王人

神田哲也(鉄骨)

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3巻

3-2

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「それで、用件というのは?」

 しばらくルプスさんと世間話をしていたソルスキアルさんが、思い出したように言った。彼はティーリさんと同じ樹霊族で、森からの避難の際にはオルボーンさん同様活躍してくれた。

「あ、えーと」

 俺はちょっとまごついた。この場所のリーダーであるオルボーンさんに直接伝えたかったのだ。
 今この場にいるティーリさんやソルスキアルさんのことは信用しているが、オルボーンさんが知る前に噂のように慰霊祭の件が広まってしまったりすると、もしかしたら参加拒否を主張して騒ぎ出す人達が出てくるかもしれない。
 そうなると、あとからオルボーンさんが説得しようとしても難しいだろう。
 だから俺はオルボーンさんが戻るまで待つのがよいと思ったのだが――。

「主、ここはいっそ、オルボーンを待たずに皆に伝えてしまうのがよいのではないか?」

 ルプスさんがそう提案してきた。

「え、でも……」

 唐突な提案に俺はちょっと驚く。

「このキャンプ地にいる人々……特に樹西の村の住人の中には、やはりまだ人間に対し強い不信感を持つ者が多い。だが、主は別だ。皆、主に対しては、感謝と信頼の念を抱いている。俺がそうであるように」

 ルプスさんは俺をじっと見つめたまま続ける。

「サルベにそうしたように、まずオルボーンに伝え、彼の口からここの人々に伝えてもらう、というやり方もわかる。彼らの信任も厚いオルボーンにある程度任せるというのは間違いではないだろう。だが、俺は主が直接彼らに伝えるのが一番いいと思う。敵の脅威は去ったとはいえ、避難生活は心身ともにこたえるものだ。皆、主に会いたがっている……主の声を、聞きたがっているはずだ」

 ルプスさんのまっすぐな視線と言葉が照れくさかった。
 俺は、そんなたいした男じゃない。
 でも――彼の真剣なまなしには、こたえたいと思った。

「……わかりました。そうしましょう」

 ルプスさんは無言で頷く。

「何の話かわからないが、キャンプの民に伝えたいことがあるなら、この先の広場を使えばいいだろう。オルボーンの帰りを待っていたらいつになるかわからない。今から行くことにしよう」

 ティーリさんが言う。
 え、今から?

「そうだね、アラン君の話が聞けるなら、皆喜ぶと思う。そうしようよ」

 ソルスキアルさんも賛同する。
 しょうがない……まあ、母とアリス様にも森の人々、特に樹西の村の人達の説得を頼まれたわけだしな。オルボーンさんだけに伝えて「あとはよろしく」ってわけにはいかないか。

「そうですね、じゃあ、広場を使わせていただきます」


 外に出ると、すでに数十名の避難民が俺達を待っていた。キャンプ地の入り口からここにやってくる途中でも、俺を見て小さく騒ぐ人達がいたから……その人達が周囲に知らせたのかもしれない。
 でも見たところ半数もいないみたいだし、やっぱり一応、きちんと説明したいので、ここではなく広場に行ってから話をするべきだろう。

「さ、こっちだよ」

 先導してくれるソルスキアルさんとティーリさんのあとに続く。避難民達が、俺達のあとについてきた。
 そして広場に向かううちに、ついてくる避難民達はその数を増やしていった。
 彼らは口々に「光の御子様だ!」とか「何か御用ですか? 光の御子様」と声をかけてくる。
 できるだけ気にしないようにはしているんだけど……。うぅ……恥ずかしい。
 まつり上げられるとか……ほんとに勘弁してほしい。
 引きつった笑顔で彼らに手を振ったり、駆け寄ってきた子供の頭を撫でたりしつつ、広場までやってきた。
 キャンプ地の集会場でもあるこの広場には、簡素な造りのお立ち台が据えられている。
 俺はそこに上がり、集まった人々を見渡した。
 キャンプ地のほとんどすべての人がいるのではないかと思うほどの人数だ。
 彼らが、俺を見つめている。
 深呼吸をしてから、俺は彼らに語りかけた。

