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まだ見ぬ夫が帰ってくるですって?
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「旦那様がお戻りになられるそうです」
「はい? お戻りってどこに?」
尋ねてから気がついた。
お戻りって、この屋敷に決まっているじゃない、と。
まだ見ぬ夫がついに戻ってくるらしい。
というか、やっと会えるらしい。
モルガンに頼み、まだ見ぬ夫の帰宅を周知してもらった。
すると、ラングラン侯爵家が全体的に緊張に包まれた。
ピリピリ、というわけではない。だけど、暗いというか不安気というか、そういう雰囲気になっている。
「会ったことがないのです。ですから、わかりません。管理人のマルスランさんから、旦那様の小さい頃の話はきいていますが。ですが、そんな小さいときのことなんて参考になりませんよね。いまはすっかりかわってしまっているでしょうから」
メイドのロマーヌ・ピエルネが言った。
彼女は、赤毛をおさげにしていてとても可愛らしい。彼女のピエルネ家は、代々ラングラン侯爵家で勤めているらしい。子どもの頃から母親といっしょに働いていて、母親が引退したいまでも住み込みで働いている。母親はすぐ近くの町で長男夫婦と暮らしていて、慈善病院の手伝いをしてくれている。
ロマーヌは、とにかく面白い。いろいろな意味で面白すぎる。彼女の明るすぎる性格とお茶目な行動にどれだけ救われているか。彼女を見ていると、いつも元気をもらえる。
誤解のないようにいうと、ロマーヌはムードメーカーだからといってけっして仕事が出来ないわけではない。ちょっとだけおっちょこちょいで、ちょっとだけ独りよがりで、ちょっとだけ勘違いしてしまう。それだけである。
「そうなのです。ですから、アイ様のお役には立てないのです。申し訳ありません」
もうひとりのメイドのヴェロニク・ポネットが言った。
彼女は、金髪碧眼。サラッサラの金髪をうしろでひとつにまとめている。とにかく彼女は美しい。美しいけれど、残念ながら自分ではそれに気がついていない。機転がきく上に要領がよく、さらには完璧主義。迅速丁寧な仕事ぶりは、見習わねばならないといつも感心させられる。
とはいえ、彼女はそれを鼻にかけるわけではない。優秀な仕事っぷりについてもまた、彼女は気がついていないようだから。
とにかく、ラングラン侯爵家のこのふたりのメイドたちと仲良くしてもらっている。支えてもらい、助けてもらっている。
だからこそ、わたしはここにいられるのかもしれない。
ことあるごとに、ふたりに感謝してしまう。
まだ見ぬ夫のことを周知してもらった後、そのふたりに尋ねてみたのである。
まだ見ぬ夫がどんな人なのかを。
わたしが彼に一度も会ったことがないことを、だれもが知っている。尋ねてもなんらおかしくはない。
そして、回答を得た。
さっぱりわからない、ということを。
わたし同様一度も会ったことがないのだから、当然である。
執事のモルガンや管理人のマルスランに尋ねても、「坊ちゃんはずっと帝都にいたのです。軍の幼年学校から軍へ。ここに帰ってきたことはありません」と口を揃えて言う。
マルスランは、会ったことはあるけれどあくまでも「坊ちゃん」だった頃のこと。ロマーヌの言う通り、そんな幼い頃といまがまったく同じということは考えられない。しかも、マルスランは「おとなしい坊ちゃん」程度にしか記憶にない。
つまり、結局はだれにもわからないのである。
(ということは、あれこれ想像するしかないわけね)
と、いうことかしら?
