王人

神田哲也(鉄骨)

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閑話

閑話 「友達」

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~side カサシス

 帝国のサージカント。
 その名を聞いて、怯まんやつはいんかった。

 あいつ以外には。



 物心ついたとき、俺は周りを見渡して思った。
 世界は、俺のために作られたんやって。
 なんせ、子供も大人も、みんな俺達に頭下げるんやから。
 太ったおっさんも、痩せたおっさんも、ハゲたおっさんも、髭生やしたおっさんも、偉そうなおっさんもみーんな。
 おばちゃんだって同じや。
 太ったおばちゃんも、痩せたおばちゃんも、みんなみんな、頭を下げよる。
 子供だって、俺達に頭を下げんやつはいんかった。
 それが当然のことやって、疑うことなんかせえへんかったんや。
 食うもんも、着るもんも、住むとこも、全部が全部、一番と言われるもんを与えられた。
 困難なんてものとは無縁やったし、手に入らんもんなんてなかった。
 それ以外は――。

 ある本を読んでからや。それが無性に欲しくなったのは。
 それは、形あるものではない。
 金を積んでも、サージカントの権力を使っても、得ることができなかったもの。

 どんなに憧れても、俺は友達っていうもんを手にすることはできんかった。

 それは、とある冒険家を目指す少年の物語。
 物語の中で、主人公の少年は仲間と共に世界の秘宝を探す。
 仲間にはいろんなやつがいた。少年少女、獣に亜人。
 中でも俺が心引かれたのは、主人公の幼馴染の少年との話。
 信頼しあう二人のやりとりが、本当に羨ましかったんや。
 ときに励ましあい。ときに争い。ときに笑いあい。ときに涙する。
 特に二人が協力して強力な敵を倒す場面なんか、興奮したもんや。

 そないなことを言った俺に、友達候補はたくさん用意された。
 ほんまに、たくさん。
 でも、物語のあの少年のように、俺の友達になってくれるやつはおらんかった。
 はじめのうちはいいんや。
 初めて会う同い年くらいの子らはみんな、普通に喋りよった。そこには身分やらなんやら、ややこしいことは存在せんかった。
 でも、二回目からはもう駄目や。下手したら、一回目で、もう。
 大人達から色々言われたんやろな。「あの子はサージカントや」って。
 そしたら、あっという間に他のおっさんやおばちゃんらと同じになる。頭を下げよる。
 何か言っても、否定することはあらへん。
 おだてるようなことしか、言いへん。
 その顔には、張り付いたような笑顔しか浮かべへん。
 それが当たり前やった。だけど、寂しかった。

 友達っちゅうもんに、憧れてた。
 親友っちゅうもんに、恋焦がれてた。

 そんで、俺はあいつに……アランに出会ったんや。
 初めて見たときの印象は……そうやな、いつもの通り。あ、同い年くらいか? とか、そんなもんやった。友達になれるかも? なんてのも、微かにあったかもな。

 そもそも俺がこの国に来たのは、単なる暇つぶしの為やった。
 この国で剣闘大会があるって。それもサージカントの軍から出場選手見繕うって聞いて、俺も無理やり同行したんや。
 まあ、俺はサージカント言うても、六男坊。サージカントとしては、いてもいなくてもっていうような立ち位置。
 次期当主候補の予備の予備って感じや。
 俺よりいくつか下からはもう、サージカントとは扱われてへん。
 俺は、六男坊で良かった思てる。権力はある。けど、責任はない。もしかすると、一番いい位置なんやないかな。
 こっちではばれへんように、護衛はできるだけ少なくさせた。サージカントやって、わからんように。

 一応俺も、剣の腕はそこそこのもんやったから、腕試しのつもりで剣闘大会の予選に出場したった。
 お忍びやから、ほんとは駄目なんやけどな。
 ちょい小言言われたんやけど、まあいつもの通りや。本気で怒られることなんてあらへん。
 仕方ないっちゅう顔をしてたわ。
 試合やし、そうそう危険なこともあらへんやろっちゅーこっちゃな。