「――実は、皆さんにお願いがあるんです」

 彼らは真剣な表情で、俺の話を聞いてくれた。


   †


 広場から、人々が自分の住居へと帰っていく。

「何とかなったみたいだねえ」

 人々の後ろ姿を眺めながら、ソルスキアルさんが言った。
 彼の言葉に、俺は頷く。
 俺の説明を聞いて、初めは反発する人もいた。
 しかし、慰霊祭の主催者はアリス様であることや、目的は今回の一件で犠牲ぎせいになった人達のとむらいであるということを丁寧に伝えると、反発はすぐに収まった。

「それにしても……慰霊祭かあ。今回森で起こったことに区切りをつけるためには、きっと必要なことなんだろうね」

 他の人々同様、俺の話を最後まで黙って聞いてくれていたソルスキアルさんが言う。
 ちなみに集まった人達は、俺の話が終わったあともしばらくそこに残っていた。握手を求めてくる人や何か相談ごとがありそうな人もいたが、俺の話の途中で森から戻ってきたオルボーンさんが「光の御子も疲れている、今日はこれで解散としよう」と言ってくれて、皆それぞれの家に戻ることになったのだ。

「そうだな。……アラン、心配はいらない。我ら樹霊族はもちろん、樹西の者達も、皆参加することだろう」

 オルボーンさんが俺の肩を叩く。

「ありがとうございます。オルボーンさんがそう言ってくださると、心強いです」

 彼に軽く頭を下げた俺の背中を、誰かがちょんちょんとつついた。
 振り返ると、ラスに救われて森で暮らしていた人間――カルラさんが立っていた。

「ねえねえ、そのお祭りさ、酒は出るのかい?」

 カルラさんは目を輝かせながらそう聞いてきた。

「ええ、もちろん出ますよ」
「やった!! ああ……酒なんて一体何年振りかねえ」

 俺の言葉にガッツポーズを決めるカルラさん。
 そういえば前世の日本では「飲みニケーション」という言葉もあったな。
 酒の力を借りて交流を深めることは、この世界でもきっと可能だろう。

「オルボーン! 当日は、とことん付き合ってもらうよ!」

 カルラさんがビシッと指を突きつけてオルボーンさんに言った。

「……酒か。私は飲んだことがないのだが。樹霊族の文化にはそういうものはないのでな」
「はああ!? 何だい、数百年も生きてて酒を飲んだことがない!? 信じられないね! ……よし、私が当日、あんたら樹霊族に酒の素晴らしさってやつを教えてやる! 覚悟しときな!」

 いつの間にこんなに仲良くなったのか知らないが、カルラさんとオルボーンさんは何だかお似合いに見える。

「あははは、オルボーンさん、がんばってくださいね」

 そう言って笑う俺の耳に、「……酒、か。どんなものなのか、楽しみだな」というティーリさんのつぶやきが聞こえた気がした。


   †


たまは、今はこの世に亡きごとく。思うは浅知せんち、今なんじ我らをぞ見る――」

 森に、歌声が響き渡る。
 その神聖な調べは、森の奥深くまで染み込んでいくようだ。
 かつて南の枝があった場所に祭壇が設けられ、その上に飾られた木札には、今回の一件で亡くなった森の民一人ひとりの名が刻まれている。
 祭壇のすぐ先には巨大な穴が広がっていた。その中央から、これもまた大きな木が一本、天に向かって伸びている。だがその木からは、以前にあった荘厳そうごんさは感じられない。
 この木は、先代の精霊樹だ。邪神に狙われ無数の骨の獣達にまとわりつかれて、エネルギーを奪われ滅んだのである。アリス様達が展開した聖域によって骨の獣達は一掃されたものの、力尽きた精霊樹は徐々にしぼんでいき、かつての三分の二ほどのサイズになってしまっていた。
 精霊樹が果てたことで、この「霧の大穴」一帯が、大きな変化に見舞われた。
 その名が示すとおり、これまで大穴には雲海のような霧が立ち込めていて、穴の底をうかがうことはできなかった。
 だが今、穴に霧はまったくかかっていない。
 霧は、大穴を笠のように覆う精霊樹の無数の葉が行う蒸散によって発生し、そこにとどまっていた。
 しかし力を失った精霊樹の枝葉はみるみる枯れて縮んでしまい、今では数えるほどしか残っていない。そのために、霧は文字どおり霧消してしまったのだ。
 そんな変わり果てた精霊樹と大穴に向かって、アリス様は歌い続けた。
 この森とレイナル領の平和を願って。

