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連載
7-06
しおりを挟むやっちまった……。
俺はサージカント領の高級宿屋の一室で、頭を抱えていた。
何かおかしなテンションだった俺は、カサシスの爺さんに向かって、かなり強気なことを言ってしまった。
テンションの原因は、長く長く、多分十時間以上も面会を待たされたからである。
というか、そう信じたい。
寝不足とストレスのイライラを、あの厳しいサンタのような爺さんにぶつけてしまったのだ。
「まあまあ、アラン。言ってしまったことはしゃあないで?」
「わうう」
カサシスと足元のラスに慰められる。
朝食を一緒にとったカサシスは、何故かそのまま本を片手に俺の部屋に居座っていた。
「そうはいっても、なあ……」
「俺としては、俺のためにそこまで怒ってくれたことに感謝しかないで。……お前を騙そうとした俺をな」
「それは、まあカサシスが嫌々やっていたって聞いたら、そう思うだろ」
「いやいや、なかなかそうは思えんもんやで? まあ、おかげで俺はサージカントの屋敷にはよう戻れんくなってもうたけど」
「それは……ごめん」
「ええんやって。それに俺も、ごめんな」
さっきからこの調子だ。
俺は自己嫌悪で申し訳なく、カサシスは感謝の言葉ばかり。
そして最後には謝罪になる。
このままでは謝り合戦になってしまう。
それを断ち切ったのは、ある少女の入室だった。
「およ。エルシビラちゃんやないか。どした?」
「もー! どしたじゃないよ! わたしおしごとしてきたのに!」
カサシスの言葉に反応して頬を膨らませるのは、エルシビラ。
灰色の真っ直ぐな髪は肩で切りそろえられ、額を隠すように色鮮やかな柄の布が巻かれている。
その布の下には赤い水晶のようなものが四つ隠れており、ふんわりとしたスカートの下には八本の足が隠れているはずだ。
彼女はアラクネ。
アラクネの女王の娘――つまりは王女だ。
サージカント領に向かう旅に立候補してくれた仲間の一人だ。
「仕事? 仕事ってなんやねん」
「カサシスにはおしえないよーだ! パパ、ちゃんと連絡してきたからねー」
エルシビラはそう嬉しそうに俺に駆け寄って手を引く。
俺はその艶やかな頭を撫でて労わった。
「連絡って、言うとるやん」
「べー、だ!」
突っ込みするカサシスと、舌を出すエルシビラを宥めながら。
「それで、なんだって?」
「あ、うん。わかったってー」
「あ……そう?」
無邪気に笑うエルシビラ。
「何にもわからへんでー」
「もー! うるさいなー。本当にそう言ってたんだもん!」
背もたれに体を預け、足を組み伸ばしたままフットレストに置いたカサシスがまたもや突っ込むと、それに反応するエルシビラ。
話が進まない。
「カサシス」
俺が名前を呼ぶと、カサシスは一度だけ両手を上げる。
彼は俺におどけるような顔をしたあと、腹に置いていた本を読み出した。
これで邪魔は入らないだろう。
視線をエルシビラに戻す。
「他には? 何か言ってなかった?」
「え? うーんとねー……」
うんうん唸っているエルシビラを見て、カサシスがまた口を開こうとしたので、俺はそれを目で制す。
「あっ!」
その顔はまるで頭の上に電球が灯ったかのようだった。
「あのねっ、カサシスの人達を追い返したって言ってた!」
「そっか」
「これで心配ないから、パパはパパの仕事がんばりなさいってー」
「うん、わかった。ありがとう」
「えへへー」
エルシビラの会心の笑みに、思わずもう一度頭を撫でた。
「カサシス」
「おう。ほんなら早く行くか」
ひとまずの問題は去った。
あとは行動あるのみだ。
立ち上がって、荷物を背負う。
カサシスも足元の荷物に手をかけていた。
ラスが体をおこして俺を見上げる。
『アラン、出かけるの? でもこの体じゃあ、アランを乗せられないよ?』
耳に聞こえるのは「わうわう」という鳴き声のみだが、頭には別の意味が伝わってくる。
それはラスの意思だ。
エルシビラの霊糸のお陰で、俺とラスは意思をより強く交すことができるようになったのだ。
「あ、やっとこの部屋から出られるんだね、アラン」
「もう飽き飽きしてたよ、アラン」
小さな子供が二人、俺の腕を引っ張る。
二人とも小さな男の子で、赤と青の髪をしている。名前はツグリとティーボ。
肌は白く、目鼻立ちがはっきりしていて、将来は美形になること請け合いである。
この二人は妖精族だ。
元来妖精族はせいぜい大きくても身長は三十センチ程度。
それが今は普通の人間の子供ほどの大きさになっている。
これは彼らの幻術によるものである。
幻術によって、彼らは人間と同じように過ごしている。
そしてラス。
俺を見上げているラスの大きさは、全長百センチほど。
もともとのラスの大きさは十メートル以上にもなるというのに、今はちょっとした大型犬くらいの姿だ。
これもツグリとティーボの幻術によるもの。
お陰でこのサージカントの町に入っても、人に見られたって大したことにはなっていないのだ。
ラスは巨大な魔獣だから、多分そのままで入ったら、すごい騒ぎになっていただろう。……いや、そもそも中に入らせてはもらえないか。
「アラン、早よせいやー」
「うん。とりあえず荷物を作るから、もうちょっと待っててよ」
「はーい」
「わかったよ、アラン」
『わかった! 荷物は持つからね!』
元気のよい声を聞き、満足した俺は旅の準備をはじめるのだった。
ふと目線をあげれば、カサシスは早々と荷造りを済ませたようで、しげしげと目で皆を追っている。
「それにしても、不思議や……。いつ見ても、不思議すぎるやろ」
「ん? 何が?」
「いや、ラスのことや。もともとはもう、でっかいでっかい狼やったやろ? それが、なんでこない小さくなっとんねん」
「あー、まあ、幻術だから、としか」
「それがおかしいって言ってんねん。普通幻術っつったら、実際の見た目を上から多い被せて誤魔化すだけで、もとの姿は何も変わらないんや。そのはずや」
「うん。それはまあ、俺も知ってるけど」
手は動かしながら、カサシスの話を聞く。
『なんか難しい話? オイラはちょっと厩のほうに行ってるね』
「あっ! ラス、僕も行くよ!」
「僕はここでアランといるよ」
ラスがそう言い残し、近くにいたツグリがラスの背中に乗って、近くの窓から外へと飛び出した。
その様子を見てると、フィアスの幼い頃を思い出す。
ラスは人を背中に乗せるのが上手で、フィアスも滅多に落ちたことは無かったな。
「ほら、おかしいやん!」
「ん?」
カサシスが今ラスとツグリが飛び出ていった窓を指差して大声をあげる。
「だから、なにがおかしいんだよ?」
「あれや、あれ!」
「あれ?」
「窓枠の大きさや!」
「窓枠?」
カサシスが指差した先の窓は、普通の大きさだ。 おかしいところは何も無い。
「窓がどうかしたのか?」
「だー!」
頭をかきむしるカサシス。
俺はそれを見て本気で心配になってしまう。
「ど、どうした、カサシス。落ち着け、ほら」
荷造りを中断し、カサシスの肩に手を置く。
それでも彼が落ち着くことは無かった。
「おかしいやろ! どう見てもおかしいやろって!」
「だから何が?」
「あれや! あの窓枠。せいぜいが俺が両手広げたくらいしかないんやぞ!? アラン、お前んとこの単位で言っても、二メートルくらしかあらへん! それをあんな巨体ならすが通るとかありえへんやろ!」
「え……?」
思わず、窓に目をやる。
確かに、窓枠の横幅は二メートルくらいだ。
小さくなったラスなら、たしかに難なく通れる大きさである。
だけど、もとのラスなら、顔がギリ入るか入らないか。なのに窓枠はなんともない。
「……あれ?」
「……アラン、俺が幻術破りの術具持ってるんは知ってるやんな?」
「あ、うん」
「それつけて見れば、確かにラスはもとの大きさなんや。あの妖精のチビっ子も同じや」
頷きながら、カサシスを見る。
カサシスの左耳には、丸いピアスの形をした術具がついている。
それはサージカント家にあったアーティファクト。
身につけた本人に幻術が効かなくなるという、伝説級の効果を持つ術具だ。
「んで、な。これつけててもわけわからんねん……。でかい体のラスが、窓枠スルーっと通り過ぎるんや。一瞬のことやったから、よくは見いひんかったけど、まるで窓枠が膨らんだみたいやった……。扉んときも、廊下だってそうや。いきなり建物が歪むんやぞ? 頭おかしくなりそうやわ」
「建物が、歪む?」
物理的におかしなことを言うカサシス。
馬鹿なことをと一蹴するのは簡単だ。
だけど。
「確かに、それはわけがわからないね。……妖精たちの幻術には、慣れたような気がしたけど」
「それは感覚が麻痺しとるだけや」
グイのときやターブのときは、幻術によって俺自身と二人が騙されているから、感触も騙されているのだと思ったけど。
深いため息を吐いて、カサシスは割りと真剣な表情を作る。
「あのな、アラン。あいつらの幻術。もしかしたらやなんやけど……」
「……うん」
「あいつらの幻術。あれ、この世界自体を騙してるんちゃうか?」
「世界自体?」
なんだか、だされた単語が大きすぎて、よくわからない。
というか、世界って……。
「まあ、言い方が悪かった。世界というか、この空間、建物を騙してるっちゅうこっちゃ」
「いや……それでもものすごいことなんだけど……」
「そら、すごいやろ。ほんま、意味わからんもん」
思わずティーボに目が行く。
俺とカサシス、二人の視線を受けたティーボは「なーに?」と小さく首を傾げている。
「こんな、小さな妖精が……」
「やなあ……」
今の姿も、妖精の姿も非常に可愛らしいものだ。
そんな存在が、世界を騙す術をつかえるだなんて。
「ねえねえ、なんでこっち見てるの? 早く準備するならして、出かけようよ、アラン」
ティーボに指摘され、我にかえる。
「そ、そうだな。早く準備して、出かけよう」
「そ、そやそや! 途中迷宮都市もあるさかい。難しい話は後や、後」
俺たちは急いで荷造りを澄ませ、宿を出た。
まだ午前中ということもあって、日は登りきっていない。
新鮮な空気を胸に吸い込んで、カサシスを見る。
そこにいたのは、なんだかいつもより機敏な行動するカサシスである。
「というか、カサシス。やけに焦ってないか?」
「うぇ!? い、いやあ、そそそんなことあらへんで!」
「うーん?」
そんなカサシスに、俺は頭を傾げるのだった。
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