とはいえ、最初のあの手紙から、とにかくわたしのことが嫌い、もしくは気に入らないことだけは確かなこと。これだけは揺るぎようのない事実。
まっ、いいんのではないかしら。
たとえ戻ってきたとしても、彼は彼、わたしはわたしで好きなようにしておけば。それが彼の要望だし。
接点がなければ、物理的に近くても関係ない、はず。
「はじめまして」の挨拶だけして、あとはいつも通りすごすことにしよう。
そう決めると、すこしは気がラクになった気がする。
そうしてあっという間にときがすぎ、彼が帰ってきた。
まだ見ぬ夫が、屋敷に帰ってきたのである。
「はい? お戻りってどこに?」
尋ねてから気がついた。
お戻りって、この屋敷に決まっているじゃない、と。
まだ見ぬ夫がついに戻ってくるらしい。
というか、やっと会えるらしい。
モルガンに頼み、まだ見ぬ夫の帰宅を周知してもらった。
すると、ラングラン侯爵家が全体的に緊張に包まれた。
ピリピリ、というわけではない。だけど、暗いというか不安気というか、そういう雰囲気になっている。
「会ったことがないのです。ですから、わかりません。管理人のマルスランさんから、旦那様の小さい頃の話はきいていますが。ですが、そんな小さいときのことなんて参考になりませんよね。いまはすっかりかわってしまっているでしょうから」
メイドのロマーヌ・ピエルネが言った。
彼女は、赤毛をおさげにしていてとても可愛らしい。彼女のピエルネ家は、代々ラングラン侯爵家で勤めているらしい。子どもの頃から母親といっしょに働いていて、母親が引退したいまでも住み込みで働いている。母親はすぐ近くの町で長男夫婦と暮らしていて、慈善病院の手伝いをしてくれている。
ロマーヌは、とにかく面白い。いろいろな意味で面白すぎる。彼女の明るすぎる性格とお茶目な行動にどれだけ救われているか。彼女を見ていると、いつも元気をもらえる。
誤解のないようにいうと、ロマーヌはムードメーカーだからといってけっして仕事が出来ないわけではない。ちょっとだけおっちょこちょいで、ちょっとだけ独りよがりで、ちょっとだけ勘違いしてしまう。それだけである。
「そうなのです。ですから、アイ様のお役には立てないのです。申し訳ありません」
もうひとりのメイドのヴェロニク・ポネットが言った。
彼女は、金髪碧眼。サラッサラの金髪をうしろでひとつにまとめている。とにかく彼女は美しい。美しいけれど、残念ながら自分ではそれに気がついていない。機転がきく上に要領がよく、さらには完璧主義。迅速丁寧な仕事ぶりは、見習わねばならないといつも感心させられる。
とはいえ、彼女はそれを鼻にかけるわけではない。優秀な仕事っぷりについてもまた、彼女は気がついていないようだから。
とにかく、ラングラン侯爵家のこのふたりのメイドたちと仲良くしてもらっている。支えてもらい、助けてもらっている。
だからこそ、わたしはここにいられるのかもしれない。
ことあるごとに、ふたりに感謝してしまう。
まだ見ぬ夫のことを周知してもらった後、そのふたりに尋ねてみたのである。
まだ見ぬ夫がどんな人なのかを。
わたしが彼に一度も会ったことがないことを、だれもが知っている。尋ねてもなんらおかしくはない。
そして、回答を得た。
さっぱりわからない、ということを。
わたし同様一度も会ったことがないのだから、当然である。
執事のモルガンや管理人のマルスランに尋ねても、「坊ちゃんはずっと帝都にいたのです。軍の幼年学校から軍へ。ここに帰ってきたことはありません」と口を揃えて言う。
マルスランは、会ったことはあるけれどあくまでも「坊ちゃん」だった頃のこと。ロマーヌの言う通り、そんな幼い頃といまがまったく同じということは考えられない。しかも、マルスランは「おとなしい坊ちゃん」程度にしか記憶にない。
つまり、結局はだれにもわからないのである。
(ということは、あれこれ想像するしかないわけね)
と、いうことかしら?
とはいえ、最初のあの手紙から、とにかくわたしのことが嫌い、もしくは気に入らないことだけは確かなこと。これだけは揺るぎようのない事実。
まっ、いいんのではないかしら。
たとえ戻ってきたとしても、彼は彼、わたしはわたしで好きなようにしておけば。それが彼の要望だし。
接点がなければ、物理的に近くても関係ない、はず。
「はじめまして」の挨拶だけして、あとはいつも通りすごすことにしよう。
そう決めると、すこしは気がラクになった気がする。
そうしてあっという間にときがすぎ、彼が帰ってきた。
まだ見ぬ夫が、屋敷に帰ってきたのである。
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