「アラン。彼らに光を」

 アリス様が、祭壇のそばに控える俺に呟く。
 俺は頷き、数歩前に出て、大穴のへりに立った。
 そこから大穴の中央を見つめる俺の目に映るのは、精霊樹ではなかった。
 それは――大勢の人影。
 初めは陽炎かげろうのように空気が揺らめいているだけに見えた。
 しかし目を凝らすうち、それらは次第に輪郭りんかくを持ち始め、やがてはっきりと人の姿を形作った。
 彼らは森の犠牲者。
 骨の獣達に襲われ、命を落とした森の民達だ。
 俺は彼らに頷き、手をかざす。
 そして光を放った。
 俺と彼らの間の中空が、小さな壁のように輝く。
 一人、また一人――彼らはその光に向かって、見えない階段を上るようにゆっくりと歩き出す。
 表情はない。声も発さない。
 しかし光の中へ入っていく直前、彼らは、下から見上げる俺とアリス様に会釈えしゃくしたように見えた。
 森が邪神の手の者達に襲われてから、今日でちょうど四十九日。
 亡くなった森の民達の魂は、こうして現世を去っていった。
 俺にこくりと頷いたあと、アリス様は祭壇の後ろに並ぶ人々のほうへ振り返って言った。

「彼らの魂は、光のもと、幽界ゆうかいへと旅立ちました。彼らは幽界で修行し、現世のあかを落としていくことでしょう。そしていつの日か、また生まれ変わるのです。彼らは現世を去りました。ですが、それは早いか遅いかの違いでしかありません。命ある者は皆、いつか現世を去るのです。……今、この場には、人間、亜人、獣人が肩を並べています。互いに思うこともあるでしょう。過去にあった出来事を忘れられない者もいるでしょう。ですが、あなた方が新たな隣人と手を取り合い、未来へと進んでいくことを、私は願っています。すぐには無理かもしれません。しかし、まずこの場だけは皆で気持ちを一つにし、死者をしのびましょう。……あちらに用意されている御馳走を待ちきれない人も多いみたいですから、かた苦しい話はここまでとします。さあ皆さん、今日は大いに泣き、大いに笑いましょう」

 こうして祭事は滞りなく終了し、食事や飲み物が用意されたすぐ近くの会場に皆で移って、宴会が始まった。宴会というか、精進しょうじん落としみたいなものだ。
 会場にはテーブルや椅子はなく、長方形の布が一定の間隔で地面に並べられている。布と布の間には、これもまた一定の間隔で鍋が火にかけられていて、その周りに食器が置かれていた。
 前世の日本での「花見」のような光景である。
 成人には酒が、未成年には果実をしぼったジュースが配られた。
 料理のほうは、もちろん鍋が中心だ。十人に一つほどの割合で、会場全体で五十を超える鍋が用意されている。
 鍋はいずれもすでにいい具合に煮えていて、食欲をそそる香りがあちこちで立ちのぼっていた。
 鍋の具材は葉物の野菜に根菜、キノコに魚に山菜、そして肉。すべて一律の具材というわけではなく、魚がメインの鍋、肉がメインの鍋、野菜がメインの鍋と分かれている。
 なぜ鍋の中身が異なるのか。これはこの鍋料理の監修を務めた、レイナル領軍が誇る家事のスペシャリスト――猫人タマラさんのアイデアだった。
 タマラさんは言った。
「色々な味のお鍋があったほうが面白いじゃないですか。それに味が違うってわかれば、きっと隣のお鍋も食べたくなるでしょ? そうすれば、色んな人とお話しする機会も増えると思いますよ」と。
 料理をきっかけにしてコミュニケーションがはずむ、というのはいかにもタマラさんらしい発想である。
 ちなみにこの鍋、事前に味見をさせてもらったのだが……ものすごく美味うまかった。
 皆、開始当初は少し緊張していたようだが、酒やジュースを飲み、料理を食べているうちにリラックスしてきたのか、会場は徐々ににぎやかになっていった。

「兄様、はい、これ」
「ありがとう、フィアス」

 三歳下の妹フィアスが、うつわに鍋の中身をよそって渡してくれる。
 俺ははしを手に、器の中の野菜を口に運んだ。この鍋は野菜がメインなのだ。
 深い味わいが口に広がる。どの野菜も適度な歯ごたえがあり、むほどに旨味が染み出す。味付けも絶妙だ。
 熱いので「はふはふ」と口の中を冷ましつつ食べるのだが、箸が止まらない。