 予選では、おもろいおっさんに会えた。なかなか強かったハゲのおっさんの名前は……なんやったっけ?
 忘れてもうたけど、やっぱり、俺がサージカントやっちゅうのがわからんからからか、誰も頭下げへんし、注目もされへん。
 新鮮やった。
 帝国の外に出るってのも、初めてのことやったしな。
 ……ま、俺がサージカントやってわかれば、やっぱりみんな、頭下げるんやろうけど。

 本線に進んで、あいつを初めて見た。
 同い年くらいってわかったから、自然と応援してたと思う。
 アランは緊張してたみたいやったけど、最後のほうは俺でも捉えられんくらいの速さで、びっくりしたのを覚えてる。
 あいつとならいい試合ができそうやって思った。
 ああ、そうそう。丁度、そのときに読んだんや。「アランの大冒険」シリーズを。
 流行ってるいうから、適当に買って読んでみたんや。
 読んでみて、思った。
 似てるて思った。その本の主人公と、あいつが。
 見た目なんて、そっくりや。
 つーか、何よりも「アラン」て名前がそのものやろ?
 まあ、この国でその名前の子供が多いのは知っとる。
 大体俺等の世代の下に、特にその名前が多いみたいやな。
 それらはみんな、あの英雄の子供の名前にちなんだ名前。
 でも、でもや。
 英雄が英雄とされたとき、もうアランて子は生まれていたはずなんや。
 やから、俺と同じ世代でアランって名前は、そんなにいないはず。
 ちなみにアランと俺が同い年ってことは、実況のおっちゃんのおかげでわかった。 
 着てるもんも上等。
 立ち振る舞いも、貴族のそれ。
 俺と同じように、正体を隠してる。傭兵団に所属してるなんて、真っ赤な嘘や。
 もう、決まりやろ。
 調べるまでもないって感じや。
 これ、絶対あの英雄の子やろって確信した。

 その後、アランに接触してカマかけてみたら、あっさりと白状した。
 やっぱり、俺の思ったとおりやった。
 もう少し色々と駆け引きみたいなんがあるかと思ったんやけどな。あっけないもんや。
 話してみてもいいやつそうやったし、俺は驚かせた詫びとばかりに、俺も自分の正体を伝えた。
 でも、なんの反応もなかった。
 普通は、もっと驚いたり、驚いた後は態度が変わるもんやけど、アランにはそれがなかったんや。
 それが吃驚した。
 そんで、こいつしかいないって、すぐに思った。
 割かし強引になってしもうたかもやけど、俺はそれだけ必死やったんや。
 こいつなら友達になれるかも。友達になって欲しいって、他のことはどうでもいいってくらい、そんときはそれだけやった。
 そんときのことを、偶然女の子に見られてもうたんやけどな。
 後で落とした荷物届けに行って会うたんやけど、でもなんか喜んでるみたいやったんで良かったわ。
 そんでその子、俺とアランの絵とか描いてたらしいんで、見せてもらった。
 趣味や言うてたけど、随分と上手かったな。けど、なんで裸同士やったんやろ?
 あとでその話をしたら、アランは「……腐ってる。…………腐ってるのか!?」なんてよくわからんこと呟いてた。

 アランとの試合は楽しかった。
 あんなに本気になったんは、生まれて初めてのことかもしれへん。
 最初はうじうじしよってからに、ほんまどうしてやろうかと思ったけどな。
 でも、昨日は普通やったアランが、急にそんなんなっとるんや。何かあったと思うのが普通やろ。
 こんなとき、友達ならどうするか。
 昔読んだ本によるとやな、問題解決の方法は至極単純なものやった
 答えは、殴る。
 殴って、思いを伝えるんや。
 自分が「うるさい」なんて言われるなんて、あないな素直な気持ちをぶつけられるなんて、思ってもみんかった。
 でも、嫌な気持ちはせんかった。
 まあそのすぐ後、俺がアランの正体をばらしてしもうたことにめちゃくちゃキレられてもうたんやけどな。
 あれはほんま怖かったわ。
 でも、こんなやりとりも、今までできなかったことや。

