王人

神田哲也(鉄骨)

文字の大きさ
100 / 114
閑話

閑話 「ジュリオの追想」

しおりを挟む
~side ジュリオ

 あの領に移り住むと聞いたとき、私がまずはじめに手掛けなくてはならなかったことは、人員の確保だった。

 ダオスタの城下町ならばそんな必要はない。
 適正な賃金さえ支払えば、ある程度の人材は手に入るのだ。
 それこそ、メイドや料理人、掃除夫や警備兵。規定の料金さえ払えば奴隷も所持できる。まあ、あの方はそういったものを好まないがね。

 ……しかし、あの場所ではそうはいかない。

 資料をもとに事前調査を行った結果、 管理されている、確認されている領内の集落の数は5。レイナル領に定住している住民は200人程度。
 それも、獣人や亜人を含めた人数でのことだ。

 どの集落も厳しい自然環境の中、碌な作物も生産することはできず、狩りを中心に日々の糧を得ているようだった。
 しかしその狩りも危険な獣やゴブリンなどの亜人が闊歩する森は避け、比較的安全な平野部での狩りを中心に行っているようで、なんとか不足がないというだけで決して満足の行く生活ができているわけではない。

 安くはない依頼料を支払って雇った調査隊は総勢15名。派遣させて彼の地から帰ってきたのは7名。
 領内へ向かう山道でゴブリンに襲われたらしく、半数が永遠に還らぬ者となった。
 ゴブリンは数が多く、調査隊は逃げ帰ることがやっとだったようで、これは引越しの際の懸念事項となった。



 使用人の募集は見事に人が集まらなかった。
 二次、三次と追加で募集をかけ、漸く集まったのは他家で問題を起こしたり、不合格とされた者達。
 ただでさえ過酷な土地。まともな人材が集まらないことは予想していた通りだった。

 ヤン様とも相談しながら、時間もないこともあり、募集に応じてくれた者達である程度許容できる境遇、性格の者とはすぐに契約を交わした。

 一人の少女は天涯孤独の身であった。
 両親ともに流行病で他界したあと、彼女はハウスメイドとしてとある家で働いていたらしいが、その家の老夫婦も先日他界してしまったとのことだ。他家にもいってみたのだが、器量が悪く、気に入られなかったらしい。

 元料理人の女性は結婚を期に退職したらしいが、夫家族との折り合いが悪く、夫とその母親に家を追い出されてしまったとのことだ。
 両親は他界しており、実家もないので手持ちの金で家を借り、酒場で働いていたらしい。目減りしていく資金に危機感を覚え、今回の募集に応じたらしい。

 一人の男は庭師だった。
 とある貴族の家で手入れしていた庭の花を勝手に切り、意中の女性にプレゼントしてしまったのがばれて首になったとのことだ。馬鹿正直に自分の過失を話すこの男には呆れてしまった。

 その他にもギャンブルで借金を抱えた男。身を崩して娼館で働いていた女。孤児。盗賊くずれの男などが集まった。

 引越しの際の人手は相識の間柄である傭兵を頼った。
 ヴィルホは私が商人時代によく世話になった傭兵で、腕がいい上に信用のおける人物だ。
 彼が傭兵団を立ち上げたという話は風の噂で聞いており、その評判は悪くはなかった。
 ヤン様とも過去に面識があったようで、私は彼らにレイナル家引越し隊の護衛を依頼した。

 旅路の中での彼らの仕事ぶりは素晴らしかった。
 私の依頼どおり、旅路の中でヤン様やマリア様、アラン坊ちゃまやフィアスお嬢様に近寄る不届きな輩は全くいなかったのだから。
 ただし、フィアス様を怖がらせてしまったことは大きな減点だ。

 山道に入ってからのゴブリンとの戦いでは、ヤン様やマリア様に出番を奪われて立ち尽くすことしか出来なかった彼らだが、それは仕方のないことだろう。ヤン様達と彼らでは、実力が違いすぎたのだ。

 一体誰があの剣の嵐の中に飛び込めると言うのか。誰があの血しぶきあがる肉の塊の中を歩みたいと思うのか。誰があの岩をも吹き飛ばす暴風の中に身を投げると言うのか。

 しかし過去に私はヤン様の戦っているところを間近で見た筈なのだが、あれほどではなかったはずだ。
 それとも、私の思い違いなのだろうか?

