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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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舞踏会はルイザの幻想を打ち壊すには十分だった。
本当に愛されているとはどういうことなのか、舞踏会の間中見せつけられた。
ルイザは名を呼ぶことを許されていないのに、エリザベートは「カール様」と呼んでいた。
カールも「リーザ」と愛称で呼んでいた。
そしてやっと気づいた。
ルイザはこれまで名を呼ばれたことがないのだ。
閨でしか顔を合わせず、顔を合わせても会話がないのだからそれも当然のことだった。
ファーストダンスが終わってもカールはエリザベートを離さなかった。
踊ったのは一曲だけで、ダンスフロアを離れると貴族たちに囲まれて会話を交わしている。
少しするとその輪を抜けて王族席に戻ってきた。
「ルイザ様も私たちと一緒に行きましょう……?」
エリザベートに声をかけられてカッと顔が熱くなる。
そうだ、ルイザがここで1人で座っていても、話に来る人はいないのだ。
1人でポツンと座るルイザを憐れんで声を掛けに来たのだと思うと惨めで恥ずかしかった。
それにエリザベートがルイザに声を掛けた時も、カールはこちらを見ないのだ。
エリザベートに言われて仕方なく付いてきたという感じだった。
カールはエリザベートに柔らかい目を向けていた。
2人の後ろについて広間をまわっているのでよく分かる。
会話を交わす時もそうでない時も常に視線を向けていて、口元は柔和な笑みを浮かべている。まるで仕草のひとつひとつが愛しくて仕方ないといっているようだ。
それはこれまでルイザに向けられた笑顔とまるで違っていた。
そうして気がついた。
カールはルイザへ見せた同じ笑顔で貴族たちと話している。
妃教育でルイザも教えられた。
貴族たちとは本心を隠して皆平等に接しなければならない。
アルカイックスマイルーー。
ルイザに向けられていたのはこれだったのだ。
貴族たちもルイザとどう接すれば良いのか困っているようだった。
ルイザも会話に入れるようエリザベートが何かと話を振ってくれるが、貴族たちがルイザを見るのはその時だけだ。それに彼らはルイザが満足に教育を受けていないと知っているらしく、当たり障りないことだけ言ってそそくさと離れていく。
それを繰り返す度にルイザはどんどん惨めになっていった。
その中でルイザをどん底に突き落とす出来事があった。
ある貴婦人が躊躇いながらもルイザの元へやってきたのだ。
その女性は国王や王妃ではなく、ルイザに話しかけた。
「ルイザ妃殿下、お久しぶりでございます」
「……ユージェニー?あなた、ユージェニーでしょう……?!」
ルイザは綺麗にカーテシーをするその女性に見覚えがあった。
最後に会ってから10年以上経っているのですっかり大人になっているが、コルケット伯爵令嬢ユージェニーだ。
ルイザが驚いて声を上げると、2人が知り合いだと気づいたのだろう。エリザベートが気を利かせたのかカールと共に離れていった。
「はい。またこうして妃殿下とお会いできて幸いでございます」
「嫌だ!そんな話し方しないでよ……っ!」
臣下としての態度を崩さないユージェニーに、ルイザは以前のように話し掛ける。
コルケット伯爵家とヴィラント伯爵家の領地は隣り合っていて、あの災害が起きるまでは家族ぐるみで付き合っていた。特にルイザとユージェニーは同じ歳で、互いのマナーハウスを訪ねた時は1日中一緒に過ごしていた。
親友だったのだ。
「あら?でも挨拶の時……」
舞踏会に参加している貴族たちは皆挨拶に訪れた。その中にはコルケット伯爵夫妻の姿もあったが、ユージェニーはいなかったはずだ。夫妻と一緒にユージェニーがいれば気づかないはずがない。
