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2章 ~過去 カールとエリザベート~
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カツカツカツカツカツ……
部屋を出たカールは脇目もふらずに廊下を歩いていた。
すれ違った貴族たちは皆驚いた顔を見せる。だがその鬼気迫る様子に声を掛けることもできず、ただ頭を下げて見送った。
カールが向かっているのは王妃の執務室だ。エリザベートは回復してから通常通り執務を続けている。
先程カールはエリザベートを裏切る決断を下した。
だけど誰かに聞かされる前にせめて自分の口から伝えたかった。
「まあ、陛下。突然どうされたのですか?」
扉を叩いて名を告げるとすぐに中へ通される。
突然訪れたカールにエリザベートは驚いた様子で、立ち上がって出迎えた。
「………人払いを」
その一言でエリザベートは悟ったようだ。
補佐官や侍女に声を掛け、部屋を出るように命じる。最後の1人が出て行くのを見届け、エリザベートはカールに向き直った。
「ヴィラント伯爵令嬢を、迎えることになった」
「………そうですか」
感情を感じさせない一言。
だけど決して表情を変えないエリザベートが、心の中で哀しみを押し殺しているのが感じられる。
エリザベートにはこれまで何度も側妃を娶るよう薦められた。
だけどエリザベートが何も感じずにいるはずがないのだ。
きっと哀しくて悔しくて辛くて叫び出したい程だろう。
だけどそうしないのは、感情のままに振舞うのは王妃として相応しくないと教えられているから。
国王の子を生み、子孫を繁栄させるのが妃の務めだと教えられているから。そして自ら子を生めない時は側妃を薦め、国王が恙なく世継ぎを儲けられるよう努めるのが王妃の責務だと教えられているから。
子が生めない今、王妃として相応しいと認められる為には快く側妃を迎え、心置きなくカールが側妃と過ごせるよう取り計らうべきだと思っている。
「………すまない、リーザ。君を裏切ることになってしまった。俺にはリーザだけだと誓っていたのに」
「仕方のないことですわ。嫁いだ時から覚悟はしておりました」
薄く微笑んでみせるエリザベートが哀しい。
そんな表情をさせたかったわけではないのに。
「愛しているのはリーザだけだ。これまでもこれからも、俺にはリーザしかいない」
ヴィラント伯爵令嬢を受け入れたのは、国王として仕方のないことだとわかっている。
だけど愛しているのはリーザだけだ。リーザしか愛せないと、本能で理解している。
「そんなことを仰らないで。ヴィラント伯爵令嬢があまりにもお気の毒ではありませんか」
見も知らない年上の男のところへ嫁がなければならないヴィラント伯爵令嬢はお気の毒だとエリザベートは言う。
国の都合で嫁がされて夫は正妃に夢中だなんて、令嬢にとってはとんだ貧乏くじだ。
せめて居心地よく過ごせるよう心を砕かなければ。
優しい笑顔で令嬢を気遣う言葉を並べるエリザベートをカールは抱き締めた。
どれだけ仕方のないことだと言い聞かせても、エリザベートを裏切る自分を許せない。
裏切らせる伯爵令嬢も許せそうにない。
「……カール様を、またお父様にしてくださる方ですよ」
エリザベートがカールの背にそっと腕をまわす。
ルイの髪を埋め込んだペンダントとブローチが触れたようでカツンと小さな音がした。
部屋を出たカールは脇目もふらずに廊下を歩いていた。
すれ違った貴族たちは皆驚いた顔を見せる。だがその鬼気迫る様子に声を掛けることもできず、ただ頭を下げて見送った。
カールが向かっているのは王妃の執務室だ。エリザベートは回復してから通常通り執務を続けている。
先程カールはエリザベートを裏切る決断を下した。
だけど誰かに聞かされる前にせめて自分の口から伝えたかった。
「まあ、陛下。突然どうされたのですか?」
扉を叩いて名を告げるとすぐに中へ通される。
突然訪れたカールにエリザベートは驚いた様子で、立ち上がって出迎えた。
「………人払いを」
その一言でエリザベートは悟ったようだ。
補佐官や侍女に声を掛け、部屋を出るように命じる。最後の1人が出て行くのを見届け、エリザベートはカールに向き直った。
「ヴィラント伯爵令嬢を、迎えることになった」
「………そうですか」
感情を感じさせない一言。
だけど決して表情を変えないエリザベートが、心の中で哀しみを押し殺しているのが感じられる。
エリザベートにはこれまで何度も側妃を娶るよう薦められた。
だけどエリザベートが何も感じずにいるはずがないのだ。
きっと哀しくて悔しくて辛くて叫び出したい程だろう。
だけどそうしないのは、感情のままに振舞うのは王妃として相応しくないと教えられているから。
国王の子を生み、子孫を繁栄させるのが妃の務めだと教えられているから。そして自ら子を生めない時は側妃を薦め、国王が恙なく世継ぎを儲けられるよう努めるのが王妃の責務だと教えられているから。
子が生めない今、王妃として相応しいと認められる為には快く側妃を迎え、心置きなくカールが側妃と過ごせるよう取り計らうべきだと思っている。
「………すまない、リーザ。君を裏切ることになってしまった。俺にはリーザだけだと誓っていたのに」
「仕方のないことですわ。嫁いだ時から覚悟はしておりました」
薄く微笑んでみせるエリザベートが哀しい。
そんな表情をさせたかったわけではないのに。
「愛しているのはリーザだけだ。これまでもこれからも、俺にはリーザしかいない」
ヴィラント伯爵令嬢を受け入れたのは、国王として仕方のないことだとわかっている。
だけど愛しているのはリーザだけだ。リーザしか愛せないと、本能で理解している。
「そんなことを仰らないで。ヴィラント伯爵令嬢があまりにもお気の毒ではありませんか」
見も知らない年上の男のところへ嫁がなければならないヴィラント伯爵令嬢はお気の毒だとエリザベートは言う。
国の都合で嫁がされて夫は正妃に夢中だなんて、令嬢にとってはとんだ貧乏くじだ。
せめて居心地よく過ごせるよう心を砕かなければ。
優しい笑顔で令嬢を気遣う言葉を並べるエリザベートをカールは抱き締めた。
どれだけ仕方のないことだと言い聞かせても、エリザベートを裏切る自分を許せない。
裏切らせる伯爵令嬢も許せそうにない。
「……カール様を、またお父様にしてくださる方ですよ」
エリザベートがカールの背にそっと腕をまわす。
ルイの髪を埋め込んだペンダントとブローチが触れたようでカツンと小さな音がした。
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