妹を殺された兄が、偽りの聖女候補になって王弟に溺愛されるまで~妹を殺した奴らに、ハッピーエンドなど与えない~

桜塚あお華

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第26話 男たちの視線

 夜会の明くる日、俺は気晴らしに庭を一巡りしたあと、ふと足を止めていた。
 そこに佇んでいたのは――見慣れた背だった。
 騎士団長であるユリウスの姿だ。
 その男が、俺の部屋の扉の前でまるで【何か】を待つように立っている。
 鋼のように鍛えられたその身体は、いつも通り隙がなかったが――その表情には、明確な躊躇いがあった。
 まるで、自分の決意すら信じ切れずに、ここにいることを赦してくれる誰かを待っているような。

「……ユリウス様?」
「っ……!」

 俺が呼びかけると、彼の肩が微かに震え、そして目を上げたその顔は、騎士の顔ではなかった。
 焦燥と後悔――まるで、告解を求める罪人のような目に見えた。

「アリス様……いえ……聖女様……どうか、どうか……お一人で行動なさらないでください……!」

 掠れた声で懇願するように言う彼の様子は、あまりにも切実で、あまりにも不器用だった。

「えっと……それはどういう意味でしょうか?」

 俺が静かに問い返すと、彼は一歩、こちらへ踏み出す。

「この城には【何か】が潜んでいます……聖女様の命を奪おうとする……確かな【意思】が……」

 言葉を選びながらも、ユリウスは必死に何かを伝えようとしていた。
 けれどそれは、予言でも警告でもなく――明らかに、自責と贖罪の言葉だった。

「ですから……どうか…………どうか、傍に、私を置いてください。私が……必ず、貴女をお守りします」
「ユリウス様……」

 その声音には、確かに“誓い”の響きがあった。
 だが、それは俺に向けられた誓いではない。

 ――それは、護れなかった【誰か】への、後悔の残響。

「ユリウス様……あなたはわたしの大切なリリスを護れなかった」
「……っ」

 俺の言葉に、彼の目が苦悶で歪む。
 否定の言葉は出ない。ただ静かに、深く、頭を垂れる。

「私を護ることで、その罪を清算しようとしている……違いますか?」
「……」

 彼は黙っていた。
 肯定も、否定もせず、ただその場に立ち尽くす。
 それが全ての答えだった。

「――私はリリスではありませんよ、ユリウス様」

 その言葉を告げて、俺は背を向ける。
 けれど、歩き出そうとしたその時、彼の声が背中に刺さった。

「――あの夜、私は扉の前まで行きました」

 足が止まる。

「でも……命令に逆らえなかったんだ……」

 俺は、振り返らない。
 その言葉が、俺の内側を静かに、しかし確実に削っていく。
 リリスの命の重さと、彼の選ばなかった行動が、何もかもを変えてしまった。
 そして、角を曲がった先にいたのはエミリオだった。
 彼は壁際に腰かけ、スケッチブックを開き、何かに取り憑かれたように描いている。その指先の動きは滑らかで、執拗で、まるで獲物を貪る猛禽のようだった。

「……エミリオ様?こんな場所で、何を?」

 俺の声に、彼は一拍遅れて振り返り、その目に宿る光は、熱ではなく――光彩を持たない、静かな飢え。

「これは、私の本能ですよ、アリス様」
「……本能?」

 彼は微笑む――優雅で優しげな笑み。けれど、その裏にあるのは明らかな異質さだった。

「あなたが存在している限り、私は描かずにはいられない……逃げないでくださいね、【聖女様アリスさま】」

 差し出されたスケッチブックには、俺が描かれていた。
 その顔は――【生】よりも【死】に近かった。

「……この顔の、どこが【絵】になるのですか」
「そこが美しいのです……死にかけた顔ほど尊いものはありません」

 エミリオのその言葉に、背筋が冷える。
 この男は、リリスの死を【喪失】としてではなく【創作素材】として消費している。
 感情も、悼みもない、ただ、欲望だけがある。

「リリスの死は、貴方にとって【糧】だったのですね?」
「ええ……でも、まだ【完成】していません。フフ、貴女が……終わらせてくれるのでしょう?」

 その目に映っているのは、【俺】ではない。
 【聖女】という題材――死に向かう存在。それだけ。
 ぞっとするほど純粋な【狂気】――これが、“芸術家”という人種なのか。

  ▼ ▼ ▼

 数時間後。部屋を出た俺の前に、今度はセドリックがいた。
 声もかけず、ただ静かに立ち、俺を見つめている。
 その視線は、何も押しつけてこない。ただこちらを【見守る】だけ――のように見える。

「……セドリック殿。何か御用でしょうか?」

 問いかけに、彼は静かに首を振る。

「いえ。ただ……貴女が、正しく導かれることを願っているだけです」
「【正しさ】とは、誰のためのものですか?」
「神のために。そして、その神が下す【真実】のために」

 彼は穏やかに笑う。整いすぎた、完璧すぎる笑み。
 その裏には、何かが透けて見えるはずなのに――見えすぎて、見えない。

 ――この男こそが、一番危険だ。

 俺は歩きながら、彼らの言葉と視線を、心の中で並べていく。
 ユリウスは、罪と贖罪に囚われている。
 エミリオは、死と崩壊を愛し、それを美と呼ぶ。
 セドリックは、神の名のもとに全てを操り、己を【真実】と信じて疑わない。

「……こいつら全員、嘘をついてる」

 けれど、その嘘の中に――必ず“真実”はある。
 俺は、それを暴く。この城に巣食う全ての狂気と、欺瞞と、贖罪と、偽りを。

「――この城は、嘘と狂気で満ちているんだな」

 だからこそ、壊しがいがある。この歪んだ舞台に、ふさわしい復讐を。
 鏡に映る【アリス】が、静かに笑う。
 その目の奥にあるのは、憎悪でも憐れみでもない――火のように冷たい意志。
 復讐は、まだ終わっていない。いや――これは、ようやく幕が上がったばかりなのかもしれない。
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