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第03話 聖女クララ
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王都神殿――その中心にある《祝福の塔》は、信徒の間での光が最も強く差し込む場所と呼ばれていた。
天に向かってひときわ高くそびえる純白の巨塔は、この国の信仰の象徴であり無垢なる聖女を迎え入れるにふさわしい、穢れなき聖域と。
その威容は、遠くから見ても人々の心を畏敬の念で満たすよう完璧に設計されていた。
しかし、その欺瞞的な美しさが俺の心をさらに深く抉る。
だが俺にとっては、そこが妹の命を勝手に奪い殺した奴らの冒涜的な場所としか見えなかった。
塔の壁を彩る細かな彫刻も、陽光を反射して輝く尖塔も、その白さが、嘘と偽善で塗り固められているように感じられ、胸の奥で煮え滾るような怒りが収まらなかった。
信仰の名の下に行われるこの全てが、俺にはただただ汚辱にまみれたものとしか映らない。
今日、塔では《新たなる聖女候補》のお披露目式典が行われる。
王都中の貴族や高位聖職者たちが顔を揃え、分不相応な絢爛な衣装で着飾ってる。
彼らの顔には、真の信仰ではなく、計算され尽くした期待と権力への追従が貼り付いている。
広場に集まった街の民たちは、祝福の鐘を仰ぎ見ては盲目的に拍手を送る。
その光景は、まるで巨大な劇場の一幕のようだった。
誰もが己の役割を演じ、作り物の喜びに酔いしれている。
だが、俺はそんな表舞台の喧騒から離れ、塔の裏通路の奥に潜んでいた。
ひんやりとした石壁に背を預け、冷たい温度を背中で感じながらただ静かに、これから登場する『聖女』の姿を見つめていた。
周囲のざわめきも、歓声も、俺には耳障りな雑音でしかない。
それらは、俺の復讐の炎を煽る、ただの燃料だった。
──クララ=フォンテーヌ。
白銀の生地に、細やかな刺繍が施された贅沢なドレスはまるで月光を縫い合わせたかのように輝いていた。
光を反射して煌めくそれは、まるで光そのものを纏っているかのよう。
ふわふわとした柔らかな髪をなびかせ、一歩一歩祭壇へと歩みを進める彼女は、まさしく『物語の主人公』そのものだ。
その完璧すぎるまでの演出に、俺は吐き気を覚える。
計算し尽くされた仕草に瞳の輝き、全てが芝居がかった美しさ。
自信に満ちた笑み。
その瞳は期待に輝き見目麗しく、しかしどこか計算された儚げな声は周囲の者たちの心を鷲掴みにする。
誰もが息を呑むように彼女を見つめ、陶酔にも似た表情を浮かべていた。
まるで、自らの人生の意義を彼女に見出しているかのように。
「まるで、夢を見ているようですね……」
「聖女様に一目会えただけで、祝福を受けた気分だ」
「生まれながらに選ばれし者とは、ああいう人を言うのだろう」
民衆の呟きが、気味が悪いほど【揃っていた】。
まるで用意された台詞を棒読みしているかのように、一糸乱れぬ賛美の言葉が塔の周囲にこだまする。
その薄っぺらい称賛の波が、俺の妹の純粋さを踏み躙るようで不快感が全身を巡った。
リリスの真の奇跡を知る俺には、その全てが醜悪な模倣にしか映らない。
クララが歩くたびに、神殿の中にあるはずのない、色とりどりの花が舞った。
どこからともなく、微かな風に乗って空中に広がり、まるで彼女の歩みに合わせて咲き誇るかのようだ。
それは奇跡ではなく、ただの『仕掛け』だ。
人工的な香りが鼻腔をくすぐり、視覚を惑わす。
祭壇へと続く階段の途中で、騎士がたまたまよろけてクララを受け止める。
その瞬間、騎士がクララに笑いかけながら何かをしゃべっているが――その騎士は、嘗てリリスに冷淡な態度を取っていた男であることを、俺は知っている。
それもまた、作り物めいた劇の一幕、吐き気を催すほどの偽善だ。
そして、祝福の鐘が、彼女が祭壇の中央に立った瞬間だけ、ひときわ美しく高らかに鳴り響いた。
その全てが、あまりにも出来すぎている。
あまりにも不自然だ。
偶然だと言うなら、どれだけ重なれば【作為】になる?