「兄様、お鍋、おいしいね」

 フィアスも同じように感じているようだ。

「うん。さすがタマラさんだよ」

 今度はさかずきを手に取り、すでに注がれていた透明の液体を口に流し込んだ。
 その瞬間、芳醇ほうじゅんな香りが鼻を抜ける。飲み口は滑らかで柔らかく、味は複雑で深みのあるものだった。
 この酒の原料は米――そう、これは日本酒なのだ。
 発案者は俺。前世では別に酒好きというほどでもなかったのだが、この世界には日本酒のような味の酒が存在しないらしく、時々ふいに日本酒の味を思い出しては懐かしい気持ちになっていた。
 そこで、俺が監修しつつ、タマラさんや執事のジュリオなんかに協力してもらい、極秘に開発していたのだ。それが先日完成したので、今日この席でお披露目ひろめとして振舞うことにしたのである。
 ちなみにこの国では十五歳で成人で、飲酒が認められる。前世の日本に比べると大分早くて驚いたが、十五になった俺はこの間から飲酒解禁となり、めでたくこの世界初の日本酒を楽しんでいる。
 日本酒の深い味わいに、飲んだ人は皆、歓声を上げていた。

「兄様、それ、お酒?」
「うん。米だけで造った、米酒だよ」
「おいしいの?」
「ああ、もちろんおいしいよ」

 でもこれ、アルコール度数はかなり高そうである。飲んだあとも、のどが少し熱い。

「ねえねえ、兄様。私も飲んでみたい」
「だめだよ、酒だからね。大人になったらにしなさい」
「私、もう大人だよ? 十二歳だもん」
「この国じゃ女子の成人は十四歳だろ? だから、まだだめ」
「ぶー。兄様のケチ!」
「大人になったらな」

 ほほを膨らませるフィアスの頭をでてなだめたあと、俺は席を立った。
 勢いよく立ち上がったせいか、頭がくらっとして、足もふらついてしまった。
 ちょっとしか飲んでいないのに……この酒はやっぱりかなり強い。
 ……俺があんまり飲み慣れていないせいもあるんだろうけど。前世も今も、俺はそこまで酒に強くないのだ。

「兄様、どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫。ちょっと、挨拶に回ってくるよ」
「えー? ……わかった、いってらっしゃーい」

 不満そうな顔のフィアスを座に残しつつ、俺は歩き出す。
 体が少しふわふわしている感じがするな。
 俺は思った。
 ――挨拶回りで酒を勧められても断ろう、と。
 いくつかの席で人々に挨拶し、握手をしたり、頭を下げられたり、世間話をしたりしたあと――。

「あ、アラン」
「やあ、ターブ」

 声をかけてきたのは妖精のターブ。
 結界術にけた彼には、骨の獣達との戦いで大いに助けられた。ターブは身長十五センチほどだが、自分よりも遥かに大きい骨の獣達を寄せつけない、強力な結界を張ることができる。

「ちょっと僕らのところに来なよ、アラン」
「あ、うん」

 ターブに案内されて、妖精族が中心になって賑わう席に行った。
 彼らが囲んでいる鍋は、体の小さな妖精族に合わせた、かわいらしいサイズのものだった。
 食事をしながら談笑していた彼らが、俺を見て口々に言う。

「あ、光の御子を連れてきたんだね、ターブ」
「これでお礼ができるね、ターブ」
「こんないいものをありがとう、光の御子」

 ……ここでも光の御子って呼ばれている……まあ、それはいいとして。

「ターブ、その、お礼って?」

 俺は聞いた。

「こんな素敵なものを飲ませてくれたお礼さ、アラン」

 そう言ってターブが掲げたのは、これもまた妖精族用に用意された、小さな杯。その杯に入っているのは米酒だった。
 見れば、その場にいる全員が、俺に見せるように杯を掲げている。
 そんなに気に入ってもらえたのなら嬉しい。ちなみに彼ら妖精族は非常に子供っぽい見た目ながら実際の年齢はそうでもないらしく、酒も飲ませて大丈夫みたいだ。

「どういたしまして、と言えばいいのかな? ……って、ターブ、何を?」

 杯を置いた彼らは、一斉に何かの術を詠唱えいしょうし始めた。

「じゃあ、いくよ、アラン」
「? ……え?」

 ターブの言葉を合図とばかりに、彼らの間から光が生まれた。
 光は俺を包んでいく。
 まばゆい光はやがて様々な色を放ち始め――目の前の景色が、変わった。

「僕らが得意とする『幻術げんじゅつ』だよ、アラン」

 気づけば、俺は旅をしていた。
 色とりどりの花が咲き乱れる丘を。
 木漏こもれ日が差し込む森を。
 川面かわもがキラキラと光る大河を。
 青白い月が照らす荒野を。
 雪の降り積もる白銀の世界を。
 白い砂浜の、波打ち際を。
 太陽が浮かぶ、雲一つない青空を。
 様々な景色が、流れては消えていく。

「……すごい」
「気に入ってくれたかい? アラン」
「……うん。すごいね」

 幻術というものを俺は初めて体験した。
 本当にすごかった。
 ターブ達が見せてくれた景色はどれも美しく、いつまでも見ていたい、というか、そこにいたいと思わせるもの。
 幻術は、視覚だけに作用するものではなく、その風景の中では、風や匂い、日差しの熱までも感じ取れる。かといって、暑いとか寒いとかいうことはない。うまく説明できないのだが、とにかく不思議な感覚だった。

「これが、僕ら流のお礼だよ。アラン」
「……ありがとう、ターブ。本当に感動したよ」
「それはよかった。アラン」

 ターブが手を振る。
 すると、また風景が流れ、気づくと辺りは騒がしい会場に戻っていた。
 きつねにつままれたような、とはこういうことを言うのだろう。

「またこのお酒を飲ませてほしいな。アラン」
「もちろんだよ、ターブ」

 夢見心地のまま、俺はターブ達と杯を交わし、彼らの席をあとにした。


 母とアリス様は、会場の上座でゆったりと食事を楽しんでいた。
 ミミアが、二人に挟まれるようにして座っている。彼女はかつてこのレイナル領を治めていた神ミミラトル――ミミ様と、俺の子だ。といっても実の子供というわけではなく、俺とミミ様の力によって彼女が存在を得たため、そういう立ち位置になっているということである。
 微妙に入りづらい空気をかもしているからだろう、彼女達三人の席に近づく者はいないみたいだ。
 まあ、領主の妻と、神様の娘と、女神様だもんな。何となく近寄りがたいというのはわかる。
 三人はそんなこと気にしていないのか、穏やかに何か話しながら笑い合っている。
 楽しんでいるところを邪魔するのも無粋ぶすいだと思い、俺は三人に軽く挨拶だけして次の席に向かうことにした。
 そしてやってきたのは、樹霊族の皆さんとカルラさんがいる席。
 皆さん、もうすっかりできあがっていて……なかなかのカオスっぷりだった。

「……何だ? アランか……いろいろと……世話になった……な……」

 大きく船をいでいるのはオルボーンさんだ。

「だきゃら、わらしはいったんだ! そんにゃに、わらしが、きりゃいかって!」
「うんうん。そうですね。それで、オルボーンさんは何て言ったんです?」
「あー? おりゅぼーんはにゃあ……」

 へべれけになっているカルラさんに酒を注ぎながら話を聞いているのは、ソルスキアルさんだった。

「お、きじょくのぼっちゃんじゃにゃいきゃ! あんたもにょんじぇりゅきゃー?」

 カルラさんは俺に気づいて声をかけてくるが、何を言っているのかさっぱりです……。
 彼女は両手に杯を持っている。
 ……一体、何杯飲んだのだろうか。

「カルラさんは、かれこれ十杯以上は飲んでるよ」
「えっと、それ全部、米酒ですか? ソルスキアルさん」
「もちろん」

 あの強い酒を、十杯以上……だと?
 そりゃ、酔っぱらうはずだ。
 気づけば、カルラさんはのろのろとうようにしてオルボーンさんに近づいている。

「おりゅぼーん! にゃににぇてんだー!」
「……う?」
「わらしのしゃけが、にょめないってゆーのきゃー!」

 そして、眠りかけていたオルボーンさんに絡み始めた。
 カルラさんはオルボーンさんの口に自分の杯を当て、酒を飲まそうとしている。
 ……タ、タチが悪い。カルラさんはどうやら絡み上戸じょうごらしい。

「退散するなら今のうちだよ、アラン君」
「みたいですね。すみませんソルスキアルさん、カルラさん達をお願いします」
「ああ、任せて」

 俺は足早にそこをあとにした。
 だが。
 一とおり挨拶を済ませて自分の席に戻ってきたら、それはもう――ひどかった。
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