「……私、ヘインズ伯爵家に嫁ぎましたの」
「まあ!そうなの?!」
確かにルイザと同じ歳なのだから嫁いでいてもおかしくない。
挨拶はヘインズ伯爵家の一員として訪れたのだろう。ルイザはユージェニーが嫁いだことを知らなかったので、次期伯爵夫妻として挨拶を受けても気づかなかったのだ。
旧友の近況に目を輝かせるルイザだったが、しばらくしてユージェニーの様子がおかしいことに気がついた。
久しぶりに話せることが嬉しくて次々と話を続けるルイザと違って、ユージェニーは言葉少なく会話を楽しんでいるように見えない。
それどころか腰が引けていて早くここを立ち去りたがっているように見えた。
ああ、そうか。
それに気がついた時、すとんと胸に落ちるものがあった。
ユージェニーは古い友達に声を掛けたのではない。側妃に声を掛けたのだ。
側妃と繋がりを持てば、ヘインズ伯爵家にも恩恵があると思ったのだろう。特にルイザは世継ぎを産むことを期待されて嫁いでいる。
ユージェニーは今日邸を出る時、必ずルイザに取り入ろうと決意していたに違いない。
なんせユージェニーには昔馴染みという特権があるのだ。
だけど舞踏会での様子を見ていれば、ルイザが国王に関心を持たれていないことはわかる。
ユージェニーは、本当にルイザと親交を持って良いのか不安なのだろう。
このままの状態が続けばルイザが子を産むのか疑わしい。国王は別の側妃を娶って世継ぎを産ませるかもしれない。
もしそうなったとしたら、寵愛を受けられない側妃と親交を持っていても損をするだけだ。
代替わりをしたら冷遇されるかもしれない。
ルイザはそっと辺りを見渡した。
遠巻きにしながらこちらを伺っている貴族の姿がたくさん見える。
あの者たちもルイザに取り入る価値があるか見定めているのだろう。そして今はその価値がないと思われている。
「ーーーーっ!!」
怒りと羞恥と悔しさがこみ上げてきてルイザは唇を噛み締めた。
感情を隠せないなんて淑女として失格だと謗られるかもしれないが、そうしないと地団駄を踏んでしまいそうだった。
本当に愛されているとはどういうことなのか、舞踏会の間中見せつけられた。
ルイザは名を呼ぶことを許されていないのに、エリザベートは「カール様」と呼んでいた。
カールも「リーザ」と愛称で呼んでいた。
そしてやっと気づいた。
ルイザはこれまで名を呼ばれたことがないのだ。
閨でしか顔を合わせず、顔を合わせても会話がないのだからそれも当然のことだった。
ファーストダンスが終わってもカールはエリザベートを離さなかった。
踊ったのは一曲だけで、ダンスフロアを離れると貴族たちに囲まれて会話を交わしている。
少しするとその輪を抜けて王族席に戻ってきた。
「ルイザ様も私たちと一緒に行きましょう……?」
エリザベートに声をかけられてカッと顔が熱くなる。
そうだ、ルイザがここで1人で座っていても、話に来る人はいないのだ。
1人でポツンと座るルイザを憐れんで声を掛けに来たのだと思うと惨めで恥ずかしかった。
それにエリザベートがルイザに声を掛けた時も、カールはこちらを見ないのだ。
エリザベートに言われて仕方なく付いてきたという感じだった。
カールはエリザベートに柔らかい目を向けていた。
2人の後ろについて広間をまわっているのでよく分かる。
会話を交わす時もそうでない時も常に視線を向けていて、口元は柔和な笑みを浮かべている。まるで仕草のひとつひとつが愛しくて仕方ないといっているようだ。
それはこれまでルイザに向けられた笑顔とまるで違っていた。
そうして気がついた。
カールはルイザへ見せた同じ笑顔で貴族たちと話している。
妃教育でルイザも教えられた。
貴族たちとは本心を隠して皆平等に接しなければならない。
アルカイックスマイルーー。
ルイザに向けられていたのはこれだったのだ。
貴族たちもルイザとどう接すれば良いのか困っているようだった。