これほど露骨な演出が、どうして通用する?
誰も、そこに疑いを抱かないのか?
「これは……作られた『奇跡』だ。神殿の、いや、王家が仕組んだ醜悪な茶番だ」
誰にも聞こえぬように、唇の奥で呟く。
俺の分析は、疑いようのない確信へと変わっていく。
リリスの奇跡は、もっと静かで、優しく、しかし確実に人々の心を揺さぶるものだった。
こんな薄っぺらい見世物とは、全く違う。
違和感がある――いや、違和感しかない。
リリスの純粋な奇跡とは、根本的に異質なものだ。
この舞台はまるで誰かが用意した『台本』の上で動いている。
それも、ずさんで安っぽい、子供騙しの台本だ。
だが、周囲の愚かな民衆は誰も疑問を抱かない。
『奇跡』という都合の良い言葉がすべてを正当化し、人々の目を曇らせる。
彼らの無知と盲信が、この欺瞞を許しているのだ。
真実よりも、心地よい虚構を求めている――その事実が、俺の怒りをさらに深くする。
「ふふっ、これって……まるで、あのシーン通りじゃない?」
その声が聞こえた。ひときわ響く鐘の音と民衆の熱狂に紛れて、しかし俺の耳には鮮明に届いた。
その言葉は、まるで周囲の音の全てを切り裂くように、俺の鼓膜に焼き付いた。
思わず顔を上げた。
少し離れた柱の陰、式典の合間にクララがふと漏らしたその言葉は、誰にも向けられたものではなかった。
彼女は恍惚とした表情で、自らの手のひらを眺めていた。
独り言……にもかかわらず、俺にはそれが雷鳴のように響いた。
全身を貫くような、戦慄を覚える言葉。
この世界の根幹を揺るがしかねない、禁断の響き。
──あのシーン。
何の【シーン】だ?
まるで、自分がすでに知っている展開をなぞっているような言い回し。
未来を、この世界の出来事を、前もって知っていて当然のような口ぶり。
そして、その表情はどこか陶酔していた。「世界の中心にいる」事を、まるで確信しているような醜悪なまでの自惚れに満ちている。
その瞳には、この世界が自分を中心に回っている――そのような傲慢なまでの優越感が宿っている。
ぞわり、と背筋を悪寒が走る。
それは冷たい蛇が這い上がるような不快感だった。
俺の騎士としての経験が、目の前の現象が、常識ではありえないことを告げていた。
この女は――【物語】を演じている。
しかも、ただの演技じゃない。
これは、自分の記憶通りに進んでいることを確認して喜んでいる表情だ。
彼女にとって、この世界は、ただの舞台装置に過ぎないのだ。
彼女の記憶の中の物語を、忠実に再現する舞台。
……どういうことだ。まさか、本当に……この世界の出来事を、前もって知っていたとでも?
あの改ざんされた記録、妹の存在の抹消――全てが繋がり始める。
文書課で目にした、改ざんされた記録が脳裏をよぎる。
リリスの存在が抹消され、クララが“代役”として台本にねじ込まれた事実。
その全てが、今、一つの醜い真実へと収斂していく。
その【筋書き】を、彼女は知っていた。
最初から。まるでゲームの攻略本を片手に、この世界を弄ぶかのように。
俺の妹の命すら、彼女の【物語】の邪魔な駒としか見ていなかったのだろう。
俺が知らないうちに、この世界はすでに【書き換えられていた】と言う事なのだろうか?