 そんで、アランがあのテスタムとかいうのとの試合で、テスタムがおかしなって、助けに入ったはいいけど、活躍できたのははじめだけで。
 やっぱり英雄は強いいうんを再確認しいの。とっておきは最後やった。

 光や。

 アランが光を発して、テスタムを元に戻したんや。
 残念ながらテスタムは死んでしもうたけど、俺はあないな光景を見たことがない。
 治癒術の光でも、神光教会の教祖がやるような、あないなチンケな光やない。
 ほんまもんの光や。
 神様の光や言われても、俺は信じるで。
 そんだけ暖かくて、強いけども目が眩まない、神々しい光やったんや。

 ……アラン、ほんま、お前は何者なんや?



 決勝戦。
 グラちゃんが俺を見てる。
 本当の名前は「グイ」っちゅうらしいけど、今はグラちゃんや。
 他には見えないように姿を消して、グラちゃんの隣に浮いてるのが、ターブ。あの子は妖精や。
 グイちゃんの種族はよくわからん。
 薄い緑色の肌に、下あごから覗くちっこい牙。尖ってる耳。亜人なんやっていうことはわかるんやけど、グラちゃんみたいな種族、初めて見たわ。

「グラは負けないぞ!」
「俺も、負けへんで!」

 体は絶好調。この間と違って疲労もない。
 試合場は変わったけど、観客は減ってなかった。
 多くの民衆が俺達の試合を見守ってる。

「はじめ!」

 審判の声と同時に、木槌が真っ直ぐ飛んできた。
 グラちゃんが振りかぶったと思ったら、いきなりや。
 意表をつかれた。
 武器を投げ飛ばしたんかと思った。
 けど、違った。

「うお!? なんやこれ!」

 それをかわすと、すぐに軌道を変えて、俺に襲い掛かってくる木槌。
 見れば、柄にはグラちゃんがひっついとる。
 まるで木槌が主でグラちゃんが従。グラちゃんはおまけみたいやった。
 木槌が自分から向かってくるような、そんな感覚。
 いや、相手はグラちゃんなんやけども。

 避けて避けて避けて。
 応戦しようにも、今まで木槌を相手に戦ったことなんてあらへん。
 戦い方がわからんなんて、初めての経験や。

「こん、の!」

 埒があかへんから、力比べや思ってそいつを正面から受け止めた。
 でも、だめやった。
 びくともせえへんどころか、剣と一緒に弾き飛ばされる俺。
 そのあとの攻撃はなんとかかわしたものの、手は痺れとるし、頭もクワンクワンしとった。
 空中でクルクル回るような攻撃が、そんなに重いなんて、反則やろ。

 結局そのあとも後手に後手にまわった俺は突破口を見出せず、負けた。

「負けたー!」
「残念だったな、カサシス」
「くっそー! グラちゃん、強すぎや!」
「まあなあ。でも、グラ相手にあそこまで粘るって、カサシスも相当だからな?」

 試合自体はなんとかもたせたった。
 敵わなくとも、観客を楽しませることはできたはずや。
 わざわざ見にきてくれたんや、あっさり終わってもうたら、申し訳ないやん?

「だから、俺絶好調やねんもん」
「まあでも、俺はグラに賭けてたけどな」
「な、なんやて!? そんなん、裏切りやん!
「いや、裏切りでもなんでもないだろ」
「くっそー! こうなったらヤケ酒や! 酒もってこーい!」
「おいおいおい、お前未成年だろうが! 酒はだめだろ」
「うちの国じゃ、違法でもなんでもあらへんもん」
「こっちの国じゃ、違法なんだよ!」

 遠慮なしに言い合って、どつきあう。
 こんなやりとりこそ、俺が求めたもんや。
 アランは俺の友達。
 この絶好調も、アランと仲良くなってからのことやし、もしかしてこれが噂の「友情パワー」っちゅうやつやろか?
 ……なんか想像してたのと違う気がするな。



 後日、あの子に絵を一枚もらった。
 喜んでアランに見せたら、燃やされそうになった。
 ……あの目は、本気やったな。
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