影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

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3章 〜過去 正妃と側妃〜

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「本日陛下がいらっしゃいます。身を清めてお待ち下さい」

 イーネにそう告げられた時、ルイザは驚いて刺繍を刺していた手を止めた。
 何を言われているのかすぐに理解できなかった程だ。
 だってそうだろう。晩餐会の日から既に2ヶ月程が経っている。その間国王は百合の宮を訪れるどころか一通の手紙さえ送られて来なかったのだ。
 国王はルイザの存在を忘れているんじゃないかと半ば本気で考えていた。
 
「まあ、陛下が……!それではしっかり準備をしないといけませんね」

 呆然とするルイザの後ろではしゃいだ声を上げたのはミザリーだ。
 ルイザが百合の宮へ来たばかりの頃は綺羅びやかな宮殿や美しいドレス、豪華な食事に浮かれていたミザリーも、今はルイザの立場を感じ取っている。
 もし国王がルイザを気に入っているのなら、ふた月も放っておかないだろう。
 つまりルイザは寵愛を得られていない。

「妃殿下。本日の刺繍はおしまいにして、今すぐ準備を始めましょう!」

 国王は側妃を迎える儀式を終えると百合の宮へ近づかなくなった。今日を過ぎればいつまた来るのかわからない。
 少しでも美しくルイザを仕立て上げて、会いに来たいと思わせるよう惹きつけなければならないのだ。それは侍女の手腕に掛かっている。
 
「そう……ね。久しぶりにお会いするんだもの。美しくしなきゃ」

 使命に燃えるミザリーを見ながらルイザは小さく呟いた。
 この状況をおかしいと感じているのはルイザも同じだ。
 側妃に選ばれた時も嫁いで来た時も、なぜ自分が選ばれたのかわからなかったけれど、こちらから働きかけたわけでもなく選ばれたのだから特別な何かがあるのだと信じていた。
 だけどこれまでの国王の態度や2ヶ月も放っておかれていたことで、それが思い違いだったとさすがに気がついた。

 それでもルイザは、イーネが言う「お忙しい方ですから」の言葉を信じていたかった。
 この2ヶ月間国王には会えなかったけれど、ルイザは決して粗雑には扱われていない。
 化粧品や石鹸、香油などは少なくなると知らない内に買い足されていたし、季節に合わせたドレスを何着も仕立てても注意を受けることもなかった。
 イーネたちも恭しくルイザに仕えているし、冷遇されているとは思わない。

 陛下は私を気に入ってくれているのよ。
 最近会いに来られなかったのはお忙しかったからだわ。
 だって伯爵であるお父様さえ毎日領地のことで忙しくされていたもの。陛下は国王なのだから忙しさはお父様の比じゃないはずよ。

 ルイザの心の中には初めて会った時の国王が残っていた。
 優しく微笑みながら話し掛けてくれた国王。
 それに晩餐会の時も、ルイザを美しいと褒めて優しくエスコートしてくれた。

 大丈夫よ、私は愛されているわ。

 誰に言うでもなく心の中で呟き、自分で頷く。
 侍女たちに美しく磨き上げてもらってまた陛下に褒めてもらおう。
 そう心に決めたルイザはミザリーと共に浴室へ向かった。
 部屋にいる時もお手入れの間も、イーネが何も言わなかったことに気づかなかった。




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