妹が殺され、その命が意味を失ったことすら、彼女にとっては【物語】の一部だったのかもしれない。
彼女の描く【ハッピーエンド】のために全てが都合よく配置された、ただの背景に過ぎないのだ。
冷たいものが背中を伝わる――それは恐怖ではなく、怒りでもない。
いや、もはや、俺自身の感情ですらなかった。
聖女クララは、【敵】だ。
俺の妹を奪い、その存在を消し、その場所に平然と座っている『聖女』
この世界を、自分の思い通りに『なぞる』ように歩いている異物。
その異物こそが、俺が滅ぼすべき、絶対的な悪なのだ。
「……クララ=フォンテーヌ。お前は、俺の妹を奪った。その代償、高くつくぞ。お前の全てを……この俺が奪い尽くしてやる」
唇の端が、冷酷な笑みを歪ませる。
だが、それは【ヨシュア】としての笑みではない。
その顔は、氷のように冷たく、しかし瞳の奥には、業火のような復讐の炎が宿っていた。
天に向かってひときわ高くそびえる純白の巨塔は、この国の信仰の象徴であり無垢なる聖女を迎え入れるにふさわしい、穢れなき聖域と。
その威容は、遠くから見ても人々の心を畏敬の念で満たすよう完璧に設計されていた。
しかし、その欺瞞的な美しさが俺の心をさらに深く抉る。
だが俺にとっては、そこが妹の命を勝手に奪い殺した奴らの冒涜的な場所としか見えなかった。
塔の壁を彩る細かな彫刻も、陽光を反射して輝く尖塔も、その白さが、嘘と偽善で塗り固められているように感じられ、胸の奥で煮え滾るような怒りが収まらなかった。
信仰の名の下に行われるこの全てが、俺にはただただ汚辱にまみれたものとしか映らない。
今日、塔では《新たなる聖女候補》のお披露目式典が行われる。
王都中の貴族や高位聖職者たちが顔を揃え、分不相応な絢爛な衣装で着飾ってる。
彼らの顔には、真の信仰ではなく、計算され尽くした期待と権力への追従が貼り付いている。
広場に集まった街の民たちは、祝福の鐘を仰ぎ見ては盲目的に拍手を送る。
その光景は、まるで巨大な劇場の一幕のようだった。
誰もが己の役割を演じ、作り物の喜びに酔いしれている。
だが、俺はそんな表舞台の喧騒から離れ、塔の裏通路の奥に潜んでいた。
ひんやりとした石壁に背を預け、冷たい温度を背中で感じながらただ静かに、これから登場する『聖女』の姿を見つめていた。
周囲のざわめきも、歓声も、俺には耳障りな雑音でしかない。
それらは、俺の復讐の炎を煽る、ただの燃料だった。
──クララ=フォンテーヌ。
白銀の生地に、細やかな刺繍が施された贅沢なドレスはまるで月光を縫い合わせたかのように輝いていた。
光を反射して煌めくそれは、まるで光そのものを纏っているかのよう。
ふわふわとした柔らかな髪をなびかせ、一歩一歩祭壇へと歩みを進める彼女は、まさしく『物語の主人公』そのものだ。
その完璧すぎるまでの演出に、俺は吐き気を覚える。
計算し尽くされた仕草に瞳の輝き、全てが芝居がかった美しさ。
自信に満ちた笑み。
その瞳は期待に輝き見目麗しく、しかしどこか計算された儚げな声は周囲の者たちの心を鷲掴みにする。
誰もが息を呑むように彼女を見つめ、陶酔にも似た表情を浮かべていた。
まるで、自らの人生の意義を彼女に見出しているかのように。
「まるで、夢を見ているようですね……」
「聖女様に一目会えただけで、祝福を受けた気分だ」
「生まれながらに選ばれし者とは、ああいう人を言うのだろう」
民衆の呟きが、気味が悪いほど【揃っていた】。
まるで用意された台詞を棒読みしているかのように、一糸乱れぬ賛美の言葉が塔の周囲にこだまする。
その薄っぺらい称賛の波が、俺の妹の純粋さを踏み躙るようで不快感が全身を巡った。
リリスの真の奇跡を知る俺には、その全てが醜悪な模倣にしか映らない。
クララが歩くたびに、神殿の中にあるはずのない、色とりどりの花が舞った。
どこからともなく、微かな風に乗って空中に広がり、まるで彼女の歩みに合わせて咲き誇るかのようだ。
それは奇跡ではなく、ただの『仕掛け』だ。
人工的な香りが鼻腔をくすぐり、視覚を惑わす。
祭壇へと続く階段の途中で、騎士がたまたまよろけてクララを受け止める。
その瞬間、騎士がクララに笑いかけながら何かをしゃべっているが――その騎士は、嘗てリリスに冷淡な態度を取っていた男であることを、俺は知っている。
それもまた、作り物めいた劇の一幕、吐き気を催すほどの偽善だ。
そして、祝福の鐘が、彼女が祭壇の中央に立った瞬間だけ、ひときわ美しく高らかに鳴り響いた。
その全てが、あまりにも出来すぎている。
あまりにも不自然だ。
偶然だと言うなら、どれだけ重なれば【作為】になる?
