104 / 142
3章 〜過去 正妃と側妃〜
38
しおりを挟む
ルイザを迎えて半年も経つとカールは焦れてきていた。
ルイザが懐妊するまで閨を続けなければならない。懐妊してもそれが王子とは限らないが、懐妊すれば一旦閨を止めることができる。
早く懐妊して欲しい。
最近はそればかりを考えていた。
その日は突然訪れた。
その日は妃の定期検診が行われる日で、特に問題がなければ報告書が届けられるだけだ。それなのに侍医長がカールの執務室を訪ずれたのだ。
エリザベートに何かあったのかと気色ばむカールに侍医長は静かに首を振った。
「側妃殿下がご懐妊されました」
「何………?」
それは待ちに待った報せのはずだった。
それなのにカールは大きな衝撃に襲われた。
子ども……ができたのだ。
エリザベートではない、他の女性との子どもが。
エリザベートには二度と持つことができない、自分の子どもが。
不意に窓辺に座ってルイの墓に話し掛けるエリザベートの姿が浮かんで息が詰まった。
「陛下!大丈夫ですか!!」
遠くから慌てた侍医長の声が聞こえ、外に出ていた侍従たちが駆け込んでくる。カールは一瞬気を失っていたらしい。
その後侍医長の診察を受ける間も百合の宮へ向かう馬車の中でも、浮かぶのはエリザベートにどう伝えれば良いのかという思いばかりだった。
「陛下!来てくださったんですね!!」
カールが部屋へ入るとルイザは弾けるような笑顔を見せた。
懐妊はルイザにとって間違いなく朗報だろう。座っていたソファから立ち上がり、足早に近づいてくる。
「侍医長からお聞きになりましたよね?春頃には生まれるそうですわ」
「………そうか」
カールは自分の口から漏れた声が酷く乾いていることに気がついていた。
エリザベートが懐妊した時はいつだって心が浮き立っていたのに、少しも喜びが湧いてこない。頭の中がぼんやりして夢の中の出来事を見ているようだ。
現実を受け入れるのを拒否しているのだろうか。
「………そなた、寝ていなくて良いのか」
ふと頭に浮かんだことを訊いてみた。
エリザベートが懐妊した時はいつも具合が悪そうで、ほとんど寝て過ごしていたのだ。それなのに何度も子が流れている。
だけどルイザは、いつもより元気そうに見えた。コルセットをつけない楽なワンピースを着ていなければ懐妊したとは信じられないくらいだ。
「妃殿下はまだ悪阻も始まっておりませんし、普段通りに過ごされても問題ございません。勿論体調に異変があればすぐに休んでいただきます」
「そういう、ものなのか」
イーネの言葉に呆然と頷く。
カールが知っている妊婦とは違いすぎてクラクラする。
「陛下。まだ膨らみはわかりませんが、触ってみませんか?」
ルイザがはしゃいだ様子でカールの腕を取り、腹に触れさせようとする。
それに気付いたカールは咄嗟に手を振り払っていた。
「きゃあっ!!」
ルイザの悲鳴が響く。
だけどカールは振り返ることなく部屋を飛び出した。
あれに触れてはいけない。
そんな強迫観念のようなものが押し寄せていた。
ルイザが懐妊するまで閨を続けなければならない。懐妊してもそれが王子とは限らないが、懐妊すれば一旦閨を止めることができる。
早く懐妊して欲しい。
最近はそればかりを考えていた。
その日は突然訪れた。
その日は妃の定期検診が行われる日で、特に問題がなければ報告書が届けられるだけだ。それなのに侍医長がカールの執務室を訪ずれたのだ。
エリザベートに何かあったのかと気色ばむカールに侍医長は静かに首を振った。
「側妃殿下がご懐妊されました」
「何………?」
それは待ちに待った報せのはずだった。
それなのにカールは大きな衝撃に襲われた。
子ども……ができたのだ。
エリザベートではない、他の女性との子どもが。
エリザベートには二度と持つことができない、自分の子どもが。
不意に窓辺に座ってルイの墓に話し掛けるエリザベートの姿が浮かんで息が詰まった。
「陛下!大丈夫ですか!!」
遠くから慌てた侍医長の声が聞こえ、外に出ていた侍従たちが駆け込んでくる。カールは一瞬気を失っていたらしい。
その後侍医長の診察を受ける間も百合の宮へ向かう馬車の中でも、浮かぶのはエリザベートにどう伝えれば良いのかという思いばかりだった。
「陛下!来てくださったんですね!!」
カールが部屋へ入るとルイザは弾けるような笑顔を見せた。
懐妊はルイザにとって間違いなく朗報だろう。座っていたソファから立ち上がり、足早に近づいてくる。
「侍医長からお聞きになりましたよね?春頃には生まれるそうですわ」
「………そうか」
カールは自分の口から漏れた声が酷く乾いていることに気がついていた。
エリザベートが懐妊した時はいつだって心が浮き立っていたのに、少しも喜びが湧いてこない。頭の中がぼんやりして夢の中の出来事を見ているようだ。
現実を受け入れるのを拒否しているのだろうか。
「………そなた、寝ていなくて良いのか」
ふと頭に浮かんだことを訊いてみた。
エリザベートが懐妊した時はいつも具合が悪そうで、ほとんど寝て過ごしていたのだ。それなのに何度も子が流れている。
だけどルイザは、いつもより元気そうに見えた。コルセットをつけない楽なワンピースを着ていなければ懐妊したとは信じられないくらいだ。
「妃殿下はまだ悪阻も始まっておりませんし、普段通りに過ごされても問題ございません。勿論体調に異変があればすぐに休んでいただきます」
「そういう、ものなのか」
イーネの言葉に呆然と頷く。
カールが知っている妊婦とは違いすぎてクラクラする。
「陛下。まだ膨らみはわかりませんが、触ってみませんか?」
ルイザがはしゃいだ様子でカールの腕を取り、腹に触れさせようとする。
それに気付いたカールは咄嗟に手を振り払っていた。
「きゃあっ!!」
ルイザの悲鳴が響く。
だけどカールは振り返ることなく部屋を飛び出した。
あれに触れてはいけない。
そんな強迫観念のようなものが押し寄せていた。
4
あなたにおすすめの小説
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜
紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。
しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。
私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。
近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。
泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。
私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
別に要りませんけど?
ユウキ
恋愛
「お前を愛することは無い!」
そう言ったのは、今日結婚して私の夫となったネイサンだ。夫婦の寝室、これから初夜をという時に投げつけられた言葉に、私は素直に返事をした。
「……別に要りませんけど?」
※Rに触れる様な部分は有りませんが、情事を指す言葉が出ますので念のため。
※なろうでも掲載中
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
冷たい王妃の生活
柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。
三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。
王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。
孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。
「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。
自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。
やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。
嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる