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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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「お喜び下さい!王子殿下のご誕生です!!」
「っ!!そうか………っ!」
「陛下!おめでとうございます!!」
応接間に飛び込んできた侍女の言葉にカールは思わず立ち上がっていた。
マクレガー伯爵夫人も声を上げる。マクレガー伯爵夫人は予定通りやって来て、カールの話し相手をしながら報せを待っていたのだ。
マクレガー伯爵夫人は昨日自身が帰る時までカールが来ていないことを知っていた。
ルイザとカールの仲がうまくいっていないのも……いや、カールがルイザに関心を持っていないことも、ルイザとの関わりの中で気がついていた。
マクレガー伯爵夫人の世代ではカールとエリザベートの仲睦まじさは有名である。
ルイが哀しい結末を迎えた後、カールが側妃を迎えることを拒み、マクロイド公爵に王位を譲りたがっていたのも知られている。結局マクロイド公爵や重臣たちに押し切られて側妃を迎えることになったが、苦しい立場に立たされるのはわかっるので側妃になりたがる者はいなかった。
ルイザは誰もが嫌がる役目を押し付けられた生贄のようなものだ。
だからマクレガー伯爵夫人は乳母を引き受けた時、できる限りの忠誠を持って仕えようと決めていた。
結局ルイザは案じられた通り形だけの側妃になってしまっている。
カールは子どもにも興味がないようだ。父親の愛を知らずに成長することになるのかもしれない。
そう案じていた伯爵夫人は、子の誕生を喜ぶカールを見て嬉しかった。
「それではマクレガー伯爵夫人は一緒にいらして下さい」
子の乳母である伯爵夫人は先に産屋へ向かう。初めての乳を含ませるのはルイザだが、その後は伯爵夫人が面倒を見るのだ。カールが子に会えるのはルイザが寝室へ戻ってからで、もうしばらく待たなければならない。
マクレガー伯爵夫人が侍女について応接間を出ていくとカールはドサリとソファへ座った。
「王子か……。そうか、王子か………」
カールは両手で顔を覆い、掠れた声を漏らした。
侍女たちはカールが喜びに打ち震えていると思っているだろう。
子の誕生を喜ぶ気持ちは嘘ではない。だけど同時に湧き上がってきたのは、もうルイザを抱かなくてすむという安堵だった。
カールがルイザの寝室に呼ばれたのはそれから一時間ほど経ってからである。
「陛下!来てくださったんですね!」
カールが部屋に入るとルイザの嬉しそうな声が聞こえた。
ベッドにいるルイザは背中にクッションを積み上げてぐったり寄り掛かっているが表情は輝いている。母となった女性の強さなのかもしれない。
そのルイザの近くでマクレガー伯爵夫人が赤子を抱いて立っている。
「陛下。可愛い王子殿下でございます。お顔を見てあげて下さいませ」
そう言われて、カールはベッドの方へよろよろと近づいた。
白いおくるみに包まれた赤子は金色のふわふわな髪をして青色の目をぱっちり開いている。
間違いなくカールと同じ王家の色だ。
薄く透けた髪が本当に綿毛のように見えて、思わず赤子のふわふわの髪へ手を伸ばした。
柔らかな感触に思わず頬が緩む。
「可愛い……」
手のひらに赤子特有の高い体温が伝わってくる。
本能的な愛しさが込み上げてきて何も考えられなくなっていた。
「陛下、お抱きになりますか?」
伯爵夫人の言葉につられて無意識に子を抱こうとしたその時。
「あっ!」
赤子の大きな声がして、カールはハッとして腕を引いていた。
そのまま2・3歩後ずさる。
「陛下?!」
「陛下?!どこへ行くのです?!」
ルイザとマクレガー伯爵夫人の慌てた声を背に、気がつけば部屋を飛び出していた。
そのまま走り続け、馬車に飛び乗る。
訳がわからず慌てる御者にとにかくここを離れるようにきつく命じていた。
可愛い、可愛い、可愛いーーー。
頭を抱えるカールに先程触れたばかりの感触が蘇ってくる。
湧き上がる愛しさに身を震わせる。
カールは再び宝を手にすることができた。
エリザベートが二度と手に入れることのできない宝物ーーー。
襲ってきたのは途轍もない罪悪感だった。
「っ!!そうか………っ!」
「陛下!おめでとうございます!!」
応接間に飛び込んできた侍女の言葉にカールは思わず立ち上がっていた。
マクレガー伯爵夫人も声を上げる。マクレガー伯爵夫人は予定通りやって来て、カールの話し相手をしながら報せを待っていたのだ。
マクレガー伯爵夫人は昨日自身が帰る時までカールが来ていないことを知っていた。
ルイザとカールの仲がうまくいっていないのも……いや、カールがルイザに関心を持っていないことも、ルイザとの関わりの中で気がついていた。
マクレガー伯爵夫人の世代ではカールとエリザベートの仲睦まじさは有名である。
ルイが哀しい結末を迎えた後、カールが側妃を迎えることを拒み、マクロイド公爵に王位を譲りたがっていたのも知られている。結局マクロイド公爵や重臣たちに押し切られて側妃を迎えることになったが、苦しい立場に立たされるのはわかっるので側妃になりたがる者はいなかった。
ルイザは誰もが嫌がる役目を押し付けられた生贄のようなものだ。
だからマクレガー伯爵夫人は乳母を引き受けた時、できる限りの忠誠を持って仕えようと決めていた。
結局ルイザは案じられた通り形だけの側妃になってしまっている。
カールは子どもにも興味がないようだ。父親の愛を知らずに成長することになるのかもしれない。
そう案じていた伯爵夫人は、子の誕生を喜ぶカールを見て嬉しかった。
「それではマクレガー伯爵夫人は一緒にいらして下さい」
子の乳母である伯爵夫人は先に産屋へ向かう。初めての乳を含ませるのはルイザだが、その後は伯爵夫人が面倒を見るのだ。カールが子に会えるのはルイザが寝室へ戻ってからで、もうしばらく待たなければならない。
マクレガー伯爵夫人が侍女について応接間を出ていくとカールはドサリとソファへ座った。
「王子か……。そうか、王子か………」
カールは両手で顔を覆い、掠れた声を漏らした。
侍女たちはカールが喜びに打ち震えていると思っているだろう。
子の誕生を喜ぶ気持ちは嘘ではない。だけど同時に湧き上がってきたのは、もうルイザを抱かなくてすむという安堵だった。
カールがルイザの寝室に呼ばれたのはそれから一時間ほど経ってからである。
「陛下!来てくださったんですね!」
カールが部屋に入るとルイザの嬉しそうな声が聞こえた。
ベッドにいるルイザは背中にクッションを積み上げてぐったり寄り掛かっているが表情は輝いている。母となった女性の強さなのかもしれない。
そのルイザの近くでマクレガー伯爵夫人が赤子を抱いて立っている。
「陛下。可愛い王子殿下でございます。お顔を見てあげて下さいませ」
そう言われて、カールはベッドの方へよろよろと近づいた。
白いおくるみに包まれた赤子は金色のふわふわな髪をして青色の目をぱっちり開いている。
間違いなくカールと同じ王家の色だ。
薄く透けた髪が本当に綿毛のように見えて、思わず赤子のふわふわの髪へ手を伸ばした。
柔らかな感触に思わず頬が緩む。
「可愛い……」
手のひらに赤子特有の高い体温が伝わってくる。
本能的な愛しさが込み上げてきて何も考えられなくなっていた。
「陛下、お抱きになりますか?」
伯爵夫人の言葉につられて無意識に子を抱こうとしたその時。
「あっ!」
赤子の大きな声がして、カールはハッとして腕を引いていた。
そのまま2・3歩後ずさる。
「陛下?!」
「陛下?!どこへ行くのです?!」
ルイザとマクレガー伯爵夫人の慌てた声を背に、気がつけば部屋を飛び出していた。
そのまま走り続け、馬車に飛び乗る。
訳がわからず慌てる御者にとにかくここを離れるようにきつく命じていた。
可愛い、可愛い、可愛いーーー。
頭を抱えるカールに先程触れたばかりの感触が蘇ってくる。
湧き上がる愛しさに身を震わせる。
カールは再び宝を手にすることができた。
エリザベートが二度と手に入れることのできない宝物ーーー。
襲ってきたのは途轍もない罪悪感だった。
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