誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空

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21話

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​レオンから領地の計画を託されて数日後、エルナは水害の被害を受けた「南の谷」の村を訪れることになった。

​レオンは、護衛の人数や馬車の手配を念入りに行おうとしたが、エルナはそっと彼を止めた。

「大袈裟な訪問はしたくないわ。彼らが必要としているのは、私たちからの威圧感ではなく、ただの共感だと思うから」

​結局、レオンとエルナ、そして必要最小限の護衛のみが、簡素な馬車で村へ向かうことになった。

​レオンは馬車の中でも静かに書類を広げていたが、その視線は時折、不安を隠そうとするエルナの横顔に向けられていた。

「緊張していますか?」

「少し。……わたしが、侯爵家の娘だということを、彼らは知っているでしょうから」

かつての彼女は、自分の身分が持つ力よりも、その身分がもたらす周囲の冷たい視線を恐れていた。

​レオンは手を伸ばし、エルナの膝の上に置かれた地図を、静かに指で叩いた。

「あなたは今、私と共に、この領地を支える妻です。彼らはあなたを『侯爵家の娘』ではなく、**『私たち』**の一部として見ます。心配はいりません」

彼の言葉は、常にエルナに安心感を与える、揺るぎない錨のようだった。

​🏡 泥の中で見つけたもの 

​村に到着すると、目にしたのは想像以上の荒廃だった。泥が乾いた地面には、家屋の修復作業をする人々の姿が見えるが、その顔には疲労と諦めが滲んでいる。

​村長は恐縮しながら二人を出迎えた。

「領主様、そして奥様。このような場所へ足をお運びいただき、恐縮でございます」

​レオンは形式的な挨拶を済ませると、エルナに顔を向けた。

「エルナ様。私の領分はここまでです。あなたは、彼らが本当に何を必要としているのかを、その目で見てきてください」

​エルナは静かに頷き、泥が残る道を歩き始めた。

​彼女は、金銭的な支援を求める村長たちの話に耳を傾けながらも、一つの小さな家で立ち止まった。家の前には、泥まみれになったまま放置されている、小さな機織り機があった。

​「これは……」

​家から出てきた年老いた女性が、力なく笑った。

「ああ、奥様。それは私の孫娘のものです。水に浸かってしまって、もう使い物になりません。これからどうやって生活を立て直したら良いのか……」

​村長たちは金銭援助を求めていたが、彼らが本当に失ったのは、生活を立て直すための手段と、未来への希望だった。

​エルナは立ち止まり、レオンに教えてもらったばかりの領地資料の内容を頭の中で巡らせた。この村は、昔から高品質な織物が特産品だったはずだ。

​「この機織り機は、直すことはできないのでしょうか」

​女性は首を振る。「修理できる職人が遠くにおりまして。費用も、今はとても……」

​✨ エルナの提案 

​村長との話し合いの場に戻ると、レオンはすでに基本的な復興資金の提供を約束していた。だが、エルナは静かに手を挙げた。

​「村長。資金提供に加えて、もう一つ、ご提案したいことがあります」

エルナは、レオンが地図で示した村の周囲の森を思い浮かべた。

「この村の近くの森には、新しい木材を安価で提供できる場所があります。まず、村で最も被害が大きかった機織り小屋の修復を優先させてください」

​村長や集まった人々は戸惑いの表情を浮かべた。

「ですが、奥様。家屋の修復が先では……」

​エルナはまっすぐに村長を見つめた。

「生活の立て直しには、衣食住の全てが必要です。あなた方の村の誇りは、その美しい織物でしょう。機織り小屋を直せば、すぐにでも布を織り始められる。そうすれば、村全体の希望が生まれます」

​「しかし、機織り機は……」

​「その修理の費用と、修理職人の手配は、私たちがお引き受けします。新しい機織り機を作るより、修理する方が早いはずです。織物を早く市場に出し、資金を得て、その次に家屋の修復を急ぎましょう」

​それは、単に「お金を出す」だけではない、彼らの自立と誇りを尊重した、具体的かつ現実的な提案だった。

​村長は目を見開き、やがて深く頭を下げた。村人たちの表情にも、諦めとは違う、新しい光が宿った。

​「奥様……ありがとうございます。確かに、私たちは働くことをやめたくはありませんでした」

​🗝️ 信頼の温度 

​帰りの馬車の中、沈黙が続いた。

​レオンはエルナをちらりと見て、すぐに視線を前に戻した。

「なぜ、機織り小屋と機織り機を優先させたのですか?」

彼の声は、評価を下す前の、静かな探りのようだった。

​エルナは窓の外の過ぎ去る景色を見つめていたが、静かに答えた。

「彼らが失ったのはお金だけではないわ。**『自分たちはまだ役に立つ』という自信と、『この場所で生きていける』**という希望。織物は、その両方を取り戻すための、一番早い道だと思ったの」

​レオンは、馬車の揺れとともに、ゆっくりと目を閉じた。

​「……私の当初の計画は、ただ金銭的な援助を増やすという、効率的な解決に留まっていました」

彼は目を開き、エルナの手にそっと触れた。

「エルナ様。あなたの視線は、人の心を見ていた。その優しさと洞察力こそが、この領地に最も必要なものだと、改めて確信しました」

​レオンの掌の温かさが、エルナの手にじんわりと伝わる。

​「レオンが、わたしに話してくれたからよ。わたし一人の知識では、何もできなかったわ」

​エルナは微笑んだ。守られるだけの存在だった自分が、今、レオンと共に、誰かの生活を支える喜びを知った。

​レオンは、ただ深く頷いた。彼の言葉は少なかったが、その強い眼差しは、**「あなたを選んだことが、私にとって最大の成功だ」**と静かに物語っていた。

​二人の夫婦としての絆は、この日、領地の未来という名の責任を共有することで、さらに深く、揺るぎないものとなった。
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