ルイザも会話に入れるようエリザベートが何かと話を振ってくれるが、貴族たちがルイザを見るのはその時だけだ。それに彼らはルイザが満足に教育を受けていないと知っているらしく、当たり障りないことだけ言ってそそくさと離れていく。
それを繰り返す度にルイザはどんどん惨めになっていった。
その中でルイザをどん底に突き落とす出来事があった。
ある貴婦人が躊躇いながらもルイザの元へやってきたのだ。
その女性は国王や王妃ではなく、ルイザに話しかけた。
「ルイザ妃殿下、お久しぶりでございます」
「……ユージェニー?あなた、ユージェニーでしょう……?!」
ルイザは綺麗にカーテシーをするその女性に見覚えがあった。
最後に会ってから10年以上経っているのですっかり大人になっているが、コルケット伯爵令嬢ユージェニーだ。
ルイザが驚いて声を上げると、2人が知り合いだと気づいたのだろう。エリザベートが気を利かせたのかカールと共に離れていった。
「はい。またこうして妃殿下とお会いできて幸いでございます」
「嫌だ!そんな話し方しないでよ……っ!」
臣下としての態度を崩さないユージェニーに、ルイザは以前のように話し掛ける。
コルケット伯爵家とヴィラント伯爵家の領地は隣り合っていて、あの災害が起きるまでは家族ぐるみで付き合っていた。特にルイザとユージェニーは同じ歳で、互いのマナーハウスを訪ねた時は1日中一緒に過ごしていた。
親友だったのだ。
「あら?でも挨拶の時……」
舞踏会に参加している貴族たちは皆挨拶に訪れた。その中にはコルケット伯爵夫妻の姿もあったが、ユージェニーはいなかったはずだ。夫妻と一緒にユージェニーがいれば気づかないはずがない。
「……私、ヘインズ伯爵家に嫁ぎましたの」
「まあ!そうなの?!」
確かにルイザと同じ歳なのだから嫁いでいてもおかしくない。
挨拶はヘインズ伯爵家の一員として訪れたのだろう。ルイザはユージェニーが嫁いだことを知らなかったので、次期伯爵夫妻として挨拶を受けても気づかなかったのだ。
旧友の近況に目を輝かせるルイザだったが、しばらくしてユージェニーの様子がおかしいことに気がついた。
久しぶりに話せることが嬉しくて次々と話を続けるルイザと違って、ユージェニーは言葉少なく会話を楽しんでいるように見えない。
それどころか腰が引けていて早くここを立ち去りたがっているように見えた。
ああ、そうか。
それに気がついた時、すとんと胸に落ちるものがあった。
ユージェニーは古い友達に声を掛けたのではない。側妃に声を掛けたのだ。
側妃と繋がりを持てば、ヘインズ伯爵家にも恩恵があると思ったのだろう。特にルイザは世継ぎを産むことを期待されて嫁いでいる。
ユージェニーは今日邸を出る時、必ずルイザに取り入ろうと決意していたに違いない。
なんせユージェニーには昔馴染みという特権があるのだ。
だけど舞踏会での様子を見ていれば、ルイザが国王に関心を持たれていないことはわかる。
ユージェニーは、本当にルイザと親交を持って良いのか不安なのだろう。
このままの状態が続けばルイザが子を産むのか疑わしい。国王は別の側妃を娶って世継ぎを産ませるかもしれない。
もしそうなったとしたら、寵愛を受けられない側妃と親交を持っていても損をするだけだ。
代替わりをしたら冷遇されるかもしれない。
ルイザはそっと辺りを見渡した。
遠巻きにしながらこちらを伺っている貴族の姿がたくさん見える。
あの者たちもルイザに取り入る価値があるか見定めているのだろう。そして今はその価値がないと思われている。
「ーーーーっ!!」
怒りと羞恥と悔しさがこみ上げてきてルイザは唇を噛み締めた。
感情を隠せないなんて淑女として失格だと謗られるかもしれないが、そうしないと地団駄を踏んでしまいそうだった。
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