これほど露骨な演出が、どうして通用する?
誰も、そこに疑いを抱かないのか?
「これは……作られた『奇跡』だ。神殿の、いや、王家が仕組んだ醜悪な茶番だ」
誰にも聞こえぬように、唇の奥で呟く。
俺の分析は、疑いようのない確信へと変わっていく。
リリスの奇跡は、もっと静かで、優しく、しかし確実に人々の心を揺さぶるものだった。
こんな薄っぺらい見世物とは、全く違う。
違和感がある――いや、違和感しかない。
リリスの純粋な奇跡とは、根本的に異質なものだ。
この舞台はまるで誰かが用意した『台本』の上で動いている。
それも、ずさんで安っぽい、子供騙しの台本だ。
だが、周囲の愚かな民衆は誰も疑問を抱かない。
『奇跡』という都合の良い言葉がすべてを正当化し、人々の目を曇らせる。
彼らの無知と盲信が、この欺瞞を許しているのだ。
真実よりも、心地よい虚構を求めている――その事実が、俺の怒りをさらに深くする。
「ふふっ、これって……まるで、あのシーン通りじゃない?」
その声が聞こえた。ひときわ響く鐘の音と民衆の熱狂に紛れて、しかし俺の耳には鮮明に届いた。
その言葉は、まるで周囲の音の全てを切り裂くように、俺の鼓膜に焼き付いた。
思わず顔を上げた。
少し離れた柱の陰、式典の合間にクララがふと漏らしたその言葉は、誰にも向けられたものではなかった。
彼女は恍惚とした表情で、自らの手のひらを眺めていた。
独り言……にもかかわらず、俺にはそれが雷鳴のように響いた。
全身を貫くような、戦慄を覚える言葉。
この世界の根幹を揺るがしかねない、禁断の響き。
──あのシーン。
何の【シーン】だ?
まるで、自分がすでに知っている展開をなぞっているような言い回し。
未来を、この世界の出来事を、前もって知っていて当然のような口ぶり。
そして、その表情はどこか陶酔していた。「世界の中心にいる」事を、まるで確信しているような醜悪なまでの自惚れに満ちている。
その瞳には、この世界が自分を中心に回っている――そのような傲慢なまでの優越感が宿っている。
ぞわり、と背筋を悪寒が走る。
それは冷たい蛇が這い上がるような不快感だった。
俺の騎士としての経験が、目の前の現象が、常識ではありえないことを告げていた。
この女は――【物語】を演じている。
しかも、ただの演技じゃない。
これは、自分の記憶通りに進んでいることを確認して喜んでいる表情だ。
彼女にとって、この世界は、ただの舞台装置に過ぎないのだ。
彼女の記憶の中の物語を、忠実に再現する舞台。
……どういうことだ。まさか、本当に……この世界の出来事を、前もって知っていたとでも?
あの改ざんされた記録、妹の存在の抹消――全てが繋がり始める。
文書課で目にした、改ざんされた記録が脳裏をよぎる。
リリスの存在が抹消され、クララが“代役”として台本にねじ込まれた事実。
その全てが、今、一つの醜い真実へと収斂していく。
その【筋書き】を、彼女は知っていた。
最初から。まるでゲームの攻略本を片手に、この世界を弄ぶかのように。
俺の妹の命すら、彼女の【物語】の邪魔な駒としか見ていなかったのだろう。
俺が知らないうちに、この世界はすでに【書き換えられていた】と言う事なのだろうか?
妹が殺され、その命が意味を失ったことすら、彼女にとっては【物語】の一部だったのかもしれない。
彼女の描く【ハッピーエンド】のために全てが都合よく配置された、ただの背景に過ぎないのだ。
冷たいものが背中を伝わる――それは恐怖ではなく、怒りでもない。
いや、もはや、俺自身の感情ですらなかった。
聖女クララは、【敵】だ。
俺の妹を奪い、その存在を消し、その場所に平然と座っている『聖女』
この世界を、自分の思い通りに『なぞる』ように歩いている異物。
その異物こそが、俺が滅ぼすべき、絶対的な悪なのだ。
「……クララ=フォンテーヌ。お前は、俺の妹を奪った。その代償、高くつくぞ。お前の全てを……この俺が奪い尽くしてやる」
唇の端が、冷酷な笑みを歪ませる。
だが、それは【ヨシュア】としての笑みではない。
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