影の王宮

朱里 麗華(reika2854)

文字の大きさ
96 / 142
3章 〜過去 正妃と側妃〜

30

しおりを挟む
 舞踏会はルイザの幻想を打ち壊すには十分だった。
 本当に愛されているとはどういうことなのか、舞踏会の間中見せつけられた。

 ルイザは名を呼ぶことを許されていないのに、エリザベートは「カール様」と呼んでいた。
 カールも「リーザ」と愛称で呼んでいた。
 そしてやっと気づいた。
 ルイザはこれまで名を呼ばれたことがないのだ。
 閨でしか顔を合わせず、顔を合わせても会話がないのだからそれも当然のことだった。

 ファーストダンスが終わってもカールはエリザベートを離さなかった。
 踊ったのは一曲だけで、ダンスフロアを離れると貴族たちに囲まれて会話を交わしている。
 少しするとその輪を抜けて王族席に戻ってきた。

「ルイザ様も私たちと一緒に行きましょう……?」

 エリザベートに声をかけられてカッと顔が熱くなる。
 そうだ、ルイザがここで1人で座っていても、話に来る人はいないのだ。
 1人でポツンと座るルイザを憐れんで声を掛けに来たのだと思うと惨めで恥ずかしかった。
 それにエリザベートがルイザに声を掛けた時も、カールはこちらを見ないのだ。
 エリザベートに言われて仕方なく付いてきたという感じだった。

 カールはエリザベートに柔らかい目を向けていた。
 2人の後ろについて広間をまわっているのでよく分かる。
 会話を交わす時もそうでない時も常に視線を向けていて、口元は柔和な笑みを浮かべている。まるで仕草のひとつひとつが愛しくて仕方ないといっているようだ。
 それはこれまでルイザに向けられた笑顔とまるで違っていた。

 そうして気がついた。
 カールはルイザへ見せた同じ笑顔で貴族たちと話している。
 妃教育でルイザも教えられた。
 貴族たちとは本心を隠して皆平等に接しなければならない。
 アルカイックスマイルーー。
 ルイザに向けられていたのはこれだったのだ。

 貴族たちもルイザとどう接すれば良いのか困っているようだった。
 ルイザも会話に入れるようエリザベートが何かと話を振ってくれるが、貴族たちがルイザを見るのはその時だけだ。それに彼らはルイザが満足に教育を受けていないと知っているらしく、当たり障りないことだけ言ってそそくさと離れていく。
 それを繰り返す度にルイザはどんどん惨めになっていった。
 

 その中でルイザをどん底に突き落とす出来事があった。
 ある貴婦人が躊躇いながらもルイザの元へやってきたのだ。
 その女性は国王や王妃ではなく、ルイザに話しかけた。

「ルイザ妃殿下、お久しぶりでございます」

「……ユージェニー?あなた、ユージェニーでしょう……?!」

 ルイザは綺麗にカーテシーをするその女性に見覚えがあった。
 最後に会ってから10年以上経っているのですっかり大人になっているが、コルケット伯爵令嬢ユージェニーだ。
 ルイザが驚いて声を上げると、2人が知り合いだと気づいたのだろう。エリザベートが気を利かせたのかカールと共に離れていった。

「はい。またこうして妃殿下とお会いできて幸いでございます」

「嫌だ!そんな話し方しないでよ……っ!」

 臣下としての態度を崩さないユージェニーに、ルイザは以前のように話し掛ける。
 コルケット伯爵家とヴィラント伯爵家の領地は隣り合っていて、あの災害が起きるまでは家族ぐるみで付き合っていた。特にルイザとユージェニーは同じ歳で、互いのマナーハウスを訪ねた時は1日中一緒に過ごしていた。
 親友だったのだ。

「あら?でも挨拶の時……」

 舞踏会に参加している貴族たちは皆挨拶に訪れた。その中にはコルケット伯爵夫妻の姿もあったが、ユージェニーはいなかったはずだ。夫妻と一緒にユージェニーがいれば気づかないはずがない。

「……私、ヘインズ伯爵家に嫁ぎましたの」

「まあ!そうなの?!」

 確かにルイザと同じ歳なのだから嫁いでいてもおかしくない。
 挨拶はヘインズ伯爵家の一員として訪れたのだろう。ルイザはユージェニーが嫁いだことを知らなかったので、次期伯爵夫妻として挨拶を受けても気づかなかったのだ。
 
 旧友の近況に目を輝かせるルイザだったが、しばらくしてユージェニーの様子がおかしいことに気がついた。
 久しぶりに話せることが嬉しくて次々と話を続けるルイザと違って、ユージェニーは言葉少なく会話を楽しんでいるように見えない。
 それどころか腰が引けていて早くここを立ち去りたがっているように見えた。

 ああ、そうか。

 それに気がついた時、すとんと胸に落ちるものがあった。

 ユージェニーは古い友達に声を掛けたのではない。側妃に声を掛けたのだ。
 側妃と繋がりを持てば、ヘインズ伯爵家にも恩恵があると思ったのだろう。特にルイザは世継ぎを産むことを期待されて嫁いでいる。
 ユージェニーは今日邸を出る時、必ずルイザに取り入ろうと決意していたに違いない。
 なんせユージェニーには昔馴染みという特権があるのだ。
 
 だけど舞踏会での様子を見ていれば、ルイザが国王に関心を持たれていないことはわかる。
 ユージェニーは、本当にルイザと親交を持って良いのか不安なのだろう。
 このままの状態が続けばルイザが子を産むのか疑わしい。国王は別の側妃を娶って世継ぎを産ませるかもしれない。

 もしそうなったとしたら、寵愛を受けられない側妃と親交を持っていても損をするだけだ。
 代替わりをしたら冷遇されるかもしれない。

 ルイザはそっと辺りを見渡した。
 遠巻きにしながらこちらを伺っている貴族の姿がたくさん見える。
 あの者たちもルイザに取り入る価値があるか見定めているのだろう。そして今はその価値がないと思われている。

「ーーーーっ!!」

 怒りと羞恥と悔しさがこみ上げてきてルイザは唇を噛み締めた。
 感情を隠せないなんて淑女として失格だと謗られるかもしれないが、そうしないと地団駄を踏んでしまいそうだった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

白い結婚の行方

宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」 そう告げられたのは、まだ十二歳だった。 名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。 愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。 この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。 冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。 誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。 結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。 これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。 偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。 交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。 真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。 ──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?  

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

公爵夫人は愛されている事に気が付かない

山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」 「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」 「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」 「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」 社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。 貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。 夫の隣に私は相応しくないのだと…。

処理中です...