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お母様
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「それで? わたしがあなたの実の娘だとして、いったいなにが目的なのかしら? いまこのタイミングで、そのことを明かしたのはいったいなぜなの?」
わたしが宰相の娘だという真偽はともかく、彼の目的を知りたい。
それから、さっさとこの場を去りたい。
正直、彼との会話はなにもかもが不愉快でしかない。
シルヴェストル侯爵家のみんなのことが気になる。
侯爵とお父様は、侯爵家に帰ったかしら?
だとすると、宰相が雇ったごろつきどもと鉢合わせしたかしら?
(お父様が、ほんとうのお父様じゃない?)
やはり、そんな戯言は信じられない。
「おまえがあれを持っていたところで、なんの価値もない。だったら、価値の発揮出来るおれが持つべき。だろう?」
宰相は、立ち上がると葡萄酒を注ぎに行って戻ってきた。
やはり、わたしには勧めてくれないらしい。
わたしは、レモン水で充分というわけね。
「おまえの母親は、この大陸一の美女だった。それなのに、おまえときたら、大陸一のちんちくりんだからな」
宰相の回想録が始まったみたいだけど、冒頭ですでに三文作品であることが知れた。
「まぁ、それは仕方のないこと。そのおまえの母親は、皇女だったんだ。このセネヴィル王国のではない。隣国ぺルグラン帝国のだ。友好か、はたまた人質か、とにかく政略結婚の道具として、当時の王太子、つまりいまの国王の正妃として嫁いできた。が、王太子にはいまの正妃が婚約者としていたんだ。それはもうドロドロの状態でな。しかも、王太子本人が優柔不断だし気が弱すぎた。結局、うまくいかなかった。かといって、嫁いできた皇女を帰すわけにもいかん。そこで、おれがもらってやることにしたんだ。当時、おれはこのプランタード公爵家の当主の座と宰相の地位を継いだばかりで勢いがあったからな。しかも、そこそこの美男子で性格もいいときている。三大公爵家の筆頭だし、宰相とくれば申し分なさすぎる」
彼は得々と囀っている。だから、勝手にさせておくことにする。
「が、おまえの母親は、じつに気の強いレディだった。こちらがどれだけ尽くそうが傅こうが、まったく受け入れん。それは、おまえができてからもかわらなかった。しかし、実弟のタクとは気が合っているようだった。仲がよかった。ふたりは出来ていたに違いない」
宰相のあらぬ推測にカッときたけれど、言葉と怒りを飲み込んだ。
「だから、タクに譲ってやったんだ」
彼は、まるでお気に入りの玩具のようにサラッと言った。
飲み込みかけた言葉と怒りが、グググッとせり上がってくる。
が、もうかかわりあいたくない。
彼は、侯爵やお父様やお母様やわたしとは違う。違う世界に生きる人。
そう考えると怒りではなく、倦怠感に襲われ始めた。
(疲れたわ。とにかく、侯爵のところに帰りたい)
素直にそう切望してしまう。
(それに……)
お母様は、ぺルグラン帝国の刺客によって殺されたとお父様からきいている。理由は、外交のもつれ。お父様を狙っただけでなく、わたしたち家族をも狙ったからである。わたしは、運よくお母様に助けられた。お母様が、馬車が崖に落ちる寸前にわたしを馬車内から突き飛ばしたのだ。わたしは無事だった。しかし、お母様は死んでしまった。
お母様の死は、お父様とわたしの心をこれでもかというほど傷つけた。いいえ。いまでもそう。傷を負ったまま治る見込みはない。
お父様とわたし。おたがいがいなければ、ふたりともとっくの昔に心が折れ、生きていなかったかもしれない。
お父様の言うことも宰相の言うことも信じるとすれば、ぺルグラン帝国の皇女であるお母様を祖国が殺したことになる。
まず、そこが疑わしい。いくら外交でトラブルがあったとしても、ぺルグラン帝国の皇族が身内を殺すなんてこと、ありえるかしら?
