妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

文字の大きさ
23 / 49

第23話 炎の痣【ルーカス視点】

 夜の帳に包まれた王城の庭園は、昼の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 アリスと別れてから、すでに三十分ほどが経っていただろうか。セドリックとは結局何の話もせずに形式的な挨拶を交わしただけで、その場を離れた。
 遠くで響く夜会の音楽は、まるで別の世界の出来事のように思える。
 石造りのバルコニー、その冷たい床に俺はひとり腰を下ろしていた。
 人払いを済ませたこの場所は、思考を巡らせるにはちょうどいい。冷えた夜風が頬を撫で、胸の奥に澱のように溜まった感情をゆっくりと解きほぐしていく。

 ――ふと、背後に気配を感じた。

 警戒すべき相手ではない。そう、身体が告げていた。
 振り返れば、そこに立っていたのは――【アリス】だ。
 舞踏会の華やかさとは不釣り合いな、静かな気配を纏っているかのように、静かに立っていた。
 純白のドレスも、煌めく宝石も、彼女の存在感の前ではただの飾りにしか見えない。右目を覆う白いベールが、夜の闇の中でもなお鮮やかに目を引いた。
 逃げたはずの相手が、今、目の前にいる。
 この場所には誰もいない。誰にも邪魔されることはない。
 彼女は俺に気づくと、少し青ざめた顔をして小さく息を静かに吐き、それでもまっすぐに俺を見る。

「先ほどは……失礼いたしました、ルーカス様……こんな夜更けに一人で?」

 その声は澄んでいて、だがどこか硬い。
 警戒心か――いや、それだけではない。
 あの図書室で見せた、怯えに満ちた表情。
 それと同じものが、今も確かに、その奥にある。

「君こそ、どうしてここに?」
「……騒がしい場所は、苦手なんです」

 その言葉は、おそらく嘘ではない。社交の場で浮かべていた完璧な笑みの裏に、どこか深い疲労が滲んでいたことを、俺は見ていた。

「同感だ。嘘ばかりの社交は、疲れる」

 そう言うと、彼女はほんの少しだけ口元を緩めた。
 【聖女】らしい穏やかさなど微塵もなく、それは疲労と軽蔑が混じった剥き出しの笑みだと思う。

「……君も、そうだろ?」
「……さあ。わたしは、その……そういう場に馴染めるほど器用ではありませんから」

 その声が、かすかに震えている。俺はそっと彼女の隣に立ち、ベール越しにその瞳を覗き込んだ。

「……その目を隠しているのは、見られたくないからか?」

 俺の言葉に対して、沈黙。
 だが、それは否定ではない、肯定の沈黙だ。

「それとも――隠さねばならない、もっと大きな理由があるのか?」

 彼女の睫毛が、微かに震える。けれど、口は閉ざされたまま。
 思わず俺は手を伸ばし、彼女の右目を覆うベールにそっと指をかけた。彼女はわずかに身をこわばらせ、抵抗しようとする――が、すぐに諦めたように視線をそらす。
 以前、我慢できなくて手を出してしまった事があったからこそ、ある意味警戒しているのかもしれない。そのような雰囲気を出しつつ、彼女は俺を見る。
 そのまま俺は、ゆっくりとそれを持ち上げる。
 そこにあったのは、醜く焼けただれた火傷の痕があり、俺にはその火傷に見覚えがあった。

「……やはり」

 その痕に、指先をそっと這わせる。
 彼女の身体が、びくりと震えた。

「これは、昔……いや、ずっと前に見た」

 十数年前の記憶が、脳裏に蘇る。
 教会で泣いている娘の姿を優しく見守るような少年。
 そして、黙したまま睨みつけてきた人物、その右目を覆っていた包帯。その下に、確かにあった――この傷。

