王人

神田哲也(鉄骨)

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閑話

閑話 「戦友」

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~side ヴィルホ

 俺の名前はヴィルホ。しがない傭兵だ。
 いや、……だった。というほうが正しいな。
 今はこのレイナル領で大将なんて大層な名前で呼ばれている。

 あいつと出会ったのは、そう、あのときだ。
 はじめはなんだか自信満々のクソガキだと思っていたんだがなあ。



「おい、そこのでっかいの!」
「……あ?」

 振り向くとそこにはまだ成人したてかそこらの、やたら生意気そうなガキがいた。
 王国の鎧を着ているってことは正規兵なんだろう。
 だが、よく見れば傷だらけのその鎧は、けしてこいつが戦の後方でぬくぬくしているようなタマではないことを証明していた。

「アンタ、強そうだな! 俺と勝負しろよ!」

 そう、アイツはいきなり決闘を申し込んできやがったんだ。
 こちとら遠征帰りで荷物も背負ったまんまだってのにだ。

「失せろ。ガキの相手してる暇はねえんだ」

 俺はジロリと睨み、低い声で脅すように言った。
 俺の眼光とドスのきいた声にひるむ奴はいねえ。
 だがアイツにはきかなかった。

「ガキじゃねえよ。ちゃんと昨日14歳になったんだ! ガキじゃねえ! って、痛え!?」

 14歳なんてガキじゃねえか。
 少なくともこの国じゃ15歳が成人のはずだ。
 俺は何もわかっちゃいねえガキを殴りつけてサッサとその場を後にした。

 だけどアイツは次の日もやってきた。
 その次の日もやってきた。
 そのまた次の日も。
 行軍で全員が疲れていたって、こっちが前線で体張ったあと、血と泥にまみれて殺気立っていたってお構いなしだ。

 毎回殴って追い返していたんだが段々それも面倒になってきて、一回だけならいいか。と思ってしまったのがダメだった。一回痛い目を見ればあきらめるとそのときは思ったんだが、アイツを舐めていた。

「もう一回だ!」
「てめえ、いい加減にしろ! こっちは疲れてんだ!」
「いいじゃねえか。減るもんじゃないし」
「減るわ! 俺の体力が!」
「おっさん、疲れてるのか?」
「どこかのクソガキのせいでな。あと俺はおっさんじゃねえ!」
「今日の小競り合いくらいでへばってるのかよ。やっぱりおっさんじゃねえか」
「なんだとクソガキ!」
「仕方ねえ。おっさんを労わるのも若者の務めってやつだし、今日は勘弁してやるよ」
「てめえ。どの口で言ってやがる! いいだろう、やってやる!」
「よっしゃ! やる気になってきたな! もう一回だ!」
「足腰立てねえようにしてやるよ!」
「はっ! やってみやがれ!」

 今思えば、アイツのペースにまんまと乗せられていたな。

 そんなやり取りで相手をしてやってるうちに、アイツは次第に実力をつけていった。
 一回の勝負も十秒が二十秒に。二十秒が三十秒に。三十秒が一分に。段々に長くなっていった。
 ひと月もたつ頃にゃ、ヒヤッとさせられることも多くなり、ギャラリー共に賭けを楽しませるくらいになった。

 そこであの遠征だ。



「これより我らは、イサワトスを攻める!」

 その貴族の言った言葉に、誰もが耳を疑った。

「それは今ここにいる俺たちの部隊だけでか?」

 どこかの傭兵団長が質問する。

「そうだ!」

 無茶だ。俺たちの部隊は王国の正規兵と俺たち傭兵部隊をあわせてもせいぜい1000人がいいところ。
 そんなんであのイサワトスを攻めるなんざ、自殺行為に等しい。

 イサワトスは難攻不落の天然要塞だ。
 左右に延々と続く高くそびえる切り立った岩壁と、岩壁に作られた要塞は堅牢で法術もまともに通じやしねえ。
 地面は固く、大きな岩も木も草もない。地面に穴を掘ることも、木で身を隠すこともできん。
 岩壁を迂回しようにしても東側には大きな運河があり、船がなければ渡れない。それも二日は行軍しなきゃなんねえ。
 そして西側には海だ。これまた三日はかかる距離で大きな森が広がっている。しかもその森には魔獣が住んでいるっていう話だし、たとえ軍団規模の人数であっても入るやつはいねえだろう。