 その次の戦闘から、彼らはきちんと護衛の仕事を遂行していた。
 ヤン様やマリア様、そしてラスに手を出させないようにうまく陣形を保っている。
 私からの苦言も効果があったのか、ヤン様達は積極的に前に出ようとはしなかった。



 その後、「お前、ここに残らないか? んで、俺と一緒にあの森と山、攻略してみねえか?」という、ヤン様の鶴の一声でヴィルホはヤン様の部下となった。

 ヤン様はことあるごとにヴィルホや他数名と共に森や山に探索に行かれる。
 危険なのでやめていただくよう何時も申し上げているのだが、一向に改善される気配がない。
 その都度ゴブリンやオーク等の敵性亜人の討伐や、危険な獣を討伐されているので、領内の安全にはつながっているのだが、わざわざヤン様自らが赴かなくてもいいのだ。
 それこそ、ヴィルホに任せておいていただきたい。
 言っても聞いてくださらないことはわかっているが、何度でも進言する。これが私の役目なのだ。



「父さん、この間渡された虹石だけど、王都では結構な評判だよ」
「ほう」

 レイナル城の一室で、私の後を継いだ息子が興奮したように話す。
 行商人時代に使っていた馬車や馬などの道具は全てこの息子に譲った。今は主にレイナル領と王都との物資のやり取りを任せている。

「アラン様のやったとおりに綺麗に磨いて貴族の令嬢に見せたら、すぐに食いついてきた。それでどこかのパーティに身に着けていったら、他の令嬢が食いついたらしい。
 今じゃあの石を身に着けることがステータスみたいになってるよ」
「ふむ。では産出量を増やすために、ヤン様に相談してみるか」
「頼むよ。結構せっつかれてて大変なんだ。
 多分、もっと値を上げられると思う」

 親の欲目かもしれないが、息子はなかなかに優秀だ。
 先日渡した虹石もなかなかの値段で売ることができたと言っている。
 貴族とのパイプは私が築いたものでもあるが、それを維持していくのにはやはり信頼を勝ち取るそれ相応の実力が必要なのだから。

「それと蜂蜜に米、酒に味噌なんかも仕入れておきたいんだけど、大丈夫かな?」

 息子の言葉に、私は手元の書類に目を落とす。

「……蜂蜜、酒は問題ないな。だが、米、味噌、醤油は備蓄がまだ心もとない。それぞれ100キログラムが限度だ」
「……100キログラムっていうと、……75リュースくらいだね。……まあ、しょうがないか。これからこっちじゃ冬に入るんだもんね。
 それにしても、このグラムっていう単位にはまだ少し慣れないよ」
「慣れろ。慣れればこちらの方が便利だぞ」
「それはわかってるんだけどね。僕も広げようと思っているし。
 得意先では使っているところも増えてきたけど、やっぱりまだまだ多くの商人はリュース単位を使っているから」
「リュース単位ではそれ以下の単位の計算がまた面倒だからな」
「そうだね、それにこれはグラム、メートル、、平方メートル、立法メートルで統一されているのがいいよね。大きい単位にはキロとかメガとかつければいいし、小さければミリとかつければいい。ナノってのは使ったことないけど。
 今までの単位だと、長さはガット。重さはリュース。広さはザム。大きさはブラスとかカイデリーとかバラバラで、それぞれの測量機が必要だったし、昔と今じゃその目盛の大きさが違ってたりするからね。
 けど、今度は一本の巻尺さえあれば長さも広さも大きさも測れるんだから」

 グラム、メートル単位はアラン様が考えたレイナル領独自の新しい単位だ。
 もとはアラン様がご自身だけで使われていたのを、私がレイナル領の単位として制定した。その新しい単位の完成度と合理性に驚いたことが懐かしい。

「ものは今日中に用意しておく。今夜は泊まるのだろう?」
「そうだね、母さんにも会っておきたいし、2、3日は泊めてもらおうかと思ってる。
 流石に明日出発とか言ったら、護衛の傭兵から依頼放棄されかねないからね」
「それもそうだな」

 そう言って、私たちは笑いあう。

「そうそう、そういえば神光教会の例大祭がもうすぐだけど、何か重大な発表があるんじゃないかって、噂になっているよ」
「そうか、もうそのような時期なのだな」

 この地に移り住んでもう2年にもなる。

 領内の状況を聞いたとき、城の状態を聞いたとき、いくらヤン様やマリア様の定期収入があったとしても、この地での生活はもって半年だという私の予想は見事に裏切られた。

 ヤン様が森や山で狩ってくる獣の毛皮や角などは希少価値があるため高く取引されている上、マリア様の法術の定期収入は安定している。
 その上マリア様は城の一室から見つかったテスラの蔵書を参考に新たな術を開発し、神光教会に申請をしているのだ。申請が通れば定期収入の増額が見込めるだろう。
 懸念していた領内の気候は安定しており、さらにはアラン坊ちゃまがラスと共に見つけていらっしゃる珍しい草や虫は領内の村々で試験栽培がされるようになり、米や大豆、芋に蜂蜜など、状況を聞く限りその展望は明るい。

 そして私自身、ヤン様の補佐として使用人になったというのに、いつの間にか私の立場は執事になっていた。今では私の天職ではないかとさえ思っている。
 当初私は私財を全て捧げる覚悟だったのだが、逆に増え続けている現実がここにある。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。