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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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カールに会いたいと何度も訴えていたルイザだったが、これまで直接行動に移したことはなかった。
公務を行う外宮の執務室へ押し掛けるのはおかしいとわかっていたし、歴代の妃たちが執務室に押し掛け、貴族たちの嘲笑を受けた話も聞いている。
そんな恥を晒すのは絶対に嫌だった。
だが鳳凰の宮へ行くのも躊躇われた。
カールは常に忙しいと言われていたし、そもそも妃は国王の訪れを待つものだ。自ら押し掛けるなんてはしたない。エリザベートならば絶対にやらないだろう。
そう思うとカールのところへ行きたいと言うこともできなかった。
実際にはカールが薔薇の宮で生活をしているのでエリザベートの元を訪れるかたちになっているが、もしエリザベートが鳳凰の宮を訪れてもカールは喜んで迎え入れるだろう。エリザベートもきちんと先触れを出したうえであれば、鳳凰の宮を訪ねることに抵抗はない。
そこのところ、ルイザはイーネに上手く誘導されていたといえる。
そのルイザが自らカールに会いに行くと決めた。
ミザリーも初めは躊躇っていたものの、ルイザの境遇に思うところがあったのだろう。すぐに協力してくれることになった。
百合の宮ではルイザよりもミザリーの方が自由に動くことができる。
ルイザに知られてまずいことは耳に入らないようにされているが、一緒に働く侍女たちの中で友達もできたし、休みの日に街に出ることもあった。
使用人仲間と交流し、内緒で外出したい時に協力してくれる御者とも知り合っていた。
「イーネ様に知られたら止められるかもしれません。御者に話をつけますので厩舎で待っていていただけますか?」
ミザリーの言葉にルイザは頷いた。
計画はこうだ。
ルイザが一人で出歩くことはできないのでまずは二人で厩舎へ行く。そこからミザリーが御者へ話に行くのでルイザは厩舎に隠れて待つ。ミザリーが鳳凰の宮へ行くとは言えないので、ルイザが御者と顔を合わせて鳳凰の宮へ行くよう頼むしかない。
「大丈夫です。こういったことに慣れている人ですから変に騒ぐことはないでしょう」
王宮で働く者が許可を得ずに外出するのは大問題だが、秘密の彼との逢瀬や人に知られたくない買い物へ行くのにこっそり外出する者がいるのだ。少しばかり駄賃を渡すことで協力してくれる。
ルイザは知らない世界だったが、他に方法がないのでミザリーの言う通りにするしかなかった。
厩舎への道は簡単だった。
何人かの侍女やメイドとすれ違ったが、堂々と歩いていたからだろうか。誰にも見咎められずに厩舎へ行くことができた。これまでのことからルイザが勝手な行動をとるとは思われていないのだろう。
厩舎もルイザにとっては馴染みのある場所だ。
余裕のない伯爵家では最低限の馬しか飼っていなかったが、学園にも行けず、どこかへ遊びに行くこともできない子どもたちにとって厩舎は格好の遊び場だった。伯爵家に比べればここは随分立派で馬の数も多いけれど、その分死角も多くある。
馬が怖いと感じないルイザにとって厩舎に隠れるのに問題はなく、むしろ居心地が良いと感じるほどだった。
しばらくしてやってきた御者はルイザを見て随分驚いていた。
ルイザがここに来てから馬車に乗ったのは、初めの日と晩餐会、そしてあの舞踏会の日だけである。それでも御者はルイザを知っているようだ。
そしてルイザの希望を聞いた御者は途端に慌てだした。
「ど、どうして鳳凰の宮に……?」
「陛下が王領へ行かれるでしょう。お見送りをしたいのよ」
「それは止められた方が………」
御者がちらりとミザリーを見る。
そして少しも止めようとしないミザリーの様子に伯爵家から来た侍女だと気づいた御者は諦めたような息をついた。
「何を見ても怒らないで下さいね。そしてわたしが鳳凰の宮へお連れしたことは一切口外しないでください」
御者は国王が薔薇の宮にいることを知っているのだ。そして他の者たちと同じくルイザを薔薇の宮に近づけないよう言われている。
だけど側妃に直接命じられたら拒否できるような立場ではなかった。
どうせ薔薇の宮と鳳凰の宮は隣り合って建っている。
