87 / 142
3章 〜過去 正妃と側妃〜
22
しおりを挟む
カールは週に一度、水曜日に百合の宮へ行くことにした。
閨は決められた公務の1つであり、ルイザへの気持ちはないと示すためだ。
カールからそれを聞いたエリザベートは泣きそうに顔を歪めながら、それでも頷いてくれた。
エリザベートにもわかっているのだ。
カールは必ず世継ぎを儲けなければならない。
どんなに心が拒否していても、義務や責務を投げ出すことはカールもエリザベートもできなかった。
自分で決めたことではあったが、百合の宮へ向かう馬車の中でカールは常に強い焦燥感に襲われていた。
帰りを待つエリザベートを思うと不安が込み上げてくる。
必要なことだと頭で理解していても、辛い思いをしているはずだ。思い詰めてまたおかしなことをするかもしれない。
今すぐにでも戻りたいのに、百合の宮は遠く、向かうだけで時間が掛かった。
ルイザに百合の宮を与えたのは失敗だったかもしれない。
そんな思いが浮かんでくる。
だけどルイザをエリザベートの目に触れさせないようにするにはそうするしかなかったのだ。それがエリザベートの心の安寧に繋がるだろう。
そうだ、間違ってなんかいない。
エリザベートにも侍女がついている。あんなことは二度と起こらない。
カールは自分にそう言い聞かせるしかなかった。
ただエリザベートは大丈夫だと思えるだけの理由はあった。
閨を再開した夜、カールは逸る気持ちのまま薔薇の宮へ駆け戻ったが、寝室の扉を開けるには思い切りが必要だった。エリザベートがまた声を堪えて泣いていると思ったからだ。
だけど意を決して扉を開けたカールが見たのは、予想に反して眠っているエリザベートの姿だった。
「リーザ、眠っているのか?」
躊躇いがちに声を掛けてもエリザベートからの反応はない。以前と違って眠ったフリでもないようだ。一瞬クローゼットの奥で倒れていたエリザベートの姿が浮かんだけれど、顔色は良く、呼吸もしっかりしていた。
ただ目元は腫れていて頬に掛かる髪は涙で凝っている。カールが出掛けた後も泣いていたのは間違いないようだ。
カールは一度廊下に出ると、エリザベート付きの侍女を呼ぶことにした。
侍女の話によると、カールが出掛けた後、泣き乱れるエリザベートを落ち着かせる為に侍医長が眠り薬を飲ませたらしい。以前と違ってエリザベートは人目を憚らずに泣いていたので侍女たちが付いていたのだ。
「妃殿下は酷く興奮されていました。あのままではお体に障ると思い、侍医長をお呼びしました。申し訳ございません」
深く頭を下げる侍女の姿にカールはホッとして息を吐いた。
夜中だというのに、呼び出された侍女は侍女服をしっかり身に着け、乱れたところは少しもない。こうしてカールに呼び出されることを予想していたのだろう。何か不測の事態が起こった時にすぐ対処できるようにという気持ちもあるのかもしれない。
エリザベートにはその身を気にかけ、世話をする者がいるのだ。
「リーザをよく見ていてくれた。感謝する」
カールが声を掛けると侍女は一瞬体を揺らし、少しだけ表情を緩めた。
勝手なことをしたと怒られずに安堵したというより、エリザベートを想うカールの気持ちを感じて喜んでいるようだった。
侍女を部屋へ帰したカールは寝室へ戻り、眠っているエリザベートの隣で横になった。柔らかい体をそっと抱き締める。
赤くなった目元は痛々しいが、辛い思いをし続けるより眠っている方が良い。眠り薬も、侍医長が飲ませたなら安全だろう。
あとはルイの夢がエリザベートを哀しませないことを祈るだけだ。
母様をゆっくり眠らせてやってくれ。
カールは心の中でルイに語りかけると、エリザベートの額に口づけを落として目を閉じた。
閨は決められた公務の1つであり、ルイザへの気持ちはないと示すためだ。
カールからそれを聞いたエリザベートは泣きそうに顔を歪めながら、それでも頷いてくれた。
エリザベートにもわかっているのだ。
カールは必ず世継ぎを儲けなければならない。
どんなに心が拒否していても、義務や責務を投げ出すことはカールもエリザベートもできなかった。