「俺たちに死ねっていうのか!?」
「そうだ! こんな人数で落とせるわけがないだろう!」

 次々に声が上がる。
 そもそも体張るのは俺たち傭兵だ。
 正規兵でも平民あがりのアイツらの部隊は前線に出ることが度々あったが、この貴族が率いる部隊は後方で指図するだけだ。前線に立つ奴らの中で不満はたまっていた。
 そこにきて王国の師団、軍団規模の部隊を投入しても落とせるかわからないような要塞の攻略。いままでの鬱憤が噴出すのを誰も止められない。

 そんな中、その貴族がとった行動は、粛清だった。

「そもそも俺たちばかりが前線に立って、お前らは――っ!?」

 いきり立って今にも貴族につかみかかろうとした男はもんどりうって倒れる。
 その男の胸にはボウガンの矢が深く突き刺さっていた。

「貴様ら傭兵は、契約通りに我らに従っておれば良いのだ! 逆らうものは軍規を侵したとして処刑する!」

 俺たちを囲むのは、ボウガンを構えた貴族の私兵ども。
 俺たちは何も言えなくなって、黙り込むしかなかった。

 脱走者は当然出た。
 しかし貴族の部下の法術使いに察知され、誰一人として無事に逃げ出せたやつはいなかった。



 一週間後、イサワトス攻略は決行された。

 士気は最悪だった。
 突撃の号令を待つ俺たちのそこかしこでカチカチと鎧が鳴っていた。武者震いなんかじゃあなかった。
 何故かいつもは後方に待機しているはずの正規兵の部隊が全線にいたのを覚えている。
 アイツも、その中に混じっていた。

 突撃の号令が下った。
 必死で要塞に突撃した。
 しかし、要塞から降り注ぐ岩と矢の雨に隣を走っていた仲間がどんどんと倒れていく。
 要塞まで半分も進んだところですでに仲間の数は半分以下になっちまっていた。 

 要塞まであと半分というところで岩と矢の雨は止み、かわりに待機していた敵の部隊が動きだす。
 敵の先陣は重厚な装備の騎馬兵ども。
 勝てるわけがなかった。

 馬上の敵にはなかなか剣は届かない。届いても奴らの厚い装甲に弾かれる。
 仲間が吹き飛ばされ、潰されていく中、俺は生き残るために剣をふるった。

 血しぶきと土埃の舞う戦場で何度となく剣をふるった。
 仲間が逃げ出す。それを助ける為に、剣をふるった。
 走りながら剣をふるった。
 蹲りながら剣をふるった。
 片手が使いもんにならなくなっても剣をふるった。
 剣をふるい続けた。

 そんな中、近くで踏ん張っていた仲間が飛んできた矢に倒れた。
 矢は、俺たちが走ってきた方向から放たれたものだった。

 あの糞貴族は、戦場の俺たちに矢を向けやがったんだ。味方の俺たちに。

 あとから聞いた話だが、糞貴族はこの作戦で邪魔だと思っていた別の貴族を殺そうと画策していたらしい。
 その貴族が要塞への突撃で死ぬか、生き延びても自分達で殺す予定だったんだろう。
 あとは目撃者としての俺たちを始末すればいい。そう考えたんだろうな。
 まあ、傭兵の話なんざ誰も真面目に聞きゃしねえから、一緒に突撃した正規兵のやつらを狙っていたんだろうけどよ。

 敵の騎馬が迫る。味方の矢が降り注ぐ。
 ふと、アイツの姿が目に入った。

 鎧はボロボロだった。剣は先が折れていた。その腕は血で濡れていた。それでもなお、アイツは仲間を肩に背負い、剣をふるっていた。その目は決して諦めてはいなかった。

 アイツの背後から迫っていた敵を切り伏せて近づく。

「よお、なんだか必死じゃねえか!」
「そういうおっさんもな!」

 いつものように軽口をたたくが、確かにお互い満身創痍だった。

「……どうするよ?」
「どうするって、決まってんだろ、生き延びるんだよ」
「お前にゃ、なんか策があるのか?」
「敵の馬を奪えりゃ、なんとかなるかと思ってんだけどよ……」

