない。
だけど伯爵の人の良さが仇となってどちらかだけを優先することができずに両方をなんとかしようとした結果、どちらも中途半端のまま行き詰まった。
そうして数年掛けて領内を落ち着かせ、通行路の整備に目を向けた時には遅かった。
どちらの領地も隣接しているのは伯爵領だけではない。いつまでも動き出さない伯爵家に見切りをつけて他の領地を通る街道を通していたのだ。
こうして伯爵家が両隣の領地へ道を通したい場合は伯爵家だけで費用を賄わなければならなくなった。
だけど通行路がなければ折角生産量が戻った農作物も売り先も限られる。金物細工や焼き物などの技術者は腕の良い者から違う領へ移住していた。
伯爵領は橋梁工事と土砂に埋まった山道の整備、産業技術の低下による税収の低下に悩まされている。
ヴィラント伯爵家の者たちは財政難から10年以上王都に出てきていない。
すべての貴族に参加が義務付けられている建国祭や国王の誕生祭も特殊な事情から免除されていた。両隣の領主に見放されたので他家との強い繋がりもない。
そんな伯爵家の長女がルイザである。
ルイザは重臣たちが探す側妃の条件にぴったりだった。
この日、王宮には重苦しい空気が流れていた。
集まった重臣たちは固唾を飲んでカールへ視線を向ける。
カールは苦痛に満ちた顔で、それでも頷いた。
「……わかった。側妃を娶ろう」
「……ありがとうございます」
重臣たちが一斉に頭を下げる。
これがカールにとって苦渋の決断であることはみんなわかっていた。
「兄上、決断下さったのですね!」
カールが玉座を降りると御前会議終了の合図だ。
マクロイド公爵が喜色を浮かべてカールへ声を掛ける。だけどすぐに口を噤んだ。
一瞬だけこちらへ向けられた視線に、隠しきれない憎悪と殺意を感じ取ったからだ。
側妃を娶りたくないと、退位して王妃と2人で静かに暮らしたいからと、王籍への復帰と即位を乞われたのに断ったことを恨んでいるのだろう。
だけどカールは一言も何も言わずに部屋を出て行った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ここで回想部分が終わり、2章1話と繋がります!
長く続いた2章もあと1話…多くても2話で終われそうです。
41話は(1話で)カールが部屋を出てからの話になりますm(_ _)m
異母兄が力を失ったとしても嫡男が王位を継いでいくべきとの考えは変わらないようだ。
直接話などせず独断で退位の宣言をしてしまえば公爵も飲み込まざるを得なかったのだろうが、流石にそこまで身勝手なことはできなかった。
だから本当にこれは最後の悪あがきだったのだ。
この日以来公爵はカールと2人きりになるのを避け、カールも度々王宮を抜け出すことはできなかったので、公爵を説得できないまま日々は過ぎた。
そうして重臣たちが1人の令嬢を探し出した。
ヴィラント伯爵家は歴史ある伯爵家である。
だが10年以上前に伯爵領で大規模な自然災害が起きた。
暴風雨で多くの家屋が破壊され、田畑はめちゃくちゃになり収穫間近だった農作物は駄目になった。家畜も多くが死んだという。極めつけに右隣の領地との間に掛かる橋が落ちて、左隣の領地と繋がる山道が土砂崩れで塞がった。
王宮には救援を求める書状が届き、第5騎士団が救助活動に出向いた記録が残っている。
財政面でも補助金の申請があり、申請できる5年間毎年満額支払われていた。
それでも復興は困難を極めたようだ。
右と左、どちらの領主からも互いに必要な通行路だからと費用を折半して新しい橋の建設や山道の補修整備の提案があったようだが、伯爵家では領民への炊き出し、新しい家屋の建設、種苗の買付、牧草地の回復など領内の復興を優先していた。そもそも改修工事をさせようにも人夫として働ける人手が足りなかった。
両隣との通行路が遮断されたのも大きかった。
右と左、どちらの領地も塞がれたのは1つの通行路だったが、ヴィラント伯爵家では2つの通行路を回復させなければならない。
だけど伯爵の人の良さが仇となってどちらかだけを優先することができずに両方をなんとかしようとした結果、どちらも中途半端のまま行き詰まった。
そうして数年掛けて領内を落ち着かせ、通行路の整備に目を向けた時には遅かった。
どちらの領地も隣接しているのは伯爵領だけではない。いつまでも動き出さない伯爵家に見切りをつけて他の領地を通る街道を通していたのだ。
こうして伯爵家が両隣の領地へ道を通したい場合は伯爵家だけで費用を賄わなければならなくなった。
だけど通行路がなければ折角生産量が戻った農作物も売り先も限られる。金物細工や焼き物などの技術者は腕の良い者から違う領へ移住していた。
伯爵領は橋梁工事と土砂に埋まった山道の整備、産業技術の低下による税収の低下に悩まされている。
ヴィラント伯爵家の者たちは財政難から10年以上王都に出てきていない。
すべての貴族に参加が義務付けられている建国祭や国王の誕生祭も特殊な事情から免除されていた。両隣の領主に見放されたので他家との強い繋がりもない。
そんな伯爵家の長女がルイザである。
ルイザは重臣たちが探す側妃の条件にぴったりだった。
この日、王宮には重苦しい空気が流れていた。
集まった重臣たちは固唾を飲んでカールへ視線を向ける。
カールは苦痛に満ちた顔で、それでも頷いた。
「……わかった。側妃を娶ろう」
「……ありがとうございます」
重臣たちが一斉に頭を下げる。
これがカールにとって苦渋の決断であることはみんなわかっていた。
「兄上、決断下さったのですね!」
カールが玉座を降りると御前会議終了の合図だ。
マクロイド公爵が喜色を浮かべてカールへ声を掛ける。だけどすぐに口を噤んだ。
一瞬だけこちらへ向けられた視線に、隠しきれない憎悪と殺意を感じ取ったからだ。
側妃を娶りたくないと、退位して王妃と2人で静かに暮らしたいからと、王籍への復帰と即位を乞われたのに断ったことを恨んでいるのだろう。
だけどカールは一言も何も言わずに部屋を出て行った。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
ここで回想部分が終わり、2章1話と繋がります!
長く続いた2章もあと1話…多くても2話で終われそうです。
41話は(1話で)カールが部屋を出てからの話になりますm(_ _)m
3
あなたにおすすめの小説
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
私ってわがまま傲慢令嬢なんですか?
山科ひさき
恋愛
政略的に結ばれた婚約とはいえ、婚約者のアランとはそれなりにうまくやれていると思っていた。けれどある日、メアリはアランが自分のことを「わがままで傲慢」だと友人に話している場面に居合わせてしまう。話を聞いていると、なぜかアランはこの婚約がメアリのわがままで結ばれたものだと誤解しているようで……。
さよなら私の愛しい人
ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。
※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます!
※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる