影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

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3章 〜過去 正妃と側妃〜

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 コト・・を終えるとカールは無言でベッドを降りた。手早く衣服を身に着け、扉へ向かう。
 帰るのだと察したルイザが体を起こそうとするのが見えたが、「そのまま休んでいなさい」とだけ言い残して部屋を出た。同時に向かいの部屋の扉が開いてイーネが出てくる。
 感情を完全に消したその表情からはわからないが、事が成ったのか気にしているのだろう。イーネは一晩中ここで様子を見ているつもりだったに違いない。

「……休んでいるから、世話をしてやってくれ」

 カールが告げるとイーネが深く頭を下げる。その一言ですべてわかったようだ。
 頭を下げたイーネを横目に見ながらカールは歩き出した。
 とにかく今は早く帰りたい。

 ついにエリザベートを裏切ってしまった。
 考えたくなくてもそればかりが浮かび、気持ち悪さが込み上げてくる。
 国の為、国王としての義務だと自分に言い聞かせても、エリザベートを裏切った事実は変わらない。
 触れたばかりの肌の感触が纏わりついてくるような気がした。

「うっ!ぐぅ……っ」

 ふいに込み上げてくるものがあり、カールは足を止めた。手を口に当て、無理矢理飲み込む。
 ここで戻してしまったら、あまりにもルイザに失礼だ。望んだ関係ではないが、ルイザを辱めるつもりはなかった。
 しばらくじっとして気分が落ち着くのを待ち、カールは大きく深呼吸をする。
 だけど馬車に乗った後も気持ち悪さは消えなかった。

 馬車が着いたのは鳳凰の宮だ。
 早くエリザベートのところへ戻りたかったが、ルイザを抱いたままの体でエリザベートに会うことはできない。
 足早に浴室へ向かったカールは荒々しく衣服を脱ぎ捨て、念入りに体を洗った。
 体に残る感触も染み付いた匂いもすべて洗い流したかった。



 カールが薔薇の宮へ着いた時には既に深夜になっていた。主要な明かりが落とされた宮殿内は静まり返っていて、廊下を歩く靴音がやけに響く気がする。
 いつもであればエリザベートを抱き締め眠っている時間だ。仕事が終わらず執務室で過ごす日もあるが、こんなにも暗闇や靴音が気になることはなかった。それだけ気分が落ち込んでいるということだろう。

 寝室の前についたカールは扉を開くのを躊躇った。
 エリザベートが眠っていれば良い。戻ったカールに気づかず眠っていてくれたら、傷ついた顔を見なくても済む。
 同時に起きていて、怒りのままに詰ってくれたら良いとも思う。気が済むまで罵り、泣き喚いてくれたら、何度も謝り、宥めることができる。明日の朝までこの罪悪感と気まずさを抱えていたくなかった。

 意を決したカールがドアノブをまわすとカチャリと小さな音を立てて扉が開く。
 暗闇の中に背を向けて横になるエリザベートの姿が見えた。

 眠っているのか。
 内心ホッとしたカールだったが、近づくうちにエリザベートの肩が震えているのに気がついた。同時に胸を貫かれたような痛みが走る。
 エリザベートは泣いているのを誰にも知られたくないのだろう。カールが近づくと、隠れるようにシーツへ顔を埋めた。

 しばらくエリザベートの震える背中を見つめていたカールだったが、無言のまま隣へ横になった。
 どんなに守りたいと思っても、エリザベートの苦しみや悲しみを取り除いてやることはできない。カールにできるのは、泣いているのを知られたくないというエリザベートの気持ちを汲み取ってやることだけだ。
 だから気づかない振りをして背中から抱き締めた。

 やがて腕の中の体の震えが大きくなっていく。
 嗚咽が漏れ聞こえてきても、カールは気づかない振りをしてただ抱き締め続けた。







 国王が去った後、ルイザはベッドの上で呆然としていた。
 何があったのか、何もわからない。
 行為の間、国王は一言も話さなかった。期待していた甘い囁きは1つもなかった。

 私は陛下に選ばれたんじゃないの?

 そんな疑問が浮かんでくるが、ぶつけられる人もいない。
 ルイザのどこが良くて選ばれたのか、そんなことを訊けるような状況ではなかった。 

 やがて扉が開き、イーネが入ってくる。
 イーネはルイザの様子を見ても驚かないようだ。

「身を清めるお手伝いを致します。湯浴みをなさいますか?それともこのまま体をお拭きしましょうか」

 訊かれてルイザはぼんやり考える。
 確かに体中がベタついている気がする。
 だけど体を起こす気力が湧いてこない。それに明るい場所へ行きたいと思わなかった。

「このままで……。明かりはつけないで」

「かしこまりました」

 イーネは無駄なことを言うことなく仕事を進めていく。
 シーツをめくったイーネがチラリと下の方へ視線を向けたのがわかった。
 本能的に破瓜の証を確かめられたのだと気づいたルイザはカッと体中を赤く染める。そんな時でもイーネは何も言わなかった。







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