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22話
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南の谷の村への支援計画が始動し、レオンの領地には確かな活気が戻り始めていた。エルナは領主の妻としての役割に確かな手応えを感じ、日々を充実させている。
そんなある日、レオンの屋敷に、豪華な封蝋が施された招待状が届いた。隣接する大領地、グレイヴ公爵家主催の「冬の慈善舞踏会」への招待だった。
「これは……」
エルナはテーブルの上に置かれた招待状を前に、思わず手を止めた。
レオンは書類から顔を上げることなく言った。
「毎年恒例の行事です。政治的な意味合いも強く、私たちの領地の新体制を公に披露する機会としては悪くありません」
「舞踏会……」
エルナの胸に、冷たい感覚が広がった。かつて侯爵家で、社交界は彼女にとって戦場だった。偽りの笑顔、裏の探り合い、そして婚約者からの冷たい視線。
「行きたくなければ、断っても構いません。私たちの生活を優先します」
レオンはすぐにそう言ったが、エルナは首を横に振った。
「いいえ。レオンが領地のために必要だと言うなら、行きます」
エルナは指輪に触れた。もう、かつての無力な人形ではない。レオンが築いてくれたこの場所を守るためなら、多少の苦痛は耐えられる。
「ありがとうございます、エルナ様」
レオンは静かに微笑んだ。その笑みには、エルナの決意に対する深い感謝が込められていた。
数日後、舞踏会当日の準備が進められていた。
レオンはエルナのために、領地では手に入らない上質な生地を遠方から取り寄せ、仕立ての良いドレスを用意させた。エルナが着替えて部屋から出てくると、レレオンは一瞬、息を呑んだ。
薄い水色のドレスは、彼女の透き通るような肌と、優しい雰囲気に調和していた。
「……よく、お似合いです」
レオンの声は、いつになく微かに震えていた。
「ありがとう。レオンも、着替えた方がいいわ」
エルナは、相変わらず黒いシンプルな領主服を着ているレオンを見て言った。
「はい。私も準備します」
レオンが着替えて戻ってきた時、エルナはまた少し驚いた。
彼の装いは、豪奢な公爵家の舞踏会にふさわしい、黒の燕尾服だった。仕立ては完璧で、立ち姿は息をのむほどに洗練されている。だが、黒一色。胸元に勲章もなく、装飾品は一切つけていなかった。
「レオン。あなたは、なぜいつも黒ばかり着るのですか?」
エルナは、尋ねずにはいられなかった。侯爵家で側近だった頃から、彼の衣装は常に黒だった。それは彼の「冷徹な役割」を象徴しているように見えたが、今の彼には、その必要はないはずだ。
レオンは、自分の袖口を眺めながら、答えに迷うように沈黙した。
「……これは、私の**『護り』**のようなものです」
絞り出すような声だった。
「護り?」
「黒は、光を吸収する色です。社交界という場所は、時に、人の心を無遠慮に暴き、晒そうとします。黒は、それを遮断する壁のようなものなのです」
レオンはふと、遠い目をしながら語った。
「私は、人の本音と、その裏に隠された醜さを見てきました。それを一身に浴びるような場所で、私自身が私でいられるための、唯一の装いです」
彼の言葉には、社交界に対する深い嫌悪と、彼自身の過去の苦しみが滲んでいた。
エルナは、レオンが抱えてきた孤独と、彼が自分を徹底的に守ろうとしてきた理由を理解した。彼は、エルナが侯爵家で耐えてきた痛みと同じ種類のものを、別の形で経験してきたのだろう。
「レオン」
エルナは一歩近づき、彼が唯一装飾として身につけている、結婚指輪をはめた手にそっと触れた。
「わたしも、社交界のことは苦手よ。けれど、今日はこのドレスと、そしてこれがあるわ」
エルナは、自分の薬指の指輪を見つめた。
「この指輪は、レオンが『偽装夫婦』のために用意してくれたものだけれど、今は違う。これは、レオンとわたしが**『共にいる』**という、最も強い証明でしょう?」
レオンは、エルナの手を見つめた。彼女の指輪と、自分の指輪。黒衣の中で、静かに光る二つの輪。
「これは、あなたのための護りでもあり、わたしのための護りでもある」
エルナは微笑んだ。
「そうですね」
レオンは、ようやく心の底から安堵したように、微かに目元を緩ませた。
「私たちは、もう一人ではない。二人の影は、どんな光も吸収し、誰も寄せ付けない壁になる」
彼は、エルナの手に自分の手を重ね、指輪をそっと握りしめた。
「行きましょう、エルナ様。もう、あなたは恐れる必要はありません。私が、あなたと共に、すべてを遮断します」
その手は、かつて夜の闇の中、侯爵家から逃げ出した時と同じ、確かな温もりを持っていた。