「……触れないで、下さい」

 かすれた声が、落ちたのだが俺は、手を止めなかった。
 彼女の瞳を覗き込む。
 その瞳に宿っているのは――悲しみではない。
 ましてや慈愛など、微塵もない。
 そこにあるのは、燃えるような復讐の光。
 ……それに、俺は、強く惹かれていた。

「面白いな」
「……何が、ですか」
「君が……いや――君のその目が」

 俺は、ためらいなく顔を近づけた。
 そして、ベール越しにその唇に唇を重ねる。
 それは祝福でも、愛でもない。
 ただの――好奇心からくる口づけだった。

 彼女の身体が固まり、人形のように動かなくなる。

「……っ、やめ……!」

 震える手で、彼女が俺の胸を押し返す。
 俺は一歩、距離を取りながら、静かに囁いた。

「君が誰であろうと――僕は君を選ぶ」

 それは、彼女の正体がどうであれ、構わないという意志。
 偽りでも、復讐でも、過去の亡霊でも。この俺の興味を引いた瞬間から、彼女は――俺のものだ。

「……なにを……言って……」
「君が偽者でも、復讐者でも、化け物でも構わない。君は、僕の退屈を壊す存在だ」

 その言葉に静寂が落ちる。
 アリスは、震える手で胸元を押さえ、視線を逸らし、そして踵を返し、その場を去っていく。
 その小さな背を、俺はじっと見つめていた。

 ――さあ、どんな物語を見せてくれる?

 俺の世界を壊してくれ、アリス。
感想 0

あなたにおすすめの小説

私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか

あーもんど
恋愛
聖女のオリアナが神に祈りを捧げている最中、ある女性が現れ、こう言う。 「貴方には、これから裁きを受けてもらうわ!」 突然の宣言に驚きつつも、オリアナはワケを聞く。 すると、出てくるのはただの言い掛かりに過ぎない言い分ばかり。 オリアナは何とか理解してもらおうとするものの、相手は聞く耳持たずで……? 最終的には「神のお告げよ!」とまで言われ、さすがのオリアナも反抗を決意! 「私を断罪するのが神のお告げですって?なら、本人を呼んでみましょうか」 さて、聖女オリアナを怒らせた彼らの末路は? ◆小説家になろう様でも掲載中◆ →短編形式で投稿したため、こちらなら一気に最後まで読めます

僕の事を嫌いな騎士の一途すぎる最愛は…

BL
記憶喪失の中目覚めると、知らない騎士の家で寝ていた。だけど騎士は受けを酷く嫌っているらしい。 騎士×???

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 他サイトにも投稿しております。 ※本作品をAIの学習教材として使用することを禁じます。 ※無断著作物利用禁止

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

魔物が棲む森に捨てられた私を拾ったのは、私を捨てた王子がいる国の騎士様だった件について。

imu
ファンタジー
病院の帰り道、歩くのもやっとな状態の私、花宮 凛羽 21歳。 今にも倒れそうな体に鞭を打ち、家まで15分の道を歩いていた。 あぁ、タクシーにすればよかったと、後悔し始めた時。 「—っ⁉︎」 私の体は、眩い光に包まれた。 次に目覚めた時、そこは、 「どこ…、ここ……。」 何故かずぶ濡れな私と、きらびやかな人達がいる世界でした。

【完】姉の仇討ちのハズだったのに(改)全7話

325号室の住人
BL
姉が婚約破棄された。 僕は、姉の仇討ちのつもりで姉の元婚約者に会いに行ったのに…… 初出 2021/10/27 2023/12/31 お直し投稿 以前投稿したことのあるBLのお話です。 完結→非公開→公開 のため、以前お気に入り登録していただいた方々がそのままお気に入り登録状態になってしまっております。 紛らわしく、申し訳ありません。 2025/04/22追記↓ ☆本文に記載ありませんが、主人公の姉は婚約破棄された時、主人公の学園卒業時に実家の爵位が国に返上されるよう、手続きをしていた…という設定アリ。