妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

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第08話 徐々に狂い始める【クララ視点】

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(ふふ、と笑ったのは……いつぶりだったかしら?)

 この世界に転生して以来、私はずっと気を張って生きてきた。
 前世で何度もプレイした乙女ゲーム、その中で私は何度も悲劇を味わった【聖女・クララ】。
 悪役令嬢に陥れられ、バッドエンドを繰り返す哀れなヒロイン……だけど、もう繰り返さない。今世は違うの。私は前世の知識を総動員して、この世界で【ヒロイン】になると決めた。もう誰にも殺されない。誰にも奪わせない。
 リリスが死んだと聞いた時、ようやく、やっと、物語が本来あるべきルートを辿り始めたのだと心の底から安堵した。

(これでようやく、私は【ヒロイン】になれる)

 神に選ばれ、人々に愛され、全ての攻略対象から注目を浴びる唯一無二の存在。それが【聖女・クララ】――ゲームの中で何度も理不尽な死に追いやられたあの私が、やっと勝者になるの。
 リリスは無知で世間知らずでただ聖女として神に選ばれただけの偶像だった。
 その欠点を、さりげなく周囲に伝えるのは、ヒロインとしての当然の義務。
 王太子ユディス様には慈愛深く、ユリウス団長には気丈に、セドリック様には清楚に、エミリオ様には控えめに。
 立場をわきまえ、空気を読み、あの子とは違う【聖女像】を演じ抜いてきた。それがこの世界を正しい筋書きへと導くと信じていた。

 そう、私が勝ったの。
 もう、誰も疑う余地なんてなかったはず。誰もが私を選び、私を見ていた……なのに。

(どうして?)

 あの【異物】が現れるまでは、完璧だったのに。あの、アリス――。

「アリス、ですって……」

 その名前を口にするたび、喉の奥がざわつく。
 まるで、大切な物語のページに誰かが無遠慮な落書きをしたような不快感。
 おかしい、こんなキャラ、いなかった。前世のどのルートにも、こんな女は存在しなかった。
 王太子ユディス様のルートにも、ユリウス団長のルートにも、セドリック様のルートにも、エミリオ様のルートにすら出てこなかった。

(それなのに――どうして、皆、彼女を見るの?)

 あの瞳が気に入らない。
 氷のように冷たくて、何も映さない、無垢さが足りない。
 リリスは、あんな目はしていなかった。もっと無邪気で、愚かで、そして……だからこそ壊しやすかった。
 けれど、アリスの目は違う――あの目は、誰かを見ていない。
 見抜いている、計っている、冷たくて、静かで、でも底知れなくてどこまでもどこまでも――底がない。

(誰……?)

 私は【ヒロイン】のはずだった。
 リリスが死んだことで物語は私を中心に回り始めたはずだったのに。なのに、【もう一人の聖女】だなんて、そんな存在、許されるはずがない。聖女は一人しかいない。
 ゲームの設定でも、この世界の神話でもそれは絶対の前提だった。
 なのに今、なぜ二人いるの?
 それを誰もおかしいと思わないの?
 神殿も、王宮も、誰一人疑わないなんて――何かが、おかしい。
 私のための物語に、彼女が勝手に入り込んできた。
 私がヒロインとして君臨するための舞台に、彼女が、何の前触れもなく当たり前の顔をして立っている。

 その存在が、許せなかった。

 私の物語を、彼女が汚していく。私の勝利を、彼女が書き換えていく。私の人生を、彼女が奪おうとしている。

(私は……勝ったのよ?ちゃんと【勝った】、はずなのに)

 これまでどれだけ気を張って立ち回ってきたと思ってるの?
 前世の記憶と知識を最大限に活かして、あらゆる選択肢を最善に導いてきた。
 その結果、私は生き残り、神に選ばれ、愛され、ヒロインとしての地位を手に入れたはずだった。それなのに、彼女はそれを台無しにしようとしている。

(リリス……あなたは死んだはずなのに、何を遺したの?)
(あの女は……何者?)
(わたくしの世界を……狂わせないで……!)

 手が震えていた。気づかぬうちに、爪が掌を抉っていた。
 痛みすら、どこか遠い。
 なのに、口の中だけが熱を持ち、焼けるようにただ、ひとつの名を繰り返す。

 アリス。アリス。アリス。

 呟くその声は、もはや祈りではなかった。祈るように願った名前は、いつしか呪詛へと姿を変えていた。
 そして私は、まだ気づいていなかった。
 その呪いが、自分自身をも蝕み始めていることに――。
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