 アイツの目は敵の騎馬兵に向いていた。
 確かに、あれを奪えりゃ、逃げるのもなんとかなるかもしれねえ。

 見ればアイツは肩に背負った仲間をかばって、なかなか身動きがとれねえでいる。
 そこで、俺がひと肌ぬぐことにした。

「じゃあ、クソガキ。俺が馬持ってきてやるからここで待ってろ」
「いや、おっさん、俺も行くぜ」
「その肩に背負ってるやつはどうすんだ? 置いてくわけにゃいかねえだろ」
「……頼んだ」
「おう」

 結果から言うと、馬は奪えた。そこらに落ちている武器をひたすら投擲してやった。
 傍から見たらみっともねえことこの上なかっただろうな。
 だが、生きる為だ。なんだってやってやろうじゃねえかって気分だった。

 その馬に乗って俺たちは3日かけてあの糞貴族のいる陣地とは別の陣地に戻った。
 アイツが肩に背負っていた仲間は、あの糞貴族が殺そうとしていた奴だった。
 そいつのおかげでひと悶着あったものの、俺たちは自軍になんとか戻ることができた。

 あの糞貴族はそのあと敵国と通じていたってことが判明して、一族郎党全員処刑されたって話だ。
 俺たちが助けた奴が教えてくれた。
 そんで、貴族を助けた俺たちには特別な報奨金が支払われた。
 その金を何に使ったかは覚えちゃいねえけどな。

 陣地の野戦病院で仲良く並んで横たわる俺とアイツ。

「……生き延びたな」
「……ああ、おっさんのおかげだな」
「クソガキが身の程も知らずに背伸びして頑張っていたからな」
「おっさんが年甲斐もなく頑張っていたからな」
「……あ?」
「……なんだよ?」
「怪我が治ったら、覚えていろよ? クソガキ」
「別に今でもいいんだぜ? おっさん」
「言いやがったな!」
「おうともよ!」

 俺たちは同時に起き上がり拳を構える。だがすぐに看護の姉ちゃんに見つかり、こっぴどく怒られて喧嘩にゃならなかった。

「俺はヤンだ、おっさん。……クソガキじゃねえ」
「俺にだってヴィルホって名前があるんだよ」

 名前も知らなかった戦友。
 看護の姉ちゃんがいなくなったあと、その戦友ととにかく笑いあったのを覚えている。





 そして現在。
 この地に移り住んでから、俺はどんどん成長していった。
 体がじゃねえ、剣の腕がだ。
 理由はわからねえ。だが今はヤンのやつといい勝負ができるようにまでなっている。
 あの頃とは逆で、今度は俺がヤンに追いつこうとしている。

「いい加減身を固めてもいいんじゃねえか? おっさん」
「名前で呼びやがれ! まったく、このクソガキは」
「お? 久々にやるか!?」
「やらねえよ。ガキじゃねえんだから」
「……いい年だもんなあ」
「……あ?」
「おっさんも、そろそろ隠居しなくちゃいけねえんじゃねえのか?」
「……クソガキが。試してみるか?」
「おお! やってやるぜ!」
「覚悟しやがれ!」

 俺たちは自分の獲物を持って、対峙した。

 身を固めろなんざ言われても、俺が家族を持つなんて想像もできん。
 惚れた女はいた。惚れられたことだってあった。
 だが、いつ死ぬかもしれねえ稼業だ。
 一人残された女は悲しむだろう。
 苦労もするだろう。
 俺と出会わなければ、その女はそんな思いもしなくて済む。
 俺には、そんな重いもんを背負える勇気も資格もねえんだよ。

 そんな思いを、もうあの頃のクソガキではない、一人の男への剣に乗せた。
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