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3章 〜過去 正妃と側妃〜
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案内されたのは当に愛される子どもの為の部屋だった。
壁は明るい草色で塗られ、色とりどりの花が描かれている。温かみのある木製のベビーベッドや木馬、角が丸く作られた背の低いチェストやその上に並べられた沢山のぬいぐるみも、子の誕生を待つ母親の愛情が溢れている。
カールの脳裏に浮かんだのは未だ片付けられていないルイの部屋だった。
ルイはもうすぐ4歳になろうとしていたのでベビーベッドは片付けられ、子ども用のベッドが置かれていた。木馬やガラガラの代わりに積み木や絵本、お絵かきをする為のテーブルと子ども用の小さな椅子がある。
だけどそんな違いは細やかなもので、この愛情に溢れた部屋の奥から今にもルイの笑い声が聞こえてきそうな気がしてカールは目眩がした。
「陛下!大丈夫ですか?」
カールの顔色が悪いことに気づかたイーネが声を上げる。
カールは答えることができずにふらふらと部屋を出た。
部屋を出る直前、ベビーベッドの足元に置かれたエメラルドのブランケットが目に入った。それはカールが唯一我が子の為に選んだものだった。
「……乳母はどうしている?」
応接間に戻ったカールは気を落ち着かせる為に温かいハーブティーを飲んでいた。
傍にはイーネが控え、話し相手になっている。カールが選んだ優秀な侍女頭だ。
「妃殿下が産気づかれてからすぐにいらっしゃいましたが、日が落ちてから一旦お邸に帰られました。朝食を終えたらまたいらっしゃることになっています」
「……そうか。夜中だったな」
子の乳母はカールが選んでいた。マクレガー伯爵夫人で半年ほど前に次男を産んでいる。
乳母はその家によって住み込みの者を雇うかと通いの者を雇うか分かれるが、カールは乳母を選ぶ時に百合の宮へ住み込めることを条件とした。ルイザの子をあまり社交界の話題にしないように行動を制限したかったのだ。
カールがマクレガー伯爵に打診した時、伯爵は妻を住み込みで働かせることに難色を示した。
だが最近伯爵家の事業が上手くいっておらず、副収入を必要としていた。跡継ぎである嫡男と次男の歳が離れていたのも良かったのだろう。10歳になる嫡男は教育が進み、家の状態も何となく把握していたので母と離れて暮らすことも仕方がないと受け入れられた。
それに王の子の乳母になるというのはそれだけで利益になる。
伯爵家が国王に信頼されているという証になるし、長男も次男も成長すれば王の子の乳兄弟として宮廷で高い地位を得ることができるだろう。子が王子であれば息子が王太子の側近になれるかもしれない。マクレガー伯爵家としてはこの申し出を断る理由がなかった。
とはいえ伯爵夫人も利益ばかりを見ていたわけではない。元々子ども好きの優しい人柄である。
伯爵夫人は乳母に決まってから足繁く百合の宮へ通い、ルイザにとっても年の離れた姉のような存在になっていた。実の母にも頼れなかったルイザは妊娠による体調不良や出産に関する不安を経験者である夫人に聞いてもらうことで乗り越えたのだ。子ども部屋のチェストの中には生まれてくる王子か王女の為に夫人が編んだ帽子や靴下も沢山仕舞われている。
それからカールはイーネと時々言葉を交わし、ソファに凭れて仮眠を取りながら朝を迎えた。
産屋から喜んだ侍女が飛び出してきたのは昼過ぎのことだった。
壁は明るい草色で塗られ、色とりどりの花が描かれている。温かみのある木製のベビーベッドや木馬、角が丸く作られた背の低いチェストやその上に並べられた沢山のぬいぐるみも、子の誕生を待つ母親の愛情が溢れている。
カールの脳裏に浮かんだのは未だ片付けられていないルイの部屋だった。
ルイはもうすぐ4歳になろうとしていたのでベビーベッドは片付けられ、子ども用のベッドが置かれていた。木馬やガラガラの代わりに積み木や絵本、お絵かきをする為のテーブルと子ども用の小さな椅子がある。
だけどそんな違いは細やかなもので、この愛情に溢れた部屋の奥から今にもルイの笑い声が聞こえてきそうな気がしてカールは目眩がした。
「陛下!大丈夫ですか?」
カールの顔色が悪いことに気づかたイーネが声を上げる。
カールは答えることができずにふらふらと部屋を出た。
部屋を出る直前、ベビーベッドの足元に置かれたエメラルドのブランケットが目に入った。それはカールが唯一我が子の為に選んだものだった。
「……乳母はどうしている?」
応接間に戻ったカールは気を落ち着かせる為に温かいハーブティーを飲んでいた。
傍にはイーネが控え、話し相手になっている。カールが選んだ優秀な侍女頭だ。
「妃殿下が産気づかれてからすぐにいらっしゃいましたが、日が落ちてから一旦お邸に帰られました。朝食を終えたらまたいらっしゃることになっています」
「……そうか。夜中だったな」
子の乳母はカールが選んでいた。マクレガー伯爵夫人で半年ほど前に次男を産んでいる。
乳母はその家によって住み込みの者を雇うかと通いの者を雇うか分かれるが、カールは乳母を選ぶ時に百合の宮へ住み込めることを条件とした。ルイザの子をあまり社交界の話題にしないように行動を制限したかったのだ。
カールがマクレガー伯爵に打診した時、伯爵は妻を住み込みで働かせることに難色を示した。
だが最近伯爵家の事業が上手くいっておらず、副収入を必要としていた。跡継ぎである嫡男と次男の歳が離れていたのも良かったのだろう。10歳になる嫡男は教育が進み、家の状態も何となく把握していたので母と離れて暮らすことも仕方がないと受け入れられた。
それに王の子の乳母になるというのはそれだけで利益になる。
伯爵家が国王に信頼されているという証になるし、長男も次男も成長すれば王の子の乳兄弟として宮廷で高い地位を得ることができるだろう。子が王子であれば息子が王太子の側近になれるかもしれない。マクレガー伯爵家としてはこの申し出を断る理由がなかった。
とはいえ伯爵夫人も利益ばかりを見ていたわけではない。元々子ども好きの優しい人柄である。
伯爵夫人は乳母に決まってから足繁く百合の宮へ通い、ルイザにとっても年の離れた姉のような存在になっていた。実の母にも頼れなかったルイザは妊娠による体調不良や出産に関する不安を経験者である夫人に聞いてもらうことで乗り越えたのだ。子ども部屋のチェストの中には生まれてくる王子か王女の為に夫人が編んだ帽子や靴下も沢山仕舞われている。
それからカールはイーネと時々言葉を交わし、ソファに凭れて仮眠を取りながら朝を迎えた。
産屋から喜んだ侍女が飛び出してきたのは昼過ぎのことだった。
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