わたしが宰相の娘だという真偽はともかく、彼の目的を知りたい。
それから、さっさとこの場を去りたい。
正直、彼との会話はなにもかもが不愉快でしかない。
シルヴェストル侯爵家のみんなのことが気になる。
侯爵とお父様は、侯爵家に帰ったかしら?
だとすると、宰相が雇ったごろつきどもと鉢合わせしたかしら?
(お父様が、ほんとうのお父様じゃない?)
やはり、そんな戯言は信じられない。
「おまえがあれを持っていたところで、なんの価値もない。だったら、価値の発揮出来るおれが持つべき。だろう?」
宰相は、立ち上がると葡萄酒を注ぎに行って戻ってきた。
やはり、わたしには勧めてくれないらしい。
わたしは、レモン水で充分というわけね。
「おまえの母親は、この大陸一の美女だった。それなのに、おまえときたら、大陸一のちんちくりんだからな」
宰相の回想録が始まったみたいだけど、冒頭ですでに三文作品であることが知れた。
「まぁ、それは仕方のないこと。そのおまえの母親は、皇女だったんだ。このセネヴィル王国のではない。隣国ぺルグラン帝国のだ。友好か、はたまた人質か、とにかく政略結婚の道具として、当時の王太子、つまりいまの国王の正妃として嫁いできた。が、王太子にはいまの正妃が婚約者としていたんだ。それはもうドロドロの状態でな。しかも、王太子本人が優柔不断だし気が弱すぎた。結局、うまくいかなかった。かといって、嫁いできた皇女を帰すわけにもいかん。そこで、おれがもらってやることにしたんだ。当時、おれはこのプランタード公爵家の当主の座と宰相の地位を継いだばかりで勢いがあったからな。しかも、そこそこの美男子で性格もいいときている。三大公爵家の筆頭だし、宰相とくれば申し分なさすぎる」
彼は得々と囀っている。だから、勝手にさせておくことにする。
「が、おまえの母親は、じつに気の強いレディだった。こちらがどれだけ尽くそうが傅こうが、まったく受け入れん。それは、おまえができてからもかわらなかった。しかし、実弟のタクとは気が合っているようだった。仲がよかった。ふたりは出来ていたに違いない」
宰相のあらぬ推測にカッときたけれど、言葉と怒りを飲み込んだ。
「だから、タクに譲ってやったんだ」
彼は、まるでお気に入りの玩具のようにサラッと言った。
飲み込みかけた言葉と怒りが、グググッとせり上がってくる。
が、もうかかわりあいたくない。
彼は、侯爵やお父様やお母様やわたしとは違う。違う世界に生きる人。
そう考えると怒りではなく、倦怠感に襲われ始めた。
(疲れたわ。とにかく、侯爵のところに帰りたい)
素直にそう切望してしまう。
(それに……)
お母様は、ぺルグラン帝国の刺客によって殺されたとお父様からきいている。理由は、外交のもつれ。お父様を狙っただけでなく、わたしたち家族をも狙ったからである。わたしは、運よくお母様に助けられた。お母様が、馬車が崖に落ちる寸前にわたしを馬車内から突き飛ばしたのだ。わたしは無事だった。しかし、お母様は死んでしまった。
お母様の死は、お父様とわたしの心をこれでもかというほど傷つけた。いいえ。いまでもそう。傷を負ったまま治る見込みはない。
お父様とわたし。おたがいがいなければ、ふたりともとっくの昔に心が折れ、生きていなかったかもしれない。
お父様の言うことも宰相の言うことも信じるとすれば、ぺルグラン帝国の皇女であるお母様を祖国が殺したことになる。
まず、そこが疑わしい。いくら外交でトラブルがあったとしても、ぺルグラン帝国の皇族が身内を殺すなんてこと、ありえるかしら?
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