誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空

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18話

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​結婚して半年が過ぎ、二人の生活は完璧なリズムを刻んでいた。

​ある日の夕暮れ前、屋敷の台所は静かだった。普段、食事の支度は使用人たちが担うが、今日はエルナが少し違うことを提案した。

​「ねえ、レオン。今夜の夕食、わたしも手伝ってもいいかしら?」

エルナは台所の入り口から、書斎に向かおうとしていたレオンに声をかけた。

​レオンは立ち止まり、一瞬、珍しいものを見るようにエルナを見つめた。

「もちろん構いませんが、エルナ様が台所に立たれる必要はありません。何かご要望があれば、すぐに料理人に伝えます」

彼の態度は相変わらずエルナの労力を気遣うものだったが、エルナは首を横に振った。

​「そうじゃなくて。今日、庭で採れたハーブと、いただいた新鮮なベリーがあるの。簡単なものでいいから、二人で作ってみたいのよ」

​「二人で、ですか」

レオンの黒い瞳がわずかに揺れた。彼の冷徹な表情には、時折、エルナだけが気づく柔らかい驚きが混じる。

​「ええ。小さな、わたしたちの夕食」

エルナはにこやかに笑う。

​レオンは少し考えた後、静かに頷いた。

「分かりました。ですが、危険な作業は私が担当します。あなたは、私に指示を出してください」

​🌿 台所の静かな共闘 

​こうして、二人は初めて台所に並んだ。

​エルナは、使用人たちが事前に用意してくれた鶏肉と、庭で摘んだローズマリーやタイムを広げた。レオンは、慣れない手つきでエプロンを締めている。

​「レオン、お願い。そのローズマリーを細かく刻んでくれる?」

​エルナの指示に、レオンは慣れたように包丁を手に取った。彼は領地管理の知識は豊富だが、料理は全くの素人だった。しかし、彼の集中力は仕事中と変わらない。

​「この程度でよろしいでしょうか」

レオンが刻んだハーブは、几帳面な性格を反映してか、驚くほど均一に揃っていた。

​「わあ、完璧ね。さすがレオン」

エルナが素直に感嘆の声を上げると、レオンは少しだけ唇の端を上げた。

​エルナは、その刻まれたハーブと塩、胡椒を混ぜ合わせ、鶏肉に丁寧にすり込む。

「次は、これをオーブンに入れる準備ね」

​その間、レオンはエルナが準備した新鮮なベリーを使って、食後のソースを作る作業を任された。

レオンはレシピ通りに砂糖と水を鍋に入れ、火にかける。しかし、慣れない火加減に戸惑い、ベリーを混ぜる手が少しぎこちない。

​「レオン、火が強すぎるわ。もう少し弱火で、ゆっくり」

エルナがそっと、レオンの隣に寄る。

​レオンはすぐに火を弱め、エルナを振り返った。距離が近い。ハーブの香りと、レオンの僅かな石鹸の香りが混じり合う。

​「失礼しました。指示通りに調整しました」

彼は冷静を装っているが、耳の先が少し赤くなっているのを、エルナは見逃さなかった。

​「ふふ。ありがとう」

エルナはレオンの横顔に微笑み、混ぜ方を教えるため、そっと彼の手に自分の手を重ねた。

​「こうよ。優しく、ベリーを潰しすぎないように」

​レオンは一瞬、息を詰めた。エルナの手の温もり、そして、彼の冷徹な役割を解き放つような、この台所の穏やかな雰囲気に、心が揺さぶられるのを感じた。

​「……承知いたしました」

レオンは力まず、エルナに教えられた通りにゆっくりとベリーを混ぜ始めた。彼の動きはすぐに洗練され、やがて鍋からは甘酸っぱい香りが立ち上った。

​🍽️ 最も温かい食卓 

​オーブンから、香ばしく焼き上がったハーブチキンを取り出す。

​今夜の食卓は、いつもの豪華なものではなく、エルナとレオンが二人で用意したシンプルなものだった。ハーブチキンと、焼きたてのパン、そしてレオンが作ったベリーソース。

​「美味しい……レオン、このソース、とても美味しいわ」

エルナは感動したように目を輝かせた。

​レオンは少し照れくさそうに、チキンを一口食べる。

「ハーブの塩梅が完璧です。エルナ様が選んだローズマリーが、これほど香るとは」

​「それは、レオンの刻み方が均一だったからよ」

​二人は顔を見合わせ、静かに微笑み合った。

​守られるべき貴族の娘と、冷徹な元護衛。立場も役割も全く違った二人が、今、同じ台所に立ち、一つの食事を分け合っている。

​レオンは紅茶を一口飲み、静かに言った。

「私は、これまでの人生で、**『共同作業』**というものを、常に効率と結果でしか見ていませんでした」

彼はエルナを見つめる。

「ですが、こうしてエルナ様と並んで何かを成し遂げるのは……結果以上に、心が満たされるものだと知りました」

​エルナは、胸の奥が温かくなるのを感じた。

「わたしもよ。わたし一人では、こんなに美味しく作れなかったわ」

​窓の外は完全に暗くなり、台所の柔らかなランプの光が二人を包み込む。

​この小さな共同作業は、二人の間に確かな信頼と、新しい愛情の形を育んでいた。それは、大げさな誓いではなく、**「二人の日常」**という名の、最も温かい約束だった。
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