自分で決めたことではあったが、百合の宮へ向かう馬車の中でカールは常に強い焦燥感に襲われていた。
帰りを待つエリザベートを思うと不安が込み上げてくる。
必要なことだと頭で理解していても、辛い思いをしているはずだ。思い詰めてまたおかしなことをするかもしれない。
今すぐにでも戻りたいのに、百合の宮は遠く、向かうだけで時間が掛かった。
ルイザに百合の宮を与えたのは失敗だったかもしれない。
そんな思いが浮かんでくる。
だけどルイザをエリザベートの目に触れさせないようにするにはそうするしかなかったのだ。それがエリザベートの心の安寧に繋がるだろう。
そうだ、間違ってなんかいない。
エリザベートにも侍女がついている。あんなことは二度と起こらない。
カールは自分にそう言い聞かせるしかなかった。
ただエリザベートは大丈夫だと思えるだけの理由はあった。
閨を再開した夜、カールは逸る気持ちのまま薔薇の宮へ駆け戻ったが、寝室の扉を開けるには思い切りが必要だった。エリザベートがまた声を堪えて泣いていると思ったからだ。
だけど意を決して扉を開けたカールが見たのは、予想に反して眠っているエリザベートの姿だった。
「リーザ、眠っているのか?」
躊躇いがちに声を掛けてもエリザベートからの反応はない。以前と違って眠ったフリでもないようだ。一瞬クローゼットの奥で倒れていたエリザベートの姿が浮かんだけれど、顔色は良く、呼吸もしっかりしていた。
ただ目元は腫れていて頬に掛かる髪は涙で凝っている。カールが出掛けた後も泣いていたのは間違いないようだ。
カールは一度廊下に出ると、エリザベート付きの侍女を呼ぶことにした。
侍女の話によると、カールが出掛けた後、泣き乱れるエリザベートを落ち着かせる為に侍医長が眠り薬を飲ませたらしい。以前と違ってエリザベートは人目を憚らずに泣いていたので侍女たちが付いていたのだ。
「妃殿下は酷く興奮されていました。あのままではお体に障ると思い、侍医長をお呼びしました。申し訳ございません」
深く頭を下げる侍女の姿にカールはホッとして息を吐いた。
夜中だというのに、呼び出された侍女は侍女服をしっかり身に着け、乱れたところは少しもない。こうしてカールに呼び出されることを予想していたのだろう。何か不測の事態が起こった時にすぐ対処できるようにという気持ちもあるのかもしれない。
エリザベートにはその身を気にかけ、世話をする者がいるのだ。
「リーザをよく見ていてくれた。感謝する」
カールが声を掛けると侍女は一瞬体を揺らし、少しだけ表情を緩めた。
勝手なことをしたと怒られずに安堵したというより、エリザベートを想うカールの気持ちを感じて喜んでいるようだった。
侍女を部屋へ帰したカールは寝室へ戻り、眠っているエリザベートの隣で横になった。柔らかい体をそっと抱き締める。
赤くなった目元は痛々しいが、辛い思いをし続けるより眠っている方が良い。眠り薬も、侍医長が飲ませたなら安全だろう。
あとはルイの夢がエリザベートを哀しませないことを祈るだけだ。
母様をゆっくり眠らせてやってくれ。
カールは心の中でルイに語りかけると、エリザベートの額に口づけを落として目を閉じた。
5
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
勝手にしなさいよ
棗
恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
家出したとある辺境夫人の話
あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』
これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。
※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。
※他サイトでも掲載します。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる