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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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明け方ようやく眠りについたエリザベートの濡れた頬を拭い、カールも目を閉じる。
エリザベートの寝息を聞きながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
目覚めたのもエリザベートの方が早かった。侍女が起こしに来るより先に起きて、腫れた目元を冷やしていたようだ。
確かに声を聞かれないよう抑えていても、腫れた目をしていればすぐに泣いたとばれてしまう。
カールが側妃を迎えても気にしない。
エリザベートは人にそう見せることで矜持を保ち、王妃として侮られないよう体面を守っているのだ。
侍女たちはというと、エリザベートがどれだけ繕っても腫れた目を完全に治すことはできていなかった。だけどエリザベートの気持ちや立場がわかるのだろう。気づかない振りをして、化粧で完全に誤魔化してしまっていた。
朝食を終えると共に外宮の執務室へ向かう。
本当はエリザベートと離れるのは心配だった。ほとんど寝ていないし、心は傷つきぼろぼろだろう。傍にいて、1日中抱き締めていたい。
だけど流石に2日続けて2人で執務を休んでは悪い噂になる。理由もすぐに察されてしまう。
結局何事もなかったように振る舞うことが、一番エリザベートを守ることになるのだ。
2人はいつもと同じようにすれ違う人々と挨拶を交わし、いつもと同じように執務に取り掛かった。
目を覚ました時からエリザベートはズキズキ痛む頭と重い体を抱えていた。
原因はわかりきっている。最近あまり眠れていないからだ。更には昨夜一晩中泣いてしまったので、余計に体力が奪われたのだろう。
自分のことなのに、何故あんなに泣いてしまったのかわからない。
側妃を娶るのは国王として必要なこと。世継ぎが生れるのは喜ばしいことだと思っているのに、何故か胸が苦しくてたまらなかった。
きっと疲れているから心が弱くなってしまったのだ。
眠れない理由もわかっている。
最近眠りにつくと頻繁にルイの夢を見るのだ。
夢の中のルイは年齢も様々で、生まれたばかりだったり、ハイハイをしてエリザベートの後をついてきたり、「おかしゃま」と呼びながら抱き着いて来たりする。
ルイがいくつであってもエリザベートの大切な宝物だ。
ルイと一緒に過ごすエリザベートは心穏やかに微笑み、ルイを優しく抱き上げると、頬や額に口づけを落とし、愛しさを込めて頭を撫でる。ルイの体温を感じるとそれだけで幸せだと思えた。
だけどそれは残酷な幸せだ。
目を覚ましたエリザベートは抱いていたはずのルイがいないことに驚き、徐々に亡くしたことを想い出して絶望する。ルイがいない現実を受け入れられずに泣き叫ぶエリザベートに驚いてカールが飛び起きたこともあった。
幸せな夢の後には必ず辛い現実が待っている。
ルイを亡くしてから夢に見ることは度々あったが、頻繁に見るようになったのはルイザを迎えることが決まってからだ。
ルイザを迎えることで何かが変わることを恐れる気持ちがどこかにあるのか、両親に忘れられることを恐れたルイが、「忘れないで」と訴えているのか。
わからないがエリザベートは眠るのが怖くなった。
あの喪失感をこれ以上味わいたくない。
「妃殿下。お疲れのようですので、少しお休みになられてはいかがでしょう」
声を掛けられ、エリザベートは閉じていた目を開いた。補佐官たちが心配そうにエリザベートを見つめている。
今は執務の時間だ。昨日はカールと2人で休んだのでそれなりに仕事が溜まっている。エリザベートは遅れを取り戻そうと取り組んでいたのに、頭の痛みに耐えられず、手を止めてしまったのだ。
「……大丈夫よ、心配しないで」
エリザベートはにっこり笑う。
それでも補佐官たちは心配そうな表情を変えなかった。
エリザベートが王太子妃になった時から支えてくれている人たちだ。エリザベートがどんなに繕っていても無理をしているのがわかっているのだろう。また寝込んでしまうのではないかと案じているのかもしれない。
それがわかっていても平気な振りをするしかないエリザベートは、何もなかったように執務の続きに取り掛かった。
ルイザも憂鬱な気持ちを抱えたまま1日を過ごしていた。
体の痛みはそれほどでもなくいつも通りに起きることができたが、国王がいつ帰ったのかと不思議そうに首を傾げるミザリーに体が冷えるのを感じた。
思えば昨夜、来てくれたのがイーネで良かったのかもしれない。
呆然としたルイザを見れば、素晴らしい初夜ではなかったことがわかっただろう。あそこでミザリーに同情されたり慰められたりしたら、ルイザはきっと耐えられなかっただろう。
それでもルイザはまだ良いように考えようとしていた。
確かに想像していたような心ときめくような初夜ではなかったが、国王はここへ来て抱いてくれたのだ。若い女性の前で余裕がなかったのかもしれない。
「そうよ。私は望まれて来たんだもの。愛されているはずよ」
きっと2日目の今日ならもっと落ち着いて話ができるはずだ。
そうしたら今度こそ、どうしてルイザを選んでくれたのか訊いてみよう。
呼び方だってそうだ。
ルイザもミザリーに心を許していても「殿下」と呼ばれるのが嬉しかった。
国王も「陛下」と呼ばれるのが好きなのかもしれない。
ルイザは明るく物事を捉えようとした。
そうしないと不安で押しつぶされそうだったのだ。
そうして昨夜と同じように、2日目の夜も過ぎていった。
エリザベートの寝息を聞きながら、いつの間にか眠ってしまっていた。
目覚めたのもエリザベートの方が早かった。侍女が起こしに来るより先に起きて、腫れた目元を冷やしていたようだ。
確かに声を聞かれないよう抑えていても、腫れた目をしていればすぐに泣いたとばれてしまう。
カールが側妃を迎えても気にしない。
エリザベートは人にそう見せることで矜持を保ち、王妃として侮られないよう体面を守っているのだ。
侍女たちはというと、エリザベートがどれだけ繕っても腫れた目を完全に治すことはできていなかった。だけどエリザベートの気持ちや立場がわかるのだろう。気づかない振りをして、化粧で完全に誤魔化してしまっていた。
朝食を終えると共に外宮の執務室へ向かう。
本当はエリザベートと離れるのは心配だった。ほとんど寝ていないし、心は傷つきぼろぼろだろう。傍にいて、1日中抱き締めていたい。
だけど流石に2日続けて2人で執務を休んでは悪い噂になる。理由もすぐに察されてしまう。
結局何事もなかったように振る舞うことが、一番エリザベートを守ることになるのだ。
2人はいつもと同じようにすれ違う人々と挨拶を交わし、いつもと同じように執務に取り掛かった。
目を覚ました時からエリザベートはズキズキ痛む頭と重い体を抱えていた。
原因はわかりきっている。最近あまり眠れていないからだ。更には昨夜一晩中泣いてしまったので、余計に体力が奪われたのだろう。
自分のことなのに、何故あんなに泣いてしまったのかわからない。
側妃を娶るのは国王として必要なこと。世継ぎが生れるのは喜ばしいことだと思っているのに、何故か胸が苦しくてたまらなかった。
きっと疲れているから心が弱くなってしまったのだ。
眠れない理由もわかっている。
最近眠りにつくと頻繁にルイの夢を見るのだ。
夢の中のルイは年齢も様々で、生まれたばかりだったり、ハイハイをしてエリザベートの後をついてきたり、「おかしゃま」と呼びながら抱き着いて来たりする。
ルイがいくつであってもエリザベートの大切な宝物だ。
ルイと一緒に過ごすエリザベートは心穏やかに微笑み、ルイを優しく抱き上げると、頬や額に口づけを落とし、愛しさを込めて頭を撫でる。ルイの体温を感じるとそれだけで幸せだと思えた。
だけどそれは残酷な幸せだ。
目を覚ましたエリザベートは抱いていたはずのルイがいないことに驚き、徐々に亡くしたことを想い出して絶望する。ルイがいない現実を受け入れられずに泣き叫ぶエリザベートに驚いてカールが飛び起きたこともあった。
幸せな夢の後には必ず辛い現実が待っている。
ルイを亡くしてから夢に見ることは度々あったが、頻繁に見るようになったのはルイザを迎えることが決まってからだ。
ルイザを迎えることで何かが変わることを恐れる気持ちがどこかにあるのか、両親に忘れられることを恐れたルイが、「忘れないで」と訴えているのか。
わからないがエリザベートは眠るのが怖くなった。
あの喪失感をこれ以上味わいたくない。
「妃殿下。お疲れのようですので、少しお休みになられてはいかがでしょう」
声を掛けられ、エリザベートは閉じていた目を開いた。補佐官たちが心配そうにエリザベートを見つめている。
今は執務の時間だ。昨日はカールと2人で休んだのでそれなりに仕事が溜まっている。エリザベートは遅れを取り戻そうと取り組んでいたのに、頭の痛みに耐えられず、手を止めてしまったのだ。
「……大丈夫よ、心配しないで」
エリザベートはにっこり笑う。
それでも補佐官たちは心配そうな表情を変えなかった。
エリザベートが王太子妃になった時から支えてくれている人たちだ。エリザベートがどんなに繕っていても無理をしているのがわかっているのだろう。また寝込んでしまうのではないかと案じているのかもしれない。
それがわかっていても平気な振りをするしかないエリザベートは、何もなかったように執務の続きに取り掛かった。
ルイザも憂鬱な気持ちを抱えたまま1日を過ごしていた。
体の痛みはそれほどでもなくいつも通りに起きることができたが、国王がいつ帰ったのかと不思議そうに首を傾げるミザリーに体が冷えるのを感じた。
思えば昨夜、来てくれたのがイーネで良かったのかもしれない。
呆然としたルイザを見れば、素晴らしい初夜ではなかったことがわかっただろう。あそこでミザリーに同情されたり慰められたりしたら、ルイザはきっと耐えられなかっただろう。
それでもルイザはまだ良いように考えようとしていた。
確かに想像していたような心ときめくような初夜ではなかったが、国王はここへ来て抱いてくれたのだ。若い女性の前で余裕がなかったのかもしれない。
「そうよ。私は望まれて来たんだもの。愛されているはずよ」
きっと2日目の今日ならもっと落ち着いて話ができるはずだ。
そうしたら今度こそ、どうしてルイザを選んでくれたのか訊いてみよう。
呼び方だってそうだ。
ルイザもミザリーに心を許していても「殿下」と呼ばれるのが嬉しかった。
国王も「陛下」と呼ばれるのが好きなのかもしれない。
ルイザは明るく物事を捉えようとした。
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