今日は多くの騎士が集まっているし、そこまで行けばわかるだろう。
御者の言葉に怪訝な顔をする二人に、どこか投げやりな気持ちで御者は馬車の準備を始めた。
公務を行う外宮の執務室へ押し掛けるのはおかしいとわかっていたし、歴代の妃たちが執務室に押し掛け、貴族たちの嘲笑を受けた話も聞いている。
そんな恥を晒すのは絶対に嫌だった。
だが鳳凰の宮へ行くのも躊躇われた。
カールは常に忙しいと言われていたし、そもそも妃は国王の訪れを待つものだ。自ら押し掛けるなんてはしたない。エリザベートならば絶対にやらないだろう。
そう思うとカールのところへ行きたいと言うこともできなかった。
実際にはカールが薔薇の宮で生活をしているのでエリザベートの元を訪れるかたちになっているが、もしエリザベートが鳳凰の宮を訪れてもカールは喜んで迎え入れるだろう。エリザベートもきちんと先触れを出したうえであれば、鳳凰の宮を訪ねることに抵抗はない。
そこのところ、ルイザはイーネに上手く誘導されていたといえる。
そのルイザが自らカールに会いに行くと決めた。
ミザリーも初めは躊躇っていたものの、ルイザの境遇に思うところがあったのだろう。すぐに協力してくれることになった。
百合の宮ではルイザよりもミザリーの方が自由に動くことができる。
ルイザに知られてまずいことは耳に入らないようにされているが、一緒に働く侍女たちの中で友達もできたし、休みの日に街に出ることもあった。
使用人仲間と交流し、内緒で外出したい時に協力してくれる御者とも知り合っていた。
「イーネ様に知られたら止められるかもしれません。御者に話をつけますので厩舎で待っていていただけますか?」
ミザリーの言葉にルイザは頷いた。
計画はこうだ。
ルイザが一人で出歩くことはできないのでまずは二人で厩舎へ行く。そこからミザリーが御者へ話に行くのでルイザは厩舎に隠れて待つ。ミザリーが鳳凰の宮へ行くとは言えないので、ルイザが御者と顔を合わせて鳳凰の宮へ行くよう頼むしかない。
「大丈夫です。こういったことに慣れている人ですから変に騒ぐことはないでしょう」
王宮で働く者が許可を得ずに外出するのは大問題だが、秘密の彼との逢瀬や人に知られたくない買い物へ行くのにこっそり外出する者がいるのだ。少しばかり駄賃を渡すことで協力してくれる。
ルイザは知らない世界だったが、他に方法がないのでミザリーの言う通りにするしかなかった。
厩舎への道は簡単だった。
何人かの侍女やメイドとすれ違ったが、堂々と歩いていたからだろうか。誰にも見咎められずに厩舎へ行くことができた。これまでのことからルイザが勝手な行動をとるとは思われていないのだろう。
厩舎もルイザにとっては馴染みのある場所だ。
余裕のない伯爵家では最低限の馬しか飼っていなかったが、学園にも行けず、どこかへ遊びに行くこともできない子どもたちにとって厩舎は格好の遊び場だった。伯爵家に比べればここは随分立派で馬の数も多いけれど、その分死角も多くある。
馬が怖いと感じないルイザにとって厩舎に隠れるのに問題はなく、むしろ居心地が良いと感じるほどだった。
しばらくしてやってきた御者はルイザを見て随分驚いていた。
ルイザがここに来てから馬車に乗ったのは、初めの日と晩餐会、そしてあの舞踏会の日だけである。それでも御者はルイザを知っているようだ。
そしてルイザの希望を聞いた御者は途端に慌てだした。
「ど、どうして鳳凰の宮に……?」
「陛下が王領へ行かれるでしょう。お見送りをしたいのよ」
「それは止められた方が………」
御者がちらりとミザリーを見る。
そして少しも止めようとしないミザリーの様子に伯爵家から来た侍女だと気づいた御者は諦めたような息をついた。
「何を見ても怒らないで下さいね。そしてわたしが鳳凰の宮へお連れしたことは一切口外しないでください」
御者は国王が薔薇の宮にいることを知っているのだ。そして他の者たちと同じくルイザを薔薇の宮に近づけないよう言われている。
だけど側妃に直接命じられたら拒否できるような立場ではなかった。
どうせ薔薇の宮と鳳凰の宮は隣り合って建っている。
今日は多くの騎士が集まっているし、そこまで行けばわかるだろう。
御者の言葉に怪訝な顔をする二人に、どこか投げやりな気持ちで御者は馬車の準備を始めた。
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