二人は、黒と水色のコントラストを纏い、領主の屋敷の扉を開けた。これから向かうのは、彼らが最も忌避する社交界。だが、二人の間には、偽りではない、揺るぎない信頼という名の**「夫婦の鎧」**があった。
そんなある日、レオンの屋敷に、豪華な封蝋が施された招待状が届いた。隣接する大領地、グレイヴ公爵家主催の「冬の慈善舞踏会」への招待だった。
「これは……」
エルナはテーブルの上に置かれた招待状を前に、思わず手を止めた。
レオンは書類から顔を上げることなく言った。
「毎年恒例の行事です。政治的な意味合いも強く、私たちの領地の新体制を公に披露する機会としては悪くありません」
「舞踏会……」
エルナの胸に、冷たい感覚が広がった。かつて侯爵家で、社交界は彼女にとって戦場だった。偽りの笑顔、裏の探り合い、そして婚約者からの冷たい視線。
「行きたくなければ、断っても構いません。私たちの生活を優先します」
レオンはすぐにそう言ったが、エルナは首を横に振った。
「いいえ。レオンが領地のために必要だと言うなら、行きます」
エルナは指輪に触れた。もう、かつての無力な人形ではない。レオンが築いてくれたこの場所を守るためなら、多少の苦痛は耐えられる。
「ありがとうございます、エルナ様」
レオンは静かに微笑んだ。その笑みには、エルナの決意に対する深い感謝が込められていた。
数日後、舞踏会当日の準備が進められていた。
レオンはエルナのために、領地では手に入らない上質な生地を遠方から取り寄せ、仕立ての良いドレスを用意させた。エルナが着替えて部屋から出てくると、レレオンは一瞬、息を呑んだ。
薄い水色のドレスは、彼女の透き通るような肌と、優しい雰囲気に調和していた。
「……よく、お似合いです」
レオンの声は、いつになく微かに震えていた。
「ありがとう。レオンも、着替えた方がいいわ」
エルナは、相変わらず黒いシンプルな領主服を着ているレオンを見て言った。
「はい。私も準備します」
レオンが着替えて戻ってきた時、エルナはまた少し驚いた。
彼の装いは、豪奢な公爵家の舞踏会にふさわしい、黒の燕尾服だった。仕立ては完璧で、立ち姿は息をのむほどに洗練されている。だが、黒一色。胸元に勲章もなく、装飾品は一切つけていなかった。
「レオン。あなたは、なぜいつも黒ばかり着るのですか?」
エルナは、尋ねずにはいられなかった。侯爵家で側近だった頃から、彼の衣装は常に黒だった。それは彼の「冷徹な役割」を象徴しているように見えたが、今の彼には、その必要はないはずだ。
レオンは、自分の袖口を眺めながら、答えに迷うように沈黙した。
「……これは、私の**『護り』**のようなものです」
絞り出すような声だった。
「護り?」
「黒は、光を吸収する色です。社交界という場所は、時に、人の心を無遠慮に暴き、晒そうとします。黒は、それを遮断する壁のようなものなのです」
レオンはふと、遠い目をしながら語った。
「私は、人の本音と、その裏に隠された醜さを見てきました。それを一身に浴びるような場所で、私自身が私でいられるための、唯一の装いです」
彼の言葉には、社交界に対する深い嫌悪と、彼自身の過去の苦しみが滲んでいた。
エルナは、レオンが抱えてきた孤独と、彼が自分を徹底的に守ろうとしてきた理由を理解した。彼は、エルナが侯爵家で耐えてきた痛みと同じ種類のものを、別の形で経験してきたのだろう。
「レオン」
エルナは一歩近づき、彼が唯一装飾として身につけている、結婚指輪をはめた手にそっと触れた。
「わたしも、社交界のことは苦手よ。けれど、今日はこのドレスと、そしてこれがあるわ」
エルナは、自分の薬指の指輪を見つめた。
「この指輪は、レオンが『偽装夫婦』のために用意してくれたものだけれど、今は違う。これは、レオンとわたしが**『共にいる』**という、最も強い証明でしょう?」
レオンは、エルナの手を見つめた。彼女の指輪と、自分の指輪。黒衣の中で、静かに光る二つの輪。
「これは、あなたのための護りでもあり、わたしのための護りでもある」
エルナは微笑んだ。
「そうですね」
レオンは、ようやく心の底から安堵したように、微かに目元を緩ませた。
「私たちは、もう一人ではない。二人の影は、どんな光も吸収し、誰も寄せ付けない壁になる」
彼は、エルナの手に自分の手を重ね、指輪をそっと握りしめた。
「行きましょう、エルナ様。もう、あなたは恐れる必要はありません。私が、あなたと共に、すべてを遮断します」
その手は、かつて夜の闇の中、侯爵家から逃げ出した時と同じ、確かな温もりを持っていた。
二人は、黒と水色のコントラストを纏い、領主の屋敷の扉を開けた。これから向かうのは、彼らが最も忌避する社交界。だが、二人の間には、偽りではない、揺るぎない信頼という名の**「夫婦